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グラッドストン伯爵邸 2

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「リリアーネ!」
「ジークヴァルト様?」

馬車から降りてきたのはジークヴァルト様だった。降りて来るなり彼の形相は恐ろしいものになっている。

「……リリアーネから、離れろ」

低くて凄んだ声音でジークヴァルト様が言いながら、近づいてくる。威圧感のある彼に、空気まで震える気がする。
そう感じるのは、私だけでない。私の周りを囲んでいた騎士たちも、私から一歩後ずさりした。

「この男だ! 公爵を騙った男は!?」

ノキアの同級生の親の一人が、ジークヴァルト様を指差して叫んだ。
ジークヴァルト様は、聞こえているのに彼らを見ないで真っ直ぐに私に手を伸ばした。

「リリアーネ。どうした? 大丈夫か?」
「大丈夫です。ジークヴァルト様を待ってたら、この方たちが来ただけで……」
「待っていてくれたのか……遅くなって悪かった」

そう言って、ジークヴァルト様が私を抱き寄せて、愛おしそうに額に唇を落とした。

「二人とも、早く捕まえろ!」
「二人とも、そこを動くな!」

騎士たちが、私をジークヴァルト様に向かって剣を抜いた。ジークヴァルト様の目つきが鋭くなる。いつもの紳士的な雰囲気と違って、彼の周りの空気がピリピリとする。
すると、近づいて来た騎士の一人の首をジークヴァルト様が一瞬で掴んだ。まるで縊り殺しそうな勢いだ。

「リリアーネに手を出したら殺すぞ」
「ひっ……っ」

ジークヴァルト様に掴まれた手を見た騎士が青ざめる。まるで別人だ。でも、ジークヴァルト様のこの様子にしっくりとくる感覚も私の中にある。不思議な感覚に足元が浮いた気分になる。

「そこまでだ! フォルカス公爵様。どうかお放し下さい!」

ジークヴァルト様の乗ってきた馬車から降りて来た騎士が、傅いて彼に懇願した。その騎士を見たノキアの同級生の親たちは、背筋が凍る。

彼は、近衛騎士だ。位の高いマントが一目瞭然だ。
ジークヴァルト様が、近衛騎士を睨み落とすと、首を掴んでいる街の騎士を投げ捨てた。
投げ捨てられた騎士は、首を押さえて咳き込んでいる。

「フォルカス公爵様に何と無礼な真似を……」

近衛騎士が立ち上がって、ノキアの同級生の親たちや街の騎士に言う。

「俺の婚約者にもだ。アルディノウス王国の貴族や騎士が聞いて呆れる。フェアフィクス王国の公爵家すら把握してないとは……」
「失礼しました」
「この件は、問題にさせてもらう。俺はフェアフィクス王国で探せと言ったはずだ。いいな、ユーディット」

ジークヴァルト様が馬車を見ると、馬車の前にいる別の近衛騎士の手を取り、女性が一人降りてきた。高貴な雰囲気を纏い、ゆっくりとこちらを見据える女性がジークヴァルト様に頷いた。

「ラッセル殿下にお伝えします。どうか、お許しください。兄上。そして、リリアーネ様」

突然頭を下げられて驚きながら、ジークヴァルト様を見上げる。

「リリアーネ。妹のユーディットだ」
「妹様……と言うことは、お妃様!?」

初めてお会いしたラッセル殿下の妃を見て、目が見開いた。そして、私以上にノキアの同級生の親たちや私を囲んだ騎士たちが呆然となる。

「ま、まさか……」
「下がりなさい。何の騒ぎかは存じませんが、話は殿下直属の部下である近衛騎士たちがお聞きします」
「で、殿下を煩わすなど……」

親たちが震える声で言う。フェアフィクス王国のフォルカス公爵家はよく知らなくても、さすがにラッセル殿下の妃のことは知っているらしい。

「その殿下の客人であるフェアフィクス王国のフォルカス公爵様に剣を向けたのです。見過ごすことはできません。それに、リリアーネ様はフォルカス公爵様の婚約者です。フェアフィクス王国とアルディノウス王国との仲をどうするおつもりか、その辺りもしかとお聞きします。全員連れて行きなさい」
「「ハッ!」」

「そ、そんな……」

ジークヴァルト様の連れて来たユーディット様の言葉で、ノキアの同級生の親たちは近衛騎士たちに連れて行かれた。そして、一緒に来た私たちに剣を向けた騎士も青ざめて連れて行かれた。


__パチンッ。

あっという間に状況が一変したことに呆然とすると、グラッドストン伯爵様がノキアの頬を叩いた音で我に返った。

「お前のせいだぞ。喧嘩するなら、もっとよく考えろ」
「ぼくのせい?」
「そのせいで、リリアーネやジークヴァルト様に迷惑をかけたのだ。フェアフィクス王国とは戦が終わり、その同盟の証として、フェアフィクス王国から妃を迎えたのだ。二つの国に影を落とす可能性もあったのだぞ」
「……っ」

叩かれた頬を押さえてノキアが涙目で歯を食いしばる。そこまで誰も考えてなかった。あの親たちが、ここまでしつこいとは思わなかったのだ。

「小さな出来事から、戦になることもある。やるなら、相手が向かってこれないほど責任を持って叩き潰せ。できないのなら、我慢しろ」
「……っはい。お祖父様」

ノキアが涙を堪えて返事をした。

「グラッドストン伯爵様。私もです。どうかお許しください」
「リリアーネ。お前は、早くジークヴァルト様のところに嫁ぎなさい。ここにいてはノキアのためにならん」
「はい」

頭を下げて謝る。グラッドストン伯爵様の言うことは真っ当だ。そして、ユーディット様にグラッドストン伯爵様が「お見苦しいところを」と頭を下げた。

ノキアは、グッと目尻を拭いて立ち上がった。

「姉さま。ごめんなさい」
「ノキアだけのせいじゃないの。でも、すぐに魔法を覚えましょう。これでは、いつか大変なことになるわ」
「はい」

壊れた門を見て、ノキアが頷いた。すると、ジークヴァルト様が懐から一冊の本を出した。

「ノキア。昨日褒美をやると言ったな。これをお前にやろう」
「ぼくに?」
「そうだ。魔法書だ。しっかりと学べ」

ジークヴァルト様から魔法書を受け取ったノキアは嬉しそうに頬を染めた。ノキアは、魔法書が嬉しいのか、泣きたい気持ちでいただろうに、嬉しそうな感情を押さえてしっかりと両手で魔法書を抱えた。

「ユーディット。カミルも出せ」
「はい。兄上」

ユーディット様が馬車の前にいる近衛騎士に眼で合図をすると、馬車の中から、一人の男の子が降りてくる。子供の大きな眼が私と目が合うと、嬉しそうに駆けよって来た。

「リリアーネ。会いたかった!」
「え……と……」




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