上 下
48 / 73
第二章

夫は元気に壊れかけている

しおりを挟む

再度、クレイグ殿下の後宮に行ったが、ディアナには会えず邸に帰ると、ルトガーとイクセルがオスカーの淹れたお茶を飲んでいた。

「ルトガー……大変だ。ディアナに会えなかった」
「そりゃ、そうでしょう。簡単に会わせてくれるなら、後宮に閉じ込めようとしないでしょうし、フィルベルド様を謹慎処分なんかしませんよ」

ルトガーは、呆れたようにお茶を飲んだ。

「……『真実の瞳』が見つかったんですか?」
「おそらく見つかった。……ディアナが、『真実の瞳』の持ち主だ」
「待っている間に、イクセル様とオスカーから、事の詳細を聞いていましたが……まさか、奥様が『真実の瞳』をお持ちになっていたなんて……じゃあ、もしかして、あれも見えていたんですかね」

その言葉にまた背筋がひやりとした。

「ま、まさか、まだあるのか!?」
「奥様を、初めて城に連れて来た時に、フィルベルド様がアスラン殿下の代わりにアルレット嬢を馬車まで送っていた時ですよ。覚えてないんですか? アスラン殿下になりすましていたから、奥様と俺に軽くお辞儀をするだけで去っていたじゃないですか。あれもフィルベルド様に見えていたなら、愛人を見送り、妻には声もかけずに去っていったことになるかと……あの時、フィルベルド様のことを聞いていたのは、そういうことだったんですね」

そう言って、ルトガーは軽快に笑う。

「覚えている!! アスラン殿下になっていたから、ディアナを抱きしめることも側に寄ることも出来なかったんだ!!」

大変だ!!
一体何度、ディアナに見られていたんだ!!

「ディアナのところに行かねば!!」
「また行くんですか!?」
「クレイグ殿下が疲弊するまで行くぞ!!」
「ちょっと待ってください!! 牢屋行きになったらどうするんですか!?」
「ディアナのためなら、牢ぐらい破るぞ!! そんな些末なことで躊躇はできん!!」

ディアナを返してくれるまで、どんなことでもするつもりで飛び出した。
何度押しかけようが、ディアナのためなら惜しくはない。

「俺も行くから、ちょっと待ってください!!」

ルトガーが追いかけて来るのを待たずに、再度クレイグ殿下の後宮に行くと、衛兵にまた取り囲まれる。

「何度やっても俺には敵わないぞ。これ以上怪我をしたくなければ道を開けてもらおう!」
「クレイグ殿下は、今は取り込み中です!!」

幾度となくもみ合い、クレイグ殿下の後宮の衛兵は手足に包帯を巻いている。
疲れた様子の衛兵たち。後宮の衛兵たちは増員されており、交代する暇もないのだろう。

「フィルベルド団長!! いい加減になさってください!! クレイグ殿下への無礼は許されませんよ!!」

クレイグ殿下の後宮の衛兵隊長が、我慢の限界だとでも言うように怒りを露わにする。

「では、すぐに妻を返して頂きたい」
「クレイグ殿下の目に留まったのですよ。光栄なことでしょう? 奥様もご自分からいらしたのでは?」
「ふざけるな! ディアナは権力に目がくらむような女性ではない!!」

そう叫んだところで、後宮の扉が開いた。
クレイグ殿下が現れ、彼は呆れ顔で扉にもたれて腕を組む。

「……フィルベルド。また来たのかい?   君はよっぽど暇なんだね」
「ディアナに会わせてください」

ガウン姿で現れたクレイグ殿下の胸元ははだけており、細い鎖骨が見えている。
嫌な予感がした。

まるで、ディアナと閨を共にしたような姿に怒りが沸いている。

「……彼女は、今は寝ているよ。それでいいなら見せて上げるよ」

いつもと同じ飄々とした物言い。
クレイグ殿下は、いつも本心を見せない。

勝ち誇った様子だが、とにかくディアナの姿を確認したくてクレイグ殿下について行くと、一つの部屋の前で足を止めた。

「彼女は疲れて寝ているから静かにね。それと、ディアナは君のところには帰りたくないみたいだよ」

ニコリとして、扉を開けられると部屋の大きなベッドには、女性がうつ伏せで眠っている。
シーツから見える肩は衣服を身に着けておらず、髪の色はディアナと同じラベンダーピンク色だった。

その姿を見て、ギリッと歯ぎしりをする。

「……っ不愉快だ……!」

そう言って、踵を返した。

後ろには、やっと追い付いたルトガーがベッドの上の女性を見て絶句している。

「もう来ないでくれるかい?」
「……ディアナを傷つけたら、あなたであろうとも許しませんよ」

そう言い放つと、クレイグ殿下は扉にもたれたまま微笑を浮かべたまま俺たちが去るのを見ていた。


クレイグ殿下の後宮から邸へ帰るために、廊下を歩いていると、ルトガーが慰めようとしてくる。

「……落ち込まないでくださいね。きっと、クレイグ殿下が無理やり、」
「お前は、何を見ているんだ。あれは、ディアナじゃない」
「髪色は、奥様と同じラベンダーピンクでしたよ?」
「色は同じでも、髪質が違う。ディアナの方が綺麗だ。それに、少し見えた肩もディアナと違う」
「全然わかりません」

ディアナとは違う。彼女を間違えるわけがない。
あれは、クレイグ殿下が髪の色だけ変えた知らない女だ。

「クレイグ殿下は、手を付けたことにして俺にディアナを諦めさせようとしているんだ。だが、絶対諦めんぞ」

別の女性を、ディアナとして見せつけたということは、ディアナはまだクレイグ殿下のお手付きになっていないということ。
だが、あの様子では近いうちにクレイグ殿下のお手付きになる可能性が高い。

「何度でも、後宮に行ってやるぞ!」
「何のためにですか!? そのうち、フィルベルド様の邸に見張りがつきますよ。陛下に謁見を申し込んだ方が……」
「何日もディアナを後宮において置く気はない! クレイグ殿下に遠慮するつもりもないぞ!」

そうして、深夜になるまで何度も後宮へと通いつめていた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お祭 ~エロが常識な世界の人気の祭~

そうな
BL
ある人気のお祭に行った「俺」がとことん「楽しみ」つくす。 備品/見世物扱いされる男性たちと、それを楽しむ客たちの話。 (乳首責め/異物挿入/失禁etc.) ※常識が通じないです

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

【完結】理想の人に恋をするとは限らない

miniko
恋愛
ナディアは、婚約者との初顔合わせの際に「容姿が好みじゃない」と明言されてしまう。 ほほぅ、そうですか。 「私も貴方は好みではありません」と言い返すと、この言い争いが逆に良かったのか、変な遠慮が無くなって、政略のパートナーとしては意外と良好な関係となる。 しかし、共に過ごす内に、少しづつ互いを異性として意識し始めた二人。 相手にとって自分が〝理想とは違う〟という事実が重くのしかかって・・・ (彼は私を好きにはならない) (彼女は僕を好きにはならない) そう思い込んでいる二人の仲はどう変化するのか。 ※最後が男性側の視点で終わる、少し変則的な形式です。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

【R18】さよなら、婚約者様

mokumoku
恋愛
婚約者ディオス様は私といるのが嫌な様子。いつもしかめっ面をしています。 ある時気付いてしまったの…私ってもしかして嫌われてる!? それなのに会いに行ったりして…私ってなんてキモいのでしょう…! もう自分から会いに行くのはやめよう…! そんなこんなで悩んでいたら職場の先輩にディオス様が美しい女性兵士と恋人同士なのでは?と笑われちゃった! なんだ!私は隠れ蓑なのね! このなんだか身に覚えも、釣り合いも取れていない婚約は隠れ蓑に使われてるからだったんだ!と盛大に勘違いした主人公ハルヴァとディオスのすれ違いラブコメディです。 ハッピーエンド♡

【完結】二年間放置された妻がうっかり強力な媚薬を飲んだ堅物な夫からえっち漬けにされてしまう話

なかむ楽
恋愛
ほぼタイトルです。 結婚後二年も放置されていた公爵夫人のフェリス(20)。夫のメルヴィル(30)は、堅物で真面目な領主で仕事熱心。ずっと憧れていたメルヴィルとの結婚生活は触れ合いゼロ。夫婦別室で家庭内別居状態に。  ある日フェリスは養老院を訪問し、お婆さんから媚薬をもらう。 「十日間は欲望がすべて放たれるまでビンビンの媚薬だよ」 その小瓶(媚薬)の中身ををミニボトルウイスキーだと思ったメルヴィルが飲んでしまった!なんといううっかりだ! それをきっかけに、堅物の夫は人が変わったように甘い言葉を囁き、フェリスと性行為を繰り返す。 「美しく成熟しようとするきみを摘み取るのを楽しみにしていた」 十日間、連続で子作り孕ませセックスで抱き潰されるフェリス。媚薬の効果が切れたら再び放置されてしまうのだろうか? ◆堅物眼鏡年上の夫が理性ぶっ壊れで→うぶで清楚系の年下妻にえっちを教えこみながら孕ませっくすするのが書きたかった作者の欲。 ◇フェリス(20):14歳になった時に婚約者になった憧れのお兄さま・メルヴィルを一途に想い続けていた。推しを一生かけて愛する系。清楚で清純。 夫のえっちな命令に従順になってしまう。 金髪青眼(隠れ爆乳) ◇メルヴィル(30):カーク領公爵。24歳の時に14歳のフェリスの婚約者になる。それから結婚までとプラス2年間は右手が夜のお友達になった真面目な眼鏡男。媚薬で理性崩壊系絶倫になってしまう。 黒髪青眼+眼鏡(細マッチョ) ※作品がよかったら、ブクマや★で応援してくださると嬉しく思います! ※誤字報告ありがとうございます。誤字などは適宜修正します。 ムーンライトノベルズからの転載になります アルファポリスで読みやすいように各話にしていますが、長かったり短かったりしていてすみません汗

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

主人公受けな催眠もの【短編集】

霧乃ふー 
BL
 抹茶くず湯名義で書いたBL小説の短編をまとめたものです。  タイトルの通り、主人公受けで催眠ものを集めた短編集になっています。  催眠×近親ものが多めです。

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...