上 下
9 / 36
第一章 フェンリル

氷狼陛下の夜の訪問

しおりを挟む

夜の部屋では、湯浴みのあとにジルが不貞腐れながらドレスを片付けている。

「フィリ―ネ様。フェリクス様のご機嫌を損ねないようにして下さい」
「ご機嫌を損ねたかしら?」
「今日の庭の温室では、フェリクス様がお怒りになっていたとお聞きしましたわ。それに、ドレスにはこんなに毛がついて……しっかりとしてもらわないと! フェリクス様の婚約者になれたことはラッキーだったんですから!」

フェン様にずっとくっついていたから毛が残っていたらしい。
確かにフェリクス様の婚約者になれたことはラッキーだろう。でも、それをジルが怒る理由がわからない。

(いつも機嫌が悪いから仕方ないわね……きっと私付きの侍女が嫌だったんだわ。そのせいで、フェンヴィルム国まで来てしまったのだから……)
「ジル……もしディティーリア国に帰りたいようでしたら、お帰りになっても大丈夫ですよ。私は自分のことはしますから……」
「なんて可愛げのない! 私は、エルドレッド陛下から直々に仕事を賜っているのですよ」

父上が昨年亡くなってから、兄上が今は陛下だ。その陛下直々ならやはりジルは私付きのままなのだろうと悩んでしまう。

「……ずいぶん騒がしいな」

音もなくフェリクス様の声がすると、彼は続き部屋の扉に腕を組んでもたれていた。

「申し訳ありません。本日は、フィリ―ネ様がご不快を買うようなことをしてしまい……」
「リーネは、何もしてないが? 不快なのは、声を荒げる侍女だ。この宮には相応しくないな」
「し、失礼しました」

慌ててジルが謝ると、フェリクス様が近づいてくる。慌てて私も立つと、彼が私の側で止まった。

「夜の支度はすんだか?」
「は、はい。あとは就寝するだけです」
「なら、侍女はもう不要だな。リーネ。侍女を下げてくれ」
(これは、私に下がらせろということだろうか?)

フェリクス様を見上げると、軽く彼がうなづいた。
心の声が聞こえているかどうかわからないけど、フェリクス様の要望なら下げるしかない。

「ジル。下がってください」
「しかし、フェリクス様が来られたならお茶も準備しないと……」

わかりきっていたことだけど、ジルが私の言葉に素直に従うことはない。
「侍女に名を呼ぶ許可を与えた覚えはない。それに、リーネがいるのに夜の茶も準備できてないのか?」

呆れ顔になったフェリクス様は「彼女と2人になりたいから下がれ」と言うと、ジルはフェリクス様には逆らえずに悔しそうに部屋を後にした。

「……夜に婚約者が来たのに、察しの悪い侍女だな」
「婚約者が来るとなにか察することがありますか?」

言っている意味がわからずに聞く。
すると、数秒動かなくなったフェリクス様は口元に手を当てて横を向いて考え込んでしまった。なにを考えているのかわからないし、聞こえない。

「……聞こえるか?」
「いえ、聞こえません」

首を左右に振り返事をすると、彼はホッとしている。どうやら、気を抜くと声が通じてしまうらしいから、聞こえないように気を張っているらしい。

「もしかして、大事なお話ですか?」
「いや、リ―ネの声が聞こえたから来てみただけだ」
「き、聞こえましたか」
「微かにだが……リーネ。お前の願いは聞いてやるぞ。俺の我儘も聞いてもらっているからな。何でも言いなさい」
「願い……はありません。でも、フェンリル様に明日も会いに行ってもいいですか?」
「フェンが気に入ったのか?」
「最初は怖かったのですが、モフモフしていて可愛かったです」
「そうか……なら、明日もフェンには温室に来るように伝えておこう」
(明日も会える……お菓子とかこっそりと持って行ってもバレないかしら?)

明日も会えると思うと嬉しくて頬を抑える。それにフェリクス様が笑いを零す。

「こっそり持って行かなくても大丈夫だ。ヴァルトに菓子を準備させておこう。仕事が終われば俺も温室に行くから、待っててくれるか?」
「はい……でも、聞こえました?」
「ずっと聞こえるわけではないが……近くにいるからか? 今のは聞こえたな」

たしかにフェリクス様が嫌がるのがよくわかった。心の声が聞こえるのは、なんだか恥ずかしい。

「あまり聞こえないから気にするな。リーネは魔法を使えたようだから、聞こえないように自分で防御できるかもしれないぞ」
「私は、魔法の才はないと言われてましたから……」
「そうは見えないが? 才がなければ珍しい癒しの魔法など使えないはずだ。教えたやつがそう言ったのか?」
「あまり教えは受けてないのです……ですから、私は自分で本を読んで覚えました」
「独学で……それは凄いな」

凄いなんて言われたことがなくて驚くと同時に口元が緩んだ。

「今度なにか贈ろう。魔法を使うなら杖か魔導書か……魔石を埋め込んだ腕輪などはどうだ?」
「何もいりません。ここに置いてくださるだけで感謝しています」
「俺も感謝している。リーネのおかげで仕事がはかどっている」
「私はなにも……」
「仕事にも休みが必要だったということだ」

フェリクス様は、お茶の時間以外はずっと仕事でいない。陛下におなりになってからまだ短いというし、忙しいのだろう。

「リーネ。外は雪も降っているし、フェンヴィルム国は寒い。暖かくして寝なさい」
「はい。おやすみなさいませ」

そう言ってフェリクス様は、続き部屋の扉の向こうへと戻っていった。

(……可愛い)

閉めた扉から、小さな声が聞こえた気がして振り向いた。でも、フェリクス様はいない。
間違いなく部屋へと帰ったはず……。

(空耳かしら……?)

そう思いながら、私はベッドで眠りについた。








しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした

三月叶姫
恋愛
北の辺境伯の娘、レイナは婚約者であるヴィンセント公爵令息と、王宮で開かれる建国記念パーティーへ出席することになっている。 その為に王都までやってきたレイナの前で、ヴィンセントはさっそく派手に転げてみせた。その姿はよく転ぶ幼い子供そのもので。 彼は二年前、不慮の事故により子供返りしてしまったのだ――というのは本人の自作自演。 なぜかヴィンセントの心の声が聞こえるレイナは、彼が子供を演じている事を知ってしまう。 そして彼が重度の女嫌いで、レイナの方から婚約破棄させようと目論んでいる事も。 必死に情けない姿を見せつけてくる彼の心の声は意外と優しく、そんな彼にレイナは少しずつ惹かれていった。 だが、王宮のパーティーは案の定、予想外の展開の連続で……? ※設定緩めです ※他投稿サイトにも掲載しております

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

「結婚しよう」

まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。 一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】公子が好きなのは王子ですよね? 私は女ですよ?

ユユ
恋愛
公爵令息と親友の王子様の秘密の恋… “貴公子の秘め事”という小説の世界に 生まれた私はモブのはずだった。 なのに何故… 赤ちゃんのときに小説の令息とは違う令息と 婚約した。 それが“貴公子の秘め事”の主人公だった。 転生はしたものの、小説の中だと気付いたのも遅かった? とにかく秘密はバラしません! 好きになったりしません!私は石コロです! お願いです 私を解放してください! * 作り話です * 短いです * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

処理中です...