魔術師達の放浪記

藤山かりん

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 クファルトス王国の王都郊外にある騎士団訓練場。ブレイズはそこでいつものように叱責を受けていた。

「この、馬鹿者がっ!」

 びりびりと鼓膜を震わせるゲンの大声に、手合わせをしていた見習い騎士達は肩をすくませた。だが、ブレイズは口をへの字に曲げたまま、堪えた様子もなく立っていた。

「一人で勝手に行動するなと何度言ったらわかる!?上司の命令が聞けないなど騎士失格だ!」
「……悪人を野放しにしてる方がよっぽど騎士失格だと思いましたので。」

 ぼそっと呟くようにブレイズが言ったのをゲンは聞き逃さなかった。

「…何だと?」
「ブラック・スネークによる被害はここ数か月で多発していました。二週間前のヌーセ村の襲撃でも、たくさんの人が殺されて…。アジトの手掛かりがつかめた以上、すぐに制圧すべきだと考えました。」
「盗賊団の制圧は、小隊規模で行うべきと教えたはずだ。」
「俺一人で十八人制圧できました。」
「二、三人は逃げたんだろう。それに、半数しか捕まえられてない。盗賊団のリーダー達は雲隠れして手掛かりすら掴めていない。お前が勝手に動かなければ、今頃全員捕縛出来ていた。」
「偵察に行った時に、商人の馬車を襲う計画を立てていました。俺が動かなかったら、誰かがまた被害に遭っていたと思います。」
「全く、屁理屈ばかりこねて…。お前は聞き分けのないガキか。」
「もう俺は子供じゃありません。人を助けられる騎士です。」
「まだ見習いの分際で、偉そうに言うな。」

 ゲンは深くため息をつくと、ブレイズを冷たく見据えた。

「ブレイズ。お前は一カ月間謹慎だ。」
「な、何でだよ!?」

 思いがけない沙汰に、ブレイズは思わず敬語が外れた。ゲンは眉間のしわを一層深くして答えた。

「上司の命令や指導顧問の注意を無視して動くような騎士を放っておけば、騎士団全体の規律にも悪影響がある。団長・副団長と相談した結果だ。」
「規律って…!決まり事を守るのが、そんなに大事なのかよ!?」
「騎士団は組織だ。個人の正義で動けば、あっという間に機能しなくなる。」

 ゲンはじろりとブレイズを睨みつけた。

「もう子供じゃないと言うのなら、それくらい理解しろ。」

 そう言うと、ゲンは手合わせをしている見習い騎士たちの元へと行ってしまった。うち数組が休憩に入るように指示を出されると、数人の見習い騎士がブレイズに近づいて来た。

「ブレイズ、お前また一人でやらかしたのかよ…。」
「うるせえ。ほっとけ。」
「お前が動かなくても後一週間で制圧する準備は整ってたんだろ?待てば良かったのに、何で動くかねえ。」
「だって!偵察で行った時に商人の馬車を襲うって相談してたんだぞ!誰かが襲われるのがわかってるのに、見捨てておけないだろ!?」
「いつどこで襲うかわからない情報で騎士団が動ける訳ないだろう。少しは冷静に考えろよな。」

 口々にブレイズに声を掛けて、見習い騎士たちは訓練へと戻っていった。

「……くそっ!」

 一人残されたブレイズはぎりぎりと剣の柄を握りしめた。

◇◇◇◇◇

 訓練場から十分程歩いた所に、ブレイズはいた。木々を数本切り倒して作ったその場所は、ブレイズの自主訓練場だった。そこで、ブレイズは自作の標的にゴム弾を込めた銃を向けていた。

 ぱあんっ、と乾いた音が何度か辺りに響き、近くの木に止まっていた鳥達が驚いて飛び立った。
構えていた腕を下ろし、ブレイズは的を確認する。すると、どこからか声が聞こえてきた。

〈当たった~。〉
〈ど真ん中!〉
〈前より上達しているね。〉

 その声に驚いてブレイズが辺りを見回すと、的を吊るしていた木の側に、手のひら程の大きさの男の子が三人立っていた。全員薄い緑色の肌で、耳が長くとがっている。ヒトではないその姿に、ブレイズは驚きのあまり硬直した。

〈あれ、どうかしたのかな?〉
〈何かこっち見てねえか?〉
〈もしかして僕らのこと見えてるのかな~?〉
〈そんなことないだろ。昨日まで気付きもしなかったのに。〉

 きゃいきゃいと話す小人の声に、ブレイズははっと我に返って銃口を向けた。

「お、お前ら何者だ!?」

 ブレイズの緊張した声に、小人達がびくりと怯えた。

〈こ、こっちに気付いた~!〉
〈おい、落ち着けって!〉
〈僕たち、君に危害を加えるつもりなんかないよ!〉

 慌てる小人達の様子に言葉通り敵意が無い事を感じ取ったが、ブレイズは警戒したまま再び訊ねた。

「お前ら、何者だ?名乗れ。」

 ブレイズの質問に、一番大きい小人が前に出て言った。

〈初めまして。僕はフォン。こっちが上の弟のレスタ、こっちが下の弟のトア。〉

 生意気そうな小人と、涙目の小人がおずおずとブレイズに頭を下げた。

〈僕たちは樹の魔物だよ。〉
「樹の…魔物?」

 聞き慣れない言葉に、ブレイズは思わず聞き返していた。理解できないというブレイズの表情に、フォンはう~んと唸った。

〈もしかして、魔物って言葉自体知らない?〉
「……知らない。」
〈そのまんま、『魔なる物』だよ~。〉
〈トア、それ説明になってないぞ。〉
 
 のほほんと言ったトアに、レスタが突っ込んだ。仕切り直すように、フォンがごほんと咳払いする。

〈魔物っていうのは、君達人間が住む世界とは違う世界――魔界に棲む者達のことを言うんだ。〉
「魔界って…。この世界以外にも、別の世界があるっていうのか?」
〈そうだよ。君達人間は認識出来ないけど、魔界以外にも色んな世界があるよ。〉
「信じられない…。」

 ぽつりと呟いたブレイズの言葉を聞いて、レスタがからかう様に笑った。

〈信じられなくとも、俺らの存在が見えてるんだ。認めるしかないだろ。〉

 腑に落ちないながらも、ブレイズはレスタの言葉を否定できなかった。

「さっき、『昨日まで気付いていなかった』って言ってたけど、昨日までもお前達はいたのか?」
〈もちろん。僕たちはこの森の木々に魔力をもらっていたんだから。君がここで訓練している様子も見ていたよ。〉
〈まさか急に僕たちの姿が見えるようになるなんて思わなかったけどね~。〉

 トアの台詞に、ブレイズは訊ねた。

「俺は、何で急にお前たちの姿が見える様になったんだ?」
〈僕たちに聞かれても~。〉
〈こっちが聞きたいくらいだぜ。〉
〈普通、実体化していない魔物の姿を認識できるのは魔術師ぐらいなんだけど。君、魔術を習ったなんてこと、無いよね?〉
「そんな訳ないだろ。ついさっきまで、魔物の存在すら知らなかったんだぞ。つか、魔術師って占い師とか呪術師とか、よくわからない怪しい奴らだろ?」
〈ああ、知らなかったらそういう認識だよな。〉
〈魔術は、君たちの世界の技術では出来ないことを、僕たち魔物の力を借りて行うわざのこと。それを行う人間の事を、魔術師って呼ぶんだ。〉
〈魔術を行うには魔力が必要だけど、人間はもともと持ってる魔力が少ないからな。魔物の力を借りないと魔術を行えないんだ。〉
「魔力?」
〈あ、魔力っていうのは、生命エネルギーみたいなものだよ~。この世界の生物も魔物も、生きる者全てが持っているものなんだ。〉
〈魔界は魔力の大きさで全てが決まる弱肉強食の世界だから、魔物は別の世界から魔力をもらうことで力を蓄えるんだ。〉

 その台詞に、ふとブレイズは引っ掛かった。

「なら、お前たちは生物から命を奪っているってことなのか?」
〈そんなひどいことしないよ!〉

 再び警戒しだしたブレイズに、フォンが慌てた。

〈僕たちは生き物の魔力全部を奪うことなんてしないよ。魔力は時間がたてばちゃんと回復するんだ。だから、僕たちは生き物から負担にならない程度に、少しずつもらうようにしてる。〉

 フォンの台詞に、レスタとトアもこくこくと必死に頷いた。

〈ねえ、僕たちのこと信じてくれるなら、その銃を下ろしてくれないかな。すっごく怖いんだ。〉
純真な瞳で見つめてくる三人を、ブレイズは信じることにした。
「……わかった。」
〈ホントか!?〉
〈よかった~。〉
〈ありがとう!〉

 ワイワイと笑顔を見せる魔物に、ブレイズもつられて笑ってしまった。

「怖がらせてごめんな。俺はブレイズ・イストラルだ。」
〈ブレイズか。よろしくね。〉

 ブレイズが差し出した手に、フォンが触れた。と、フォンは驚いた顔でブレイズを見つめてきた。

「どうした?」
〈ブレイズ。君、すごい魔力だね。〉
「え?」
〈君に触れて初めて感じたけど、君の魔力、人間にしてはとっても多いんだ。〉
〈ホント?フォン、僕にも触らせて~。〉
〈あ、ずるい!俺にも!〉

 トアとレスタもじゃれつくようにブレイズの手に触れてきた。触れた瞬間、さっきのフォンと同じように目を丸くした。

〈うわ!すごい!〉
〈こんな魔力、初めてだよ~。〉
「そう、なのか?自分じゃ、全然わからないんだけど…。」
〈そうだよ。何で今までこの魔力に気付かなかったのか、不思議なくらい……。〉

 フォンはじっとブレイズの手を見ていたかと思うと、もぞもぞとして視線を逸らした。

〈あのさ、お願いがあるんだけど…。〉

 言いづらそうにブレイズの顔を見上げると、フォンはぎゅっとブレイズの指を握った。

〈僕たちに、ブレイズの魔力を分けてくれない?〉
「は?」

 唐突な申し出に、ブレイズは呆気にとられた。レスタが慌てて付け足した。

〈もちろんタダでとは言わない。俺たちと契約してくれたら、使い魔として使役してくれて構わないし、魔術を行う時には協力する!〉
「おい、待て待て!俺は魔術師じゃないし、魔術なんてやらないから、その、契約?とか出来ないぞ。」
〈じゃあ、ブレイズの望みを叶えるのに協力する。僕たちが出来る範囲でだけど、出来る限り何でもするから~!〉

 トアがうるうると瞳を潤ませて見つめてきた。

「望みって言われてもな…。大体、魔力を与えるなんて事、出来ないぞ。」
〈それは大丈夫。僕たちに触れてくれれば、あとはこっちでやるから。〉
「でもなあ…。」

 逡巡するブレイズに、フォンはお願いだから、と続けた。

〈僕たちみたいに力の弱い魔物は、魔界で生きていくのもやっとなんだ。魔力を出来るだけたくさん集めたいけど、たくさんの生き物から少しずつもらうのにも限界があるし…。ブレイズみたいに魔力の多い人間からたくさんもらえたら、すごく助かるんだ。だから、お願い!〉

 縋りつくような三人に、ブレイズはしばらく黙って考えていたが、ふう、と溜息をついた。

「なあ、山菜が取れる場所わかるか?」
〈もちろん!〉
〈森のことなら任せろ!〉
「なら、そこまで案内してくれ。それで手を打つよ。」

 ブレイズの返事に、フォンたちは満面の笑みで喜んだ。

〈やった~!〉

 三人の可愛らしい様子に、ブレイズも思わず笑っていた。

〈じゃあ、早く行こうぜ!少し行ったところにたくさん生えてる場所があるんだ。〉

 はしゃぎながら先導する三人と共に、ブレイズはその場を後にした。
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