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第1章エリア1 英雄の誕生

第12話隠しステータス

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 僕は目の前にいる失礼な男と睨み合うと、一旦手に持っていたクエスト用紙を手放す。

「おうクソガキ。やっと譲る気になったか」

 フンと鼻息荒く強引にクエスト用紙をむしり取る男だが、そんな男の手首を強く握りしめる。

「ちょっと待てよ。僕は別にそのクエストを譲ったわけじゃないぞ」

 ギュウと握り絞めてやると、男は額に青筋を立て僕の手を振り払う。

「邪魔だ! オメエが譲ろうがゆずるまいが関係ねえんだよ。これはもう俺のもんだ」

 まるで傍若無人な言い様に、呆れてしまう。なんなんだこのチンピラみたいな男は。礼儀という概念がない世界で生まれ育ったのか?

 不躾な男の言動に苛立ちつつも、冷静に男を宥めてある提案をする。

「まあまあ、あんまり怒らないで。ここは双方に納得のいく方法でなんらかの勝負をして、買った方がクエストを貰えるってのはどうかな?」

 そんな提案をしてやるが、男はめんどくさそうに僕を睨みつけてくる。しかし僕たちのイザコザを聞いていた他の冒険者たちが「やれやれー!」などと言ったがやを飛ばしてくるため、無下にはできない状況になっていることに男は気がつく。

 チッと聞こえるぐらいでかい舌打ちをすると、男は威圧するように僕を見下しながら自慢げに。

「わーったよ。それで、勝負の内容は? PvPか? 言っとくが俺はLv3の戦士だぜ」

 意外にもそこそこLvが高くて驚く。この世界が支配されてから、もうすでに一週間が経っている。2日ほど出遅れたとはいえ、僕はその遅れを取り戻すかのように日夜モンスターを殺して回っていたんだ。

 それでもついさっきようやくLvが4になったところだ。このゲームはこんな序盤だというのにも関わらず、Lvアップに必要な経験値量がおかしい。

 明らかにミスとしか思えない量を要求してくる。だからこの男がLv3なのは普通にすごい。でも、僕には届かない。

 このゲームは1つLvを上げるのにとても苦労するおかげか、Lvが1つ上がるごとに増えるステータスの量もおかしいのだ。

 例え1Lv差とはいえ、僕と目の前にいる男の間にはかなりのステータス差が存在する。よっぽどプレイヤースキルが卓越していない限りは、僕が負けることはない。

 だけど僕はPvPをするつもりはない。僕が倒したいのは殺しても咎められず、倒せば目に見える数値として成長を与えてくれるモンスターだけだ。

 別に人間をボコりたくて強くなっているわけではない。だからあまり暴力的でなく、且つすぐに実践できるもの。

 ポキポキと指を鳴らすと、近くに置いてあった丸テーブルに右腕を乗せ。

「腕相撲なんてどうかな?」

 挑発気味に言ってやると、男はアハハと高笑いする。

「おい、このうでが見えねーのか? オメエみたいなヒョロガリとじゃ勝負になんねーよ」

 男は袖をめくると、力を入れ太くて逞しい腕を見せつけてくる。でも、それがなんだ? この世界の体はデータで出来ている。確かに現実世界の体が反映されているが、向こうで力持ちだからと言って、こっちでも力持ちとは限らない。

「はは、見せかけの筋肉で粋がるなよ」

「なんだとクソガキが。捻り潰してやるよ」

 ガシッと僕の手を握ると、力強く絞めてくる。

「おいガラ! 合図しろ」

 男は近くにいた取り巻きに指示する。言われた気弱そうな女々しい体つきをした男は、僕と男の手を軽く押さえる。

「それじゃあ……レディーゴー!」
 
 取り巻きの合図とともに、僕と男は腕を相手側へ傾ける。男は見た目通りに腕力も強く、グググっと僕の腕を押し込んできた。

「おいどうしたクソガキ! 大口叩いた割にはよえーな!」

 男は余裕の表情を覗かせると、さらに全身で腕に体重を乗せて押し込んでくる。次第に手の甲と机の距離が近くなっていく僕。まずい、このままでは……。

「うぎぎぎぎ!」

「おいおい、もう終わっちまうぞぉ!」

 男はヒャッハーとでも言いたげな表情で僕を腕を限界まで倒す……寸前までいくと、そこからピクリとも押しきれなくなる。

「なーんちゃって。ギリギリの勝負を演出してみたんだけど、楽しんでもらえたかな」

「は?」

 演技の脂汗を左手で拭うと、余裕の笑みで男の腕を押し返す。

「な、なんで俺が押されてる! こんなヒョロガリに!」

 腕に血管を張り巡らせ、爆発しそうなほど力を入れる男だがそんなのは無意味だ。元よりこの勝負、僕が負ける道理はないのだから。

「なああんた。隠しステータスって知ってるか?」

「隠しステータス?」

 僕の放った聞きなれない単語をオウム返しする男に、何故押されているのか懇切こんせつ丁寧に教えてやる。

「まず僕が確認した限りだけど、この世界には『筋力』『持久力』『俊敏性』の隠しステータスが存在するんだよ。あんたも一度は思ったことがあるんじゃないのか? 最初の頃と比べて、やたらと体力が上がっていたり、動きが素早くなっていることに」

 教えると、男や周りの観衆たちも「そういえば」と口を漏らす。

「心当たりがあるだろ? そしてこの隠しステータスは面白いことに、トレーニングやランニングをすることでも上げることができる。まあ最も、一番効率がいいのは実践でモンスターを狩ることだけどね」

 僕がその言葉を口にすると、周りにいた人たちが一斉に「おお!」と感嘆の声をあげた。まだ始まって一週間やそこらだから、知らない人間ばかりなのも無理はない。

 僕だって気がついたのは昨日のことだ。モンスターと戦っていると、自身の疲れにくさや、与えるダメージが若干増えていることに気がついた。

「結局何が言いたいんだよ」

 男が死に物狂いの表情で尋ねてくるので、この男じゃ僕には絶対に勝てない理由を告げる。

「何が言いたいかって、Lv3のあんたとLv4の僕とじゃはなから勝負にならないってわけ。このゲームは1レベル違うだけでも、ステータス以上の差があるんだ。わかったら今後はその態度を改めるようにッ!」

 言い終わると同時に、相手の腕を机に叩きつける。無事勝利を収めると、男はブチ切れて腕相撲をしていた机を蹴り飛ばす。

 だけど街の中にある固有のオブジェクトを破壊することは出来ないため、男の蹴りも虚しく机は傷一つつかずに突っ立っていた。

「覚えてろクソガキ」

 そんなチンピラのようなことを言い残すと、男は冒険者ギルドから出て行ってしまった。男が出て行くと、何故か僕以上に盛り上がっていた周りの人たちは。

「よくやった!」

「あの男は威張り散らしてムカついてたんだ!」

 などと言い始め、僕の勝利を祝ってくれた。なんとも不思議な気持ちだ。でも、悪くない。調子に乗って「それほどでもないですよ~」と口元を緩ませながら言うと、先ほどのクエスト用紙を手に取り、愛花ちゃんの元へ駆け寄る。

「見てよ愛花ちゃん。無事にクエストを入手したよ」

 嬉々として報告するが、周りの盛り上がりとは正反対に、愛花ちゃんは冷めた目つきで僕を見つめると。

「恥ずかしいから、あまりイキらないで欲しい」

 とだけ言い、クエスト用紙を僕から奪い取ると、ギルドの受付に向かって歩いて行ってしまった。

「い、イキリって……」

 彼女の言葉に傷つきつつも、愛花ちゃんの後を追う。
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