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聖女と死神伯爵 2
しおりを挟む『カーティス……カーティス……』
「俺は父上ではない!! 近づくな!!」
宝物庫まであと少しの距離。その宝物庫の前でエルゼラの呪いが俺の身体中にまとわりついていた。そのうえ、エルゼラは俺を『カーティス』と呼び、父上と間違えている。
クローディアのおかげで呪いが近づかない身体になっていたのに今は身体中から呪いが湧き出てきた。間違いない。ロゼの鍵魔法が完成したのだ。
それなのに、ロゼがあの向こうにいる。この瓦礫の向こうには呪いを閉じ込めている宝物庫があるのに……――!!
「カイゼル! 下がれ! 取り込まれるぞ!!」
「嫌だ。ロゼの叫び声がした。早く行かなくては……!!」
止めるレイシス伯爵に、歯を食いしばり低くて重い声色で言う。
「聖女に戻ったのなら、クローディアは無事なはずだ! 今一番危険なのは、お前とローランド様だ!!」
レイシス伯爵が、必死で俺を抑えて止めようと羽交い絞めにしていた。それを力任せに振り払った。
「この十年待ったのは、自分のためじゃない。ロゼのためだけに待ったんだ。彼女をあの中には置いておけない!」
すでに急遽召喚された何人もの聖女が呪いの力が強すぎて廊下一帯に倒れている。誰もがあのどす黒い呪いの圧に耐えられないのだ。
「力づくでも、行かせないぞ!! 全員でカイゼルを抑えろ!! 乱暴にしてもかまわん!!」
「離せ……――!!」
身体中が呪いで黒く覆われる。誰もがその姿を見て怯える。物語にあるような真っ黒のマントで身体を隠している本物の死神のようだったからだ。それでも、その場にいた全員が抑え込もうとして、自分の身体が床に叩きつけられた。
♢
真っ暗闇だった中で、目が覚めた。そんなに時間は経ってないと思うけどそれさえもわからないほど辺りには何も見えなかった。
「うっ……カイゼル様……」
カイゼル様に助けを求めたかったのかどうかもわからない。でも、頭を抑えながら起き上がり口から出たのは、彼の名前だった。
倒れていた身体を起こせば、視線の先には女性が椅子に座るような姿勢で時が止まったようにゆらりとしている。柔らかそうなウェーブのかかった長い髪に薄い金髪……そういえば、ハリエット様も金髪だった。でも、彼女とは違う。
「誰……? ここは危険よ」
『どうして? ここは、私とカーティスとの逢引き場所よ』
それこそ誰? 怪しい。カーティスなんて、そんな人は知らない。
「……誰ですか?」
『知らないわけないでしょう? 私から、何もかも奪っておいて……』
首を傾げ、釣りあがった視線にゾッとする。私に振り向き睨みつける顔は、恐ろしかった。彼女が立ち上がると、私に向かって歩きながら近づいてくる。ハリエット様の声とエルゼラの声が重なっているように聞こえていた。
『邪魔……フォルクハイト伯爵家の人間はすべて邪魔……!!』
「エルゼラ!?」
両手を突き出して突如襲い掛かってくる不気味な気配のエルゼラ。
彼女はフォルクハイト伯爵家を憎んでいる。間違いなくハリエット様は乗っ取られている。今も私を襲おうと飛び掛かってきている。恐ろしくて、押し返すように両手いっぱいに力を入れて伸ばした。
「近づかないで!!」
その瞬間、目の前が光り、その中には鍵のような形の光もあった。それが、エルゼラに乗っ取られたハリエット様を吹き飛ばした。
周りの真っ暗な闇も、ゆっくりと晴れていく。暗闇から現れたのは、大きな執務机。部屋中が本で囲まれた部屋だった。これが宝物庫なのだろう。そして、私の背後には出入口とは違う大きくて頑丈そうな扉が佇んでいた。
「ここが宝物庫なのね……」
ハリエット様を乗っ取るほど、エルゼラの呪いは私とカイゼル様の周りを彷徨っていた。
どれだけ気を失っていたかはわからないけど、そんなに時間は経ってないはず。
今も、宝物庫の向こうの廊下からは、騒いでいる声が聞こえる。
「ハリエット様は、ローランド様が好きだったのね……でも、私には関係ないの」
私が、ただ一人好きなのは、カイゼル様だけ……今も昔も変わらなかった。
彼女からエルゼラの呪いの気配が消えている。それどころか、あの暗闇が消えた。
左腕を見ると、呪いの黒い浸食もない。
「カイゼル様のところに行けば、許さないわよ……」
倒れているエルゼラに取り憑かれていたハリエット様に向かって言った。
わかる。自分に聖力が戻っている。あの言いようのない空虚感が無くなっているのだ。あの感覚は私の聖女の力が、聖力がカイゼル様の元にいっていたからなのだと今更ながらにわかった。
宝物庫の扉の前に立つと、鍵穴などない。それに納得した。
この扉の開錠ができるのはフォルクハイト伯爵家の鍵魔法だけ……だから、フォルクハイト伯爵家の唯一生き残ったカイゼル様だけが、この国には必要なのだ。
そして、今はその鍵魔法の力が私にも備わった。
鍵魔法の使い方などわからない。でも、使える確信を感じた。
目を閉じて扉に触れる。すると、吸い込まれるような魔力の集まりを感じる。扉には、光が魔法陣を造る。魔法陣の真ん中には、鍵の紋様がある。これがフォルクハイト伯爵家の籠魔法。それに呼応したように扉が乱暴に開くままに私は倒れた。
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