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序章

氷狼陛下 2

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__困惑している私をおかまい無しに連れてこられたのは、陛下の住む王宮。
そこには、私と一緒に持って来た荷物が運び入れられていた。

その中で、私がディティーリア国にいた頃のメイドだったジルがけたたましく荷物を指示している。

彼女は、私の侍女となり一緒に連れて来たけど気が合わずに苦手な感じだ。でも、陛下となった兄上が決めた使用人だから、私に選ぶ権利も口を出す事さえ許されなかった。

「荷物は丁寧に運んでちょうだい。ディティーリア国からの大事な荷物ですからね。さぁ、急いでちょうだい」

私が陛下の婚約者になったからだろうか。外れ王女の世話に、貧乏くじを引いたぐらいにしか思ってなかったような彼女だったのに、それが大国フェンヴィルム国の陛下の婚約者の侍女に昇格したから、張り切っているのだろうか。

でも、これでは……

「ジル。落ち着いて下さい。荷物を一日で整えるのは大変ですよ」
「……フィリ―ネ様。これは私の仕事です。口出しは無用ですわ。それに、どうしてこちらに……まさか、陛下の不興を買って追い出されたのでは……!? やはり、私がついていくべきでしたわ!!」

侍女を連れては謁見の間に入られず、しぶしぶ部屋への荷物運びをすることになっているジルが「私がいないと、本当に何もできないんだから……」と呆れてため息を吐いた。

「そういうことではないのよ。陛下は、」

私の隣にいます。と言いかけたところで、陛下の回された手にかすかに力が入った。
おそるおそる見上げると、顔が怖い。

「……ずいぶん口の達者な侍女がいるものだな。仕事に勤勉な人間ならばフィリ―ネの部屋を急ぎ整えるようにすることは評価しよう。だが、フィリ―ネは俺の婚約者である自覚は持ってもらおうか」
「……婚約者……」

陛下のお姿を知らないジルはポカンとなっていた。

知らないのも無理はない。フェリクス様は二ヶ月ほど前に陛下になられた方だ。

ディティーリア国では、その姿を知っている人間は少ないだろう。高官たちや高位の貴族たちは知っていたかもしれないが、ジルは私付きのメイド。

ジルは、子爵令嬢で行儀見習いとして城に上がってきたらしい。それが末王女である私付きになった。でも、いくら子爵令嬢だとしても社交界に出ない私のメイドだったのだから、知らなくとも当然のことだった。

私も先ほど初めてお会いしたし……。

「……フィリ―ネ。向こうでお茶を準備させている。行こう」
「は、はい!」

そのまま、部屋を通り過ぎてお茶に行こうと進むと、呆然と立ち尽くしていたジルが引き留めてきた。

「でしたら、私も……っ! フィリ―ネ様だけでは……」
「荷物運びに忙しいのだろ? 侍女の仕事の邪魔はしない。荷物運びに励め」

荷物運びを急かしていたジルに、邪魔だとでも言うようにハッキリと冷ややかに告げるフェリクス様。

ジルは、彼に圧倒されたのか、それ以上なにも言えずに立ち尽くしていた。
そもそも、荷物運びを急かしていたのはジルだ。やっていたことが自分に返ってきたようにバツの悪そうな表情でそれ以上追ってこなかった。

連れてこられた温かいサロンには、私とお茶をする予定だったのか、すでに準備されておりフェリクス様と向かい合ってお茶をいただいていた。

「茶はどうだ?」
「美味しいです。陛下……」
「名前でかまわない。婚約者になるんだ。フィリ―ネは、俺のことを名前で呼びなさい。そうだな……愛称でも考えるか?」
「い、いえ……あの……」

初対面の、しかも陛下であらせられる方をいきなり愛称でなど呼べない。そう言いながらも、悩む様子もないフェリクス様がどこまで本気なのかわからない。

「どうした? 今は他に人がいないから、緊張する必要はないだろう?」

緊張で周りに視線だけ移しても、フェリクス様が「婚約者とのお茶だ」と言って人払いをさせたから、会話が聞かれることはないけど……。

「は、はい……」
「名前だ。フェリクスと呼びなさい」

何が何でもフェリクス様と呼んでほしいのか、ジッと凝視される。「陛下」では許してくれそうにないその視線が怖くて必死で名前を口から出した。

「……フェ、フェリクス様」

よくできましたと言わんばかりにテーブルに肘をついた彼の様子がほんの少し和らいだ。

「フィリ―ネ。すぐに結婚ができなくてすまないな。前陛下であった父上が崩御して一年待たねば、結婚式は挙げられないことになっているんだ。一年も喪に服すわけでもないのに……」
「そんな……」

国の事情は仕方ない。婚約者として受け入れてくれただけでも私には驚きだ。

「フィリ―ネ。これからも俺と茶をしてくれるか? 毎日でなくともかまわないが……」
「はい。陛下っ……フェ、フェリクス様の仰せのままに……」

思わず陛下と言えば、目の前のフェリクス様の眉間にシワが一瞬だけ寄ったが、すぐに言い直すと、彼はにこりと笑顔を見せていた。






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