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ずっと、思って

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 光り輝くシャンデリアが眩しく光る部屋の中、私は王国の第一王子であるアルフ様の礼服を仕立てる。純白のスーツに、赤いネクタイ。とても白く美しい服装に身を包むアルフ様のお姿は、それはもう世の女性ならすぐ虜になってしまうほど美しかった。

「どう? 似合ってるかな、ニーナ」

「はい。大変よくお似合いでございます、アルフ様」

「……そうかい」

 アルフ様は若干顔に陰りを見せて、俯く。まるで今から行われる婚約に、納得していないとでも言いたげな表情だ。今日はこの国の第一王子であるアルフ様と、公爵令嬢であるリーゼロッテ様の結婚式だ。幼いころからアルフ様に仕えていた身としては、彼に今日の婚姻を良く思ってもらい、今後順風満帆な人生を送って欲しい。

「そんな顔をされては、リーゼロッテ様が悲しまれてしまいますよ。アルフ様はカッコイイのですから、笑顔を向けるべきです」

 棒立ちのアルフ様の服を仕立てながら、彼を元気付ける。だけどやっぱり、私が何を言おうがアルフ様の浮かない表情は拭えず、それどころか小さく本音を漏らすようにして、私に呟く。

「このまま、2人で国外に逃げないかい? 僕はその、君さえいれば……」

 普段の気丈な様子とは違い、庇護欲をそそる顔を向けられ、胸が締め付けられる。この人は顔がいいのだから、その表情はずるい……。一瞬だけありかなと思ってしまう自分を心の中で殴りつけると、私は彼の言葉を否定する。

「そんなことおっしゃってはいけませんよ。私は平民で、アルフ様は一国の王子なのですから。結ばれていい身分ではないのです」

「だけど!」

 声を荒げようとするアルフ様の口元に人差し指を当て、言葉を遮る。本来ならこのようなことを行なってはいけないが、アルフ様とは10年以上の付き合いだ。多少は多めに見てもらえる。彼の口を塞ぎそれ以上何も言わせないと、今後のためにも、そしてアルフ様のためにも前向きに臨んで欲しいことを伝える。

「私は、アルフ様の幸せを1番に臨んでおります。リーゼロッテ様と結ばれ、子宝に恵まれ、子供達に看取られて人生を終えて欲しいのです。だからそう悲観しないでください。私は死ぬまで、アルフ様を支え続けますから」

「……その言葉に、嘘はないね?」

「はい。約束です」

 そうして私は、自分に嘘をつき複雑な気持ちのまま、彼を式場へ送り出した。式は順調に執り行われ、晴れて今日、アルフ様とリーゼロッテ様は一国を代表する夫婦となったのだ。


—————


 次の日のこと。この家に嫁いできたリーゼロッテ様に、アルフ様は私の紹介をしてくれた。

「彼女はニーナ。この家で侍女として長らく働いている僕の付き人だよ」

「初めましてリーゼロッテ様。アルフ様の身の回りの世話をさせていただいている、侍女のニーナと申します」

 私が仕事服のスカートの裾を上げて挨拶をすると、彼女も丁寧に挨拶を返してくれた。

「これはどうも丁寧に。わたくしはリーゼロッテ。昨日この方の妻となった者です」

 そんな変わった挨拶をしてきたので、私は。

「はい。存じております」

 ニコリと笑みを浮かべて返すと、彼女も同じように微笑みで返してくれる。初めて会った印象としては、親しみやすく、人から好かれそうな人間だなと思った。長い金髪に、赤のドレスを身に纏った彼女の風貌は、アルフ様の隣に相応しいものだ。

 良かった。私は心の中で安堵する。この方が妻ならば、きっとアルフ様を死ぬまで支えてくれるだろう。良い伴侶に恵まれたようで、嬉しい限りだ。それから数日して、私はなんて人を見る目がないのだろうかと自分に嫌気がさす。



———



 バシャンと花瓶の中に入った花ごと水をかけられ、私は全身が水浸しになる。

「ほんっと気に入らないわこのブス! 根暗でキモいのに、アルフ様に近寄るんじゃないわよ!」

 アルフ様の寝室のシーツを変えようとしていた時、突然やってきたリーゼロッテ様にいきなり水を掛けられ混乱する。

「私はアルフ様の付き人ですので……」

 小声で言い返そうとすると、不機嫌になったリーゼロッテ様が癇癪を起こして怒鳴り散らす。

「あんた、平民の分際で公爵のわたくしに歯向かうつもり? どういうことよ!」

 バンッと地面を思いっきり踏みつけ、威嚇してくるリーゼロッテ様の言動に怯え、私は何も言い返せず頭を下げてしまう。

「申し訳ございません。ただ、どうしてこのような真似をされるのでしょうか? 私がリーゼロッテ様の不興を買ってしまったのでしたら、即刻謝罪いたしますが……」

 ビクビクと怯えた様子で至らない点を尋ねると、彼女は私の髪の毛を掴んで顔を無理やり上げさせ、睨みつけながら感情的にものを言ってくる。

「全部よ全部。ちょっとアルフ様と付き合いが長いからって、調子に乗ってるんでしょう? アルフ様があんたの話題を出すたびに、本当に反吐が出そうになるわ」

 ああ、そういうことか。髪の毛を掴まれながら、私はリーゼロッテ様がどうして憤りをぶつけてくるのか分かった。つまりは嫉妬しているのだ。根暗な付き人風情が、アルフ様と仲が良いことが気にくわないのだ。

「申し訳ございません。ですが、私とアルフ様はただの主従関係であるため、リーゼロッテ様が心配されるようなことは何もありません」

 この発言をすると、リーゼロッテ様はさらに憤り、私の髪の毛を掴んだまま思いっきり地面に投げ倒した。

「わたくしがあんたみたいな平民に嫉妬していると言いたいの!? おこがましいのよ、平民の分際で! アルフ様があんたみたいな根暗女になびくわけないでしょ。勘違いも甚だしいのよ、このブス!」

 酷い罵詈雑言を浴びせると、興奮したリーゼロッテ様は「片付けときなさいよ」と言い残し、アルフ様の部屋から颯爽と出て行った。取り残された私はと言うと、床に散らばった生花を拾い集め、花瓶に入れる。まさかリーゼロッテ様があんな方だったなんて……。

 辛い。アルフ様の婚約者が、猫を被っていた事実が。だけどいいんだ。アルフ様が幸せであるのなら、私は彼女を受け入れよう。どんなに罵詈雑言を浴びせられても、耐え抜いてみせよう。

 そうすれば、傷つくのは私1人だ。私が我慢すればアルフ様が幸せになると言うのなら、快く受け入れようじゃないか。

 そうしてその日を境に、アルフ様の見えないところで、私はリーゼロッテ様から何度も執拗に嫌がらせを受けた。でも、私は1度も文句を言わず、愚痴すらこぼさなかった。だって私がこんな目に会っていることをアルフ様が知れば、きっと酷く傷ついてしまうだろうから。

 あの人が幸せなら、私は……。

 雨の中探し物をしてこいと無理強いをさせられ、服が泥まみれになろうとも。作った料理が不味いと難癖をつけられ、貴族の前で恥をかかされても、私はずっと我慢した。だけど我慢に我慢を重ねた結果、とうとう彼女は一線を超えた。

 いつも通り私がアルフ様の寝室に赴き、シーツを取り替えようとしていた時のこと。ガチャリとドアを開け中に入ると、なんとそこにはリーゼロッテ様と、アルフ様の弟君であらせられるアーノルド様が、接吻を交わしていたのだ。

「な、何をやっておられるのですか……?」

 驚きすぎて、思わず尋ねてしまう。こんな場所を見られた後だと言うのに、2人は平然とした様子で、私のことを鬱陶しそうにしながら話し始める。

「見てわからない? キスしてんのよ。あー、あんたは使用人だから経験ないんだ。あはは!」

 何が面白いのか、リーゼロッテ様はまたもアーノルド様と接吻を交わす。

「ぷはぁ。婚約者の寝室で浮気って、最高に背徳感があって気持ちがいいのよねえ。まーあんたにはわかんないか。あ、バラしたら分かるわよね? ねぇ、アーノルドからもなんか言ってよ」

 目の前に映る醜悪な形をした女は、いやらしい手つきでアーノルド様の肩に手を回す。肩に手を回されたアーノルド様は、リーゼロッテ様と同じように私へ攻撃をしてきた。

「ああ、わかってるさ。おいアルフの奴隷。お前、バラしたらない罪をでっち上げて、処刑にするぞ。平民風情が王族に逆らったら、分かるよな?」

 ギッと強く睨みつけられ、私の背筋が凍りつく。なんで、こんなことが。私を傷つけるだけだったらいい。でも、アルフ様を傷つける事だけは許せない。でも、この人たちは王族と公爵。平民の私とじゃ、立場が違う。

 でも、だからって見て見ぬ振りは出来ない。例えアルフ様を傷つけてしまう結果になろうとも、私はこの女があの人の隣にいることが許せなくなったからだ!

 恨めしい視線を隠すように頭を下げると。

「承知いたしました。今見たことは、全て見なかったことにさせて頂きます」

 そう言い残し、私はアルフ様の寝室から立ち去った。さて、どうしたものか。内に潜む怒りがふつふつと沸き立ち、抉れるほどの強さで拳を握りしめる。あの人に無礼を働いた罪、死ぬまで後悔させてやる。そうして私は密かに、彼女たちへの復讐計画を練り始めた。

 なのでまずは、観察だ。彼女たちがいつ、どこで、バレないように密会を行なっているのか。王やアルフ様に直接バラしても良いが、何の証拠もない話では取り合ってもらえない可能性がある。

 なのでこの国1番の権力を持つ王に浮気現場を実際に見てもらい、王の手で直々に断罪してもらうのが良いと私は考えた。そのため、彼女たちの動向を探る必要があった。

 だが残念なことに、よっぽど警戒をしているのか2人が密会をする機会は本当に少なかった。月に1~2回。私が把握している限りでは、その回数以上は確認出来なかった。いつどこで2人が落ち合っているのか分からない限り、王に現場を目撃してもらうことは叶わない。

 一体どうしたら……。そう思い絶望していると、ちょうど来週の今日、式典が開催されることを思い出す。その日はアルフ様の成人を祝う式典が開かれる。そしてその日は、城内に人がいなくなる。

 つまり、人目も憚はばからずまぐわう絶好の機会ということ。この日しかない。私が心の中で計画を立てると、早速王とアルフ様にそれとなく話をつける。

 いつも通り王やアルフ様が食事をしている最中のこと。ちょうど王とアルフ様以外が席を外した瞬間に、無礼と知りながらも私は2人へ話しかける。

「アルフ様。来週で成人、おめでとうございます」

 食事をしているアルフ様へ祝いの言葉を投げかけると、彼は手を止めありがとうと言ってくれる。本当にこの方はお優しい。そしてそんなお優しいアルフ様の父上である王も、アルフ様に劣らずお優しい方なのだ。

「陛下も。私をこの歳まで雇ってくれてありがとうございます」

 王にも頭を下げると、王は白いひげを撫でながら嬉しそうに微笑む。

「ニーナがこの城に来たのは、まだ小さかった頃だったらからのう。ワシも元気に育ってくれて、本当に嬉しいぞ」

 王はそう言うと、実の娘に向けるような視線を私に向けてくれる。本当にお優しい方達だ。それなのに、あの2人と来たら……。私はゴクリと生唾を飲み込むと、目の前の2人にお願いをする。

「アルフ様には成人祝いとして。陛下には育ててもらった感謝として、サプライズを用意しております。ですので来週の式典の日に、少しだけ時間を頂けないでしょうか?」

 私が脂汗をかきながら頭を下げてお願いすると、2人は快く快諾してくれた。

「もちろんだよ。父上もいいですよね?」

「うむ。楽しみにしているぞ」

 楽しみと言われて心が痛む。きっと来週に見せるものは、この2人を不快にするものであろうから。でも、私は真実を見せなくてはいけない。それがきっと、アルフ様のためになるから!

 嫌な汗を掻きながらも、ついに式典当日を迎え、私の緊張はピークに達する。

 式典当日の朝、城内の廊下でリーゼロッテ様とすれ違った私は、それとなく彼女に尋ねる。

「あの、今日は城内に人がいなくなると思うのですが、アーノルド様と不埒なことをしようなどとは、考えていませんよね」

 尋ねると、リーゼロッテ様は高笑いをしてから返す。

「あはは、しないわけないじゃない。絶好の機会なのよ。馬鹿なアルフが浮かれてる隙に、私たちは愛し合うのよ」

 彼女の下品な笑い話を聞いて、私はホッとする。この女が馬鹿で良かった。これで今日、2人の浮気を告発することが出来る。それから時間が経ち、アルフ様が式典にて開会の言葉を言った後に、私は王とアルフ様を連れて、アルフ様の寝室へと赴く。

「僕の部屋? この中に、ニーナのサプライズがあるのかい?」

「はい。音からもう察しはついているかもしれませんが」

「音?」

「はい。耳を澄ましてみてください」

 私に言われたアルフ様は、自分の寝室のドアへと耳を済ませる。するとそこからは、なんとも如何わしい嬌声きょうせいが聞こえてきたのだ。
 
「な!?」

 その声を聞いたアルフ様は、慌てて寝室のドアを開ける。すると中には、産まれたばかりの姿でまぐわうリーゼロッテ様と、アーノルド様が居た。

「な、どう言うことだリーゼロッテ! それにアーノルドも!」

 激昂するアルフ様に、私は淡々と真実を告げる。

「見た通りでございます。この2人はアルフ様に内緒で、見つからないよう日夜浮気を繰り返していたのです」

 私がそう言ってやると、リーゼロッテは激怒して立ち上がる。

「あんた! 平民の分際で、よくもバラしてくれたわね!」

 立ち上がり私に襲いかかってくるリーゼロッテ様だが、アーノルド様はすぐに彼女を地面に説き伏せ、締め付ける。

「君がそんな人だったなんて思いもしなかったよ。残念だ」

「待って、違うのですアルフ様。私はアーノルド様に唆そそのかされて!」

「は!? おいクソアマ! 元々はお前が言い寄ってきたんじゃねーか! 父上、私は悪い魔女に騙されていただけなのです。信じてください!」

 醜くも罪をなすりつけ合う2人をみて、王は激怒する。

「黙れ! この恥さらしどもが! お前たちは人の上に立つ者としての素質がない。よって、国外追放とする。2人で何処へでも消えてしまえ!」

「そんな、お慈悲を!」

 2人は王に泣きつくが、王は何も言わず、ただ憐れむような視線を2人に向ける。憐れなことだと思いつつ、同情なんてしない。浮気をした2人は、王が呼んだ近衛騎士に何処かへ連れ去られてしまい、後には静寂のみが残った。気まずい雰囲気。私からサプライズと聞かされて来てみれば、息子と息子の嫁の浮気現場だったのだ。

「あの、申し訳ございません。ですが私は、どうしても黙って見過ごす事が出来ず……」

 2人に頭を下げると、アルフ様が強く抱きしめてくれる。

「君が謝ることじゃないよ。ありがとう」

 その言葉を聞いた瞬間、どうしてか私の瞳からは涙が溢れ出て来た。今まで1人で抱え込んでいた不安や恐怖が、一瞬にして無くなった事による安堵からか、涙が溢れて来た。

 だけど次の彼の言葉で、私はさらに涙を流すことになる。

 アルフ様は泣き出した私の手を握ると、目の前にいる王に頼み込む。

「父上。私は幼い頃からこのニーナを深く思っておりました。ですのでどうか、私とニーナの婚約を、認めてはくれないでしょうか!」
 
 頭を下げ、突然とんでもないことを言い出したアルフ様に驚く。この人は何を言っているんだ!? 

「あ、アルフ様。私は平民で、アルフ様は王族であります。婚約などと、恐れ多い……」

 私が動揺した様子を見せると、彼はニッと笑う。

「ダメかな? 身分とか関係なく、今はニーナの気持ちが知りたいな」

 真っ直ぐな視線を向けられ、私は小さい頃から思っていた本音を、すべてアルフ様の胸に吐き出す。

「わ、私は! 小さい頃からアルフ様をずっと尊敬して、それ以上の感情を抱いておりました! で、ですけど、私は平民で、アルフ様は王族。決して結ばれることはないと、割り切っていましたのに、それなのに、それなのに、アルフ様はずるいです!」

 今まで募りに募った気持ちが高ぶり、私は号泣しながら胸の内を明かす。そんな見苦しい私の様子を見ていた王は。

「ふむ。2人の気持ちはよく分かった。王子が平民との婚約など前例はないが、ないなら作ってしまえばいい。もとより婚約とは、政治の道具ではなく、当人が幸せになるためのものだからな」

 王は嬉しそうに笑うと、私たちの婚約を認めてくださった。


————


 それから月日は流れ、大きくなった私のお腹をさすりながら、アルフ様は私の唇に接吻をしてくれた。

「愛してるよニーナ」

「ええ、私もです」

 そうしてまた、もう1度深いキスをすると、私はアルフ様の肩へ寄りかかった。

 








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小説家になろうにてローファンタジーの作品を書いていますので、よければ☆☆☆☆☆をお願いします!
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