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ラヴィニア王女が許せない。あと少しで結婚式だった。純白のドレスも出来上がっていた。アイゼン様が城から帰ってくれば、結婚するはずだった。
でも帰ってこなかった。それどころか、ラヴィニア王女の愛人になっていた。私の安全のためにラヴィニア王女に仕えたと聞いた。

でも、噂では、アイゼン様がラヴィニア王女の愛人になっていた。彼に手紙を出せば、ウソをつくこともなく認めた。

私ではなく、毎夜アイゼン様がラヴィニア王女と寝所を共にしていると考えるだけで気が狂いそうだった。

そうして、そんな気持ちを紛らわすように、同じことをした。

「ディートヘルム!」

街の宿屋に付けば、ディートヘルムは予想通りいた。突然やって来た私に少し驚いている。

「レアン? どうしたんだ?」
「ディートヘルム……どうして逃げたの?」
「はぁ? グレイド辺境伯が帰還したのだから、俺はお役御免だろ? もう相手をする理由もないし」
「私は! 辺境伯邸を追い出されたのよ!? 婚約だって破棄されたわ! 全部あなたのせいよ! それなのに、私を置いて行くなんて……!」
「責任でも取ってほしいのか? それなら、お門違いだぞ」
「ふざけないでよ! 私が今どんな立場でいると思うの!?」

周りを気にすることもなく、髪を振り乱し一心不乱にここまでやって来た。涙目で真っ赤に腫れ上がった形相で迫る私を見たディートヘルムは、面倒くさそうにため息を吐いた。

「今の自分の顔を鏡で見たのか? 凄い顔だぞ」
「酷いわ……私は、あなたを信じてここまで来たのに!」
「俺なら助けてくれると思ったのか? 本当に世間知らずだな」

あんなに私のことを可愛いと言った。私に甘い言葉を囁いて何度も逢瀬を繰り返した。それなのに、今のディートヘルムは、欲情も何もない視線を私に向けて、彼がため息を吐いた。

「ディートヘルム?」
「俺が偶然この辺境伯邸に来たと思うのか? 今もここに残っているのはなぜだと思うんだ。本当ならすぐに王都に帰りたいのに」

好青年のような風貌だったディートヘルムなのに、今はやさぐれたような雰囲気で髪をかき上げた。
呆然とする私にディートヘルムは、いやらしい笑顔で近づく。

「俺が来たのは、ラヴィニア王女に頼まれたからだ。アイゼン・グレイド辺境伯の婚約者レアンを誘惑してくれと、命令されたんだよ」

身体が強張った。ディートヘルムは、私を心配して慰めてくれていた。それが、全部ウソだった。全部、私の行動はラヴィニア王女に筒抜けで……。

「うそ……」
「世間知らずのお嬢様。落とすのは今までにないほど簡単だったよ」

幾人もの女性を口説いてきたディートヘルムが、私を見下したように言う。

「ウソよ……じゃあ、アイゼン様はずっと知っていたの?」
「馬鹿だなぁ。知っているわけないだろう? だって、ラヴィニア王女はお前を試していたんだ」

涙が零れる。身体中が自分ではないように何かがざわめいて、震える手でドレスのスカートをギュッと握りしめた。

「ラヴィニア王女は、どんなに誘惑されても貞淑な婚約者なら、一年ぐらいでグレイド辺境伯を辺境の地に返すつもりだったんだ。実際にそうするかどうかは、不明だけどな。王女は気まぐれだし……でも、お馬鹿で可愛いレアンはあっさりと俺の誘惑に引っかかった」
「じゃあ、アイゼン様がずっと帰って来られなかったのは……」
「レアンのせいでもあるんじゃないか? ああ、でもグレイド辺境伯はずいぶんと気に入っておられたから、毎夜寝所に召していたけどなぁ」

ククッと笑うディートヘルムが近づいてくる。泣いている顔を上げられれば、私を想う瞳はどこにない。

どうして、気付かなかったのだろうか。この男の甘い言葉は全部ウソだったと。後悔しても、それ以上にある感情が押さえられなくなっている。

「世間知らずなお嬢様のレアンの尻拭いをグレイド辺境伯は人知れずしていたんだよ。何度も王女の伽をすることで、辺境の地もレアンも平和だっただろう?」

私から離れたディートヘルムが、あっけらかんと言う。眩暈がしそうなど足元がおぼつかず、ふらりとすれば、壁にドンと当たる。そばにある花瓶が倒れて水がキャビネットから滴り落ちた。

「何やってるんだよ……まぁいい。もう用はないだろう? 俺はラヴィニア王女を待っているんだ。ご褒美を頂く予定だからな」

アイゼン様がラヴィニア王女と帰ってきたことを知ったディートヘルムは、ずっとこの宿で待っているらしい。
まさか、そのせいで一緒にラヴィニア王女は帰って来たのだろうか。わからない。わからないけど……。

「グレイド辺境伯は、信じて帰って来たのになぁ、……っ!!」

__ガシャンッ!

その場にあった花瓶を、気がつけばディートヘルムの背後から振り下ろしていた。




__頭が痛い。
うっすらと瞼を開けば、血の中だった。固まった血が、パリッと小さな音を立てる。

「……頭を殴られたのか?」

頭を押さえれば、血が付いている。床の血だまりを見ると、ずいぶんとやられたものだと思う。乾き始めた血だまりは死に至るほどだ。

ふらつく足で部屋にあった鏡台の鏡を見ると、血まみれの顔は若い男だった。

「……殺されたのか? ずいぶんと若く顔のいい男だな……」

血の付いた頭に触れて魔法で癒すと、瞬く間に傷が塞がった。頭をかき上げると傷一つ見えない。そのまま、髪をオールバックにした。

「では、やるか……」

そう呟いて、こめかみに指を立てた。

「__記憶読み取り魔法ダウンディング





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