魔術師達の放浪記

藤山かりん

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 それからというもの、ブレイズは自主訓練場でフォンたちと毎日合っていた。ブレイズは丸太に腰掛け、三兄弟を抱きかかえるように座っていた。フォンたちはみな、日向ぼっこをしているかのように心地よさそうにしている。

〈あったか~い…。〉
〈いい魔力だな~。〉
〈そうだね~。〉

 ぽかぽかと満たされた表情の三人に、ブレイズも自然と笑顔になる。

「そりゃ良かった。」
〈もう十分だよ。ありがとう、ブレイズ。〉

 フォンたちはブレイズの腕から小さな手を離した。

「どういたしまして。でも、触るだけで魔力のやりとりって出来るんだな。俺、まだ全然魔力をあげてる感覚がわからないんだけど。」
〈結構な量を僕らに供給してるから、わかるはずなんだけどね~。〉

 トアが不思議そうな顔をした。その横で、レスタが大きく伸びをした。

〈まあ、まだ始めて間もないから仕方ねえとも思うけど。〉

 黙って聞いていたフォンが、しばらく考えるような素振りをして、ブレイズを見上げた。

〈…ねえ、ブレイズ。本当に自分の魔力の感覚がわからないの?〉
「全然わかんねえよ。魔力の存在自体を知ったのも、お前たちに会ってからだしな。」

 ブレイズが答えると、フォンは表情を曇らせた。

「どうしたんだよ、そんな暗い顔して。」
〈ブレイズ。これから僕が話す事、真剣に聞いてね。〉
「何?」

 フォンの珍しく真剣な雰囲気に、ブレイズも真顔になった。

〈もしかしたら君、魔力を封印されてたのかもしれない。〉
「魔力を、封印?何でそう思うんだ?」
〈最初に僕たちと会った時が初めて魔物を認識したときだったんだよね。あの時僕たちも君に触れて初めて魔力の大きさに気付いた。でも、普通僕ら魔物は気配で魔力の大きさがわかるんだ。〉
「気配で?」
〈そう。近づいただけですぐわかる。強大な魔物なら、多少離れていてもわかるくらいだよ。人も同じ。まあ、魔術師の中には、自分の魔力を制御して、触れないとわからないようにしている人もいるけど。だけど、君は魔術の知識がない、普通の人間だ。自分が持っている魔力を制御するどころか、自覚すら出来てない。こういうことを考えたら、君の魔力は封印されていたって考えるのが自然なんだ。〉
「でも、封印されていたって、誰が何の目的で?俺の周りに魔術師がいたなんて知らないぞ。」
〈それは僕に聞かれてもわからないよ。でも、君の魔力を狙う奴らの目をごまかすためにかけられたんじゃないかな?〉
〈魔物って一口に言っても、善良な奴から最悪な奴まで色々いるからな。ひどい奴は生物の魔力全部を喰らい尽くすのが当然って奴もいるんだ。〉

 レスタが腕組みしながら頬を膨らませた。

〈人間の中にも魔力を狙う悪い奴はいるからね~。〉
〈で、僕が言いたいのは、そういう奴らに気をつけてねってこと。下手に僕たちの姿が見えるとか言わないようにね。〉
「でも、俺の魔力は触らないとわからないんだろ。なら、別に気をつける必要なんて…。」
〈それはこの前までの話!今の君は、魔力が漏れ出ている状態なんだ。〉

 フォンが慌てて身を乗り出した。

〈気付いてないと思うけど、ここ数週間で君の魔力はかなり増えている。魔力の増加に伴って封印が外れかけているとしたら、僕たちの姿が急に見え出したことも説明が付くんだ。〉
「なら、今の俺は魔力が漏れてるって気配でわかるのか?」
〈そうだね~。前よりはっきりわかるかな~。〉

 ブレイズは不安に顔を曇らせた。

「…人はともかく、魔物に気を付けろって言われても、どうすればいいんだ?」
〈そんな心配そうな顔すんな!俺たちに任せろ!〉

 レスタがどんと胸を張った。

〈僕たちは君から魔力をもらってるんだから、君が狙われたら力を貸すよ。〉
〈困ったことがあったら、遠慮なく僕たちを呼んでね~。〉
「ありがとう。」

 小人たちに励まされて、ブレイズは笑顔を浮かべた。空を見上げると、日が傾き始めていた。

「そろそろ帰らないと。じゃあまたな。」
〈うん。また明日!〉

 フォンたちに手を振ると、ブレイズは家へ続く道を歩いて行った。

◇◇◇◇◇

 ある日の午前。ブレイズは自主訓練場に行こうとしていたところをフェアリに呼び止められた。

「ブレイズ。おつかい頼みたいんだけど、良いかしら?」
「何?」
「騎士さん達の昼食の材料が足りなさそうなの。いくつか追加で買ってきてもらえる?」
「街から通ってきてる奴に頼めば良いじゃん…。」
「昨日頼もうとして忘れてたのよ。お願い、ね?」
「はあ。わかったよ。」

 ブレイズはフェアリからメモと財布を受け取ると、玄関を出た。訓練場では見習い騎士達が体術の訓練をしている。その様子を恨めしそうに見ながら、ブレイズは厩舎へと向かった。


「よし、こんなもんかな…。」

 買い物を終え、ブレイズは馬を預けていた騎士団の詰め所へと向かっていた。クファルトス王国は小さな国だが、王都の大通りは様々な人で溢れていた。ブレイズは人ごみの中を縫うようにして歩いていくが、反対側から歩いてきた人と肩がぶつかった。

「うわっ!」
「!?」

 その拍子に紙袋から先ほど買った果物が転がり落ちる。人ごみの中で潰されそうになる果物をブレイズは慌てて拾い集めた。近くに落ちた果物を紙袋に戻すと、ぶつかってきた人が残りの果物を差し出してきた。

「…すまない。汚れてしまった。」

 そう言って謝ってきたのは、背に荷物を背負った旅人だった。暗い色のコートを羽織ったその旅人は、フードを目深に被っていた。

「良いですよ、これくらいなら。こちらこそぶつかってしまってすみませんでした。」

 そう言って、ブレイズは差し出された果物を受け取った。袋に入れ直して顔を上げると、旅人は黙ってブレイズを見ていた。

「な、何か…?」
「……君に聞きたい事があるんだが。」

 旅人はためらいがちに続けた。

「最近、この辺りで変な生き物を見たり、変な現象に遭遇したことはないか?」

 その質問に、ふと三人の魔物のことがブレイズの頭をよぎったが、フォン達の忠告を思い出して誤魔化すことにした。

「さあ、思い当たりませんけど…。」
「そうか…。」
「なんでそんなことを?」
「いや、この辺りで化け物を見た、という噂を聞いてな。ちょっと気になって聞いてみただけだ。」

 化け物、という単語にブレイズは内心びくりとした。フードの影から旅人の瞳がブレイズをじっと見つめてきた。

「化け物なんている訳ないでしょう。大方、狼か熊かを見間違えただけなんじゃないんですか。」
「……まあ、恐らくそうだろうな。」

 旅人は興味を失くしたかのようにふいっと視線を逸らした。ブレイズは気付かれないようにほっと息をついた。

「妙なことを聞いてすまなかったな。」
「はあ…。」

 旅人はそのまま立ち去って行った。後ろ姿が見えなくなるまで見送って、ブレイズは深く息を吐いた。

(はー…。魔力のこととか勘付かれたのかと思った。何か、すごい目で見てきたし……。)

 心の底まで見透かすような鋭い視線を思い出して、ブレイズはつい身ぶるいをしていた。

(フォンの話を聞いて、魔物にさえ気をつければいいと思ってたけど、確か人間にも魔力を狙う奴はいるって言ってたよな。あいつがそうだとわかった訳じゃないけど、用心しよう。)

 ブレイズは腰に提げた剣に軽く触れると、騎士団の詰め所へと足早に駆けて行った。


 一方、ブレイズの元から立ち去った旅人は、ブレイズが反対方向に歩き始めたのと同じタイミングで立ち止まった。そのまま、見えないはずのブレイズの後ろ姿を探すように目を細めた。

〈かなりの魔力だったな。〉

 一人でいるはずの旅人に、どこからか声が話しかける。

「あの魔力量…。千年に一人の逸材、といったところか。だが、どうも本人は自分の価値を理解していないようだ。」

 驚いた様子も無く、旅人は静かに答えた。誰にも気づかれず、旅人と姿なき声は会話を続ける。

〈他の魔術師や魔物に勘付かれたら、争奪戦になるだろうな。下手をしたら、戦争に発展しかねない。〉
「そうなる前に、手を打たなければ。」

 騒々しい大通りの真っただ中、旅人は険しい顔で人ごみの向こう側を睨みつけた。
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