2 / 36
序章
氷狼陛下 2
しおりを挟む__困惑している私をおかまい無しに連れてこられたのは、陛下の住む王宮。
そこには、私と一緒に持って来た荷物が運び入れられていた。
その中で、私がディティーリア国にいた頃のメイドだったジルがけたたましく荷物を指示している。
彼女は、私の侍女となり一緒に連れて来たけど気が合わずに苦手な感じだ。でも、陛下となった兄上が決めた使用人だから、私に選ぶ権利も口を出す事さえ許されなかった。
「荷物は丁寧に運んでちょうだい。ディティーリア国からの大事な荷物ですからね。さぁ、急いでちょうだい」
私が陛下の婚約者になったからだろうか。外れ王女の世話に、貧乏くじを引いたぐらいにしか思ってなかったような彼女だったのに、それが大国フェンヴィルム国の陛下の婚約者の侍女に昇格したから、張り切っているのだろうか。
でも、これでは……
「ジル。落ち着いて下さい。荷物を一日で整えるのは大変ですよ」
「……フィリ―ネ様。これは私の仕事です。口出しは無用ですわ。それに、どうしてこちらに……まさか、陛下の不興を買って追い出されたのでは……!? やはり、私がついていくべきでしたわ!!」
侍女を連れては謁見の間に入られず、しぶしぶ部屋への荷物運びをすることになっているジルが「私がいないと、本当に何もできないんだから……」と呆れてため息を吐いた。
「そういうことではないのよ。陛下は、」
私の隣にいます。と言いかけたところで、陛下の回された手にかすかに力が入った。
おそるおそる見上げると、顔が怖い。
「……ずいぶん口の達者な侍女がいるものだな。仕事に勤勉な人間ならばフィリ―ネの部屋を急ぎ整えるようにすることは評価しよう。だが、フィリ―ネは俺の婚約者である自覚は持ってもらおうか」
「……婚約者……」
陛下のお姿を知らないジルはポカンとなっていた。
知らないのも無理はない。フェリクス様は二ヶ月ほど前に陛下になられた方だ。
ディティーリア国では、その姿を知っている人間は少ないだろう。高官たちや高位の貴族たちは知っていたかもしれないが、ジルは私付きのメイド。
ジルは、子爵令嬢で行儀見習いとして城に上がってきたらしい。それが末王女である私付きになった。でも、いくら子爵令嬢だとしても社交界に出ない私のメイドだったのだから、知らなくとも当然のことだった。
私も先ほど初めてお会いしたし……。
「……フィリ―ネ。向こうでお茶を準備させている。行こう」
「は、はい!」
そのまま、部屋を通り過ぎてお茶に行こうと進むと、呆然と立ち尽くしていたジルが引き留めてきた。
「でしたら、私も……っ! フィリ―ネ様だけでは……」
「荷物運びに忙しいのだろ? 侍女の仕事の邪魔はしない。荷物運びに励め」
荷物運びを急かしていたジルに、邪魔だとでも言うようにハッキリと冷ややかに告げるフェリクス様。
ジルは、彼に圧倒されたのか、それ以上なにも言えずに立ち尽くしていた。
そもそも、荷物運びを急かしていたのはジルだ。やっていたことが自分に返ってきたようにバツの悪そうな表情でそれ以上追ってこなかった。
連れてこられた温かいサロンには、私とお茶をする予定だったのか、すでに準備されておりフェリクス様と向かい合ってお茶をいただいていた。
「茶はどうだ?」
「美味しいです。陛下……」
「名前でかまわない。婚約者になるんだ。フィリ―ネは、俺のことを名前で呼びなさい。そうだな……愛称でも考えるか?」
「い、いえ……あの……」
初対面の、しかも陛下であらせられる方をいきなり愛称でなど呼べない。そう言いながらも、悩む様子もないフェリクス様がどこまで本気なのかわからない。
「どうした? 今は他に人がいないから、緊張する必要はないだろう?」
緊張で周りに視線だけ移しても、フェリクス様が「婚約者とのお茶だ」と言って人払いをさせたから、会話が聞かれることはないけど……。
「は、はい……」
「名前だ。フェリクスと呼びなさい」
何が何でもフェリクス様と呼んでほしいのか、ジッと凝視される。「陛下」では許してくれそうにないその視線が怖くて必死で名前を口から出した。
「……フェ、フェリクス様」
よくできましたと言わんばかりにテーブルに肘をついた彼の様子がほんの少し和らいだ。
「フィリ―ネ。すぐに結婚ができなくてすまないな。前陛下であった父上が崩御して一年待たねば、結婚式は挙げられないことになっているんだ。一年も喪に服すわけでもないのに……」
「そんな……」
国の事情は仕方ない。婚約者として受け入れてくれただけでも私には驚きだ。
「フィリ―ネ。これからも俺と茶をしてくれるか? 毎日でなくともかまわないが……」
「はい。陛下っ……フェ、フェリクス様の仰せのままに……」
思わず陛下と言えば、目の前のフェリクス様の眉間にシワが一瞬だけ寄ったが、すぐに言い直すと、彼はにこりと笑顔を見せていた。
18
お気に入りに追加
857
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした
三月叶姫
恋愛
北の辺境伯の娘、レイナは婚約者であるヴィンセント公爵令息と、王宮で開かれる建国記念パーティーへ出席することになっている。
その為に王都までやってきたレイナの前で、ヴィンセントはさっそく派手に転げてみせた。その姿はよく転ぶ幼い子供そのもので。
彼は二年前、不慮の事故により子供返りしてしまったのだ――というのは本人の自作自演。
なぜかヴィンセントの心の声が聞こえるレイナは、彼が子供を演じている事を知ってしまう。
そして彼が重度の女嫌いで、レイナの方から婚約破棄させようと目論んでいる事も。
必死に情けない姿を見せつけてくる彼の心の声は意外と優しく、そんな彼にレイナは少しずつ惹かれていった。
だが、王宮のパーティーは案の定、予想外の展開の連続で……?
※設定緩めです
※他投稿サイトにも掲載しております
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
「結婚しよう」
まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。
一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】公子が好きなのは王子ですよね? 私は女ですよ?
ユユ
恋愛
公爵令息と親友の王子様の秘密の恋…
“貴公子の秘め事”という小説の世界に
生まれた私はモブのはずだった。
なのに何故…
赤ちゃんのときに小説の令息とは違う令息と
婚約した。
それが“貴公子の秘め事”の主人公だった。
転生はしたものの、小説の中だと気付いたのも遅かった?
とにかく秘密はバラしません!
好きになったりしません!私は石コロです!
お願いです 私を解放してください!
* 作り話です
* 短いです
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる