26 / 47
26
しおりを挟むラヴィニア王女が許せない。あと少しで結婚式だった。純白のドレスも出来上がっていた。アイゼン様が城から帰ってくれば、結婚するはずだった。
でも帰ってこなかった。それどころか、ラヴィニア王女の愛人になっていた。私の安全のためにラヴィニア王女に仕えたと聞いた。
でも、噂では、アイゼン様がラヴィニア王女の愛人になっていた。彼に手紙を出せば、ウソをつくこともなく認めた。
私ではなく、毎夜アイゼン様がラヴィニア王女と寝所を共にしていると考えるだけで気が狂いそうだった。
そうして、そんな気持ちを紛らわすように、同じことをした。
「ディートヘルム!」
街の宿屋に付けば、ディートヘルムは予想通りいた。突然やって来た私に少し驚いている。
「レアン? どうしたんだ?」
「ディートヘルム……どうして逃げたの?」
「はぁ? グレイド辺境伯が帰還したのだから、俺はお役御免だろ? もう相手をする理由もないし」
「私は! 辺境伯邸を追い出されたのよ!? 婚約だって破棄されたわ! 全部あなたのせいよ! それなのに、私を置いて行くなんて……!」
「責任でも取ってほしいのか? それなら、お門違いだぞ」
「ふざけないでよ! 私が今どんな立場でいると思うの!?」
周りを気にすることもなく、髪を振り乱し一心不乱にここまでやって来た。涙目で真っ赤に腫れ上がった形相で迫る私を見たディートヘルムは、面倒くさそうにため息を吐いた。
「今の自分の顔を鏡で見たのか? 凄い顔だぞ」
「酷いわ……私は、あなたを信じてここまで来たのに!」
「俺なら助けてくれると思ったのか? 本当に世間知らずだな」
あんなに私のことを可愛いと言った。私に甘い言葉を囁いて何度も逢瀬を繰り返した。それなのに、今のディートヘルムは、欲情も何もない視線を私に向けて、彼がため息を吐いた。
「ディートヘルム?」
「俺が偶然この辺境伯邸に来たと思うのか? 今もここに残っているのはなぜだと思うんだ。本当ならすぐに王都に帰りたいのに」
好青年のような風貌だったディートヘルムなのに、今はやさぐれたような雰囲気で髪をかき上げた。
呆然とする私にディートヘルムは、いやらしい笑顔で近づく。
「俺が来たのは、ラヴィニア王女に頼まれたからだ。アイゼン・グレイド辺境伯の婚約者レアンを誘惑してくれと、命令されたんだよ」
身体が強張った。ディートヘルムは、私を心配して慰めてくれていた。それが、全部ウソだった。全部、私の行動はラヴィニア王女に筒抜けで……。
「うそ……」
「世間知らずのお嬢様。落とすのは今までにないほど簡単だったよ」
幾人もの女性を口説いてきたディートヘルムが、私を見下したように言う。
「ウソよ……じゃあ、アイゼン様はずっと知っていたの?」
「馬鹿だなぁ。知っているわけないだろう? だって、ラヴィニア王女はお前を試していたんだ」
涙が零れる。身体中が自分ではないように何かがざわめいて、震える手でドレスのスカートをギュッと握りしめた。
「ラヴィニア王女は、どんなに誘惑されても貞淑な婚約者なら、一年ぐらいでグレイド辺境伯を辺境の地に返すつもりだったんだ。実際にそうするかどうかは、不明だけどな。王女は気まぐれだし……でも、お馬鹿で可愛いレアンはあっさりと俺の誘惑に引っかかった」
「じゃあ、アイゼン様がずっと帰って来られなかったのは……」
「レアンのせいでもあるんじゃないか? ああ、でもグレイド辺境伯はずいぶんと気に入っておられたから、毎夜寝所に召していたけどなぁ」
ククッと笑うディートヘルムが近づいてくる。泣いている顔を上げられれば、私を想う瞳はどこにない。
どうして、気付かなかったのだろうか。この男の甘い言葉は全部ウソだったと。後悔しても、それ以上にある感情が押さえられなくなっている。
「世間知らずなお嬢様のレアンの尻拭いをグレイド辺境伯は人知れずしていたんだよ。何度も王女の伽をすることで、辺境の地もレアンも平和だっただろう?」
私から離れたディートヘルムが、あっけらかんと言う。眩暈がしそうなど足元がおぼつかず、ふらりとすれば、壁にドンと当たる。そばにある花瓶が倒れて水がキャビネットから滴り落ちた。
「何やってるんだよ……まぁいい。もう用はないだろう? 俺はラヴィニア王女を待っているんだ。ご褒美を頂く予定だからな」
アイゼン様がラヴィニア王女と帰ってきたことを知ったディートヘルムは、ずっとこの宿で待っているらしい。
まさか、そのせいで一緒にラヴィニア王女は帰って来たのだろうか。わからない。わからないけど……。
「グレイド辺境伯は、信じて帰って来たのになぁ、……っ!!」
__ガシャンッ!
その場にあった花瓶を、気がつけばディートヘルムの背後から振り下ろしていた。
♢
__頭が痛い。
うっすらと瞼を開けば、血の中だった。固まった血が、パリッと小さな音を立てる。
「……頭を殴られたのか?」
頭を押さえれば、血が付いている。床の血だまりを見ると、ずいぶんとやられたものだと思う。乾き始めた血だまりは死に至るほどだ。
ふらつく足で部屋にあった鏡台の鏡を見ると、血まみれの顔は若い男だった。
「……殺されたのか? ずいぶんと若く顔のいい男だな……」
血の付いた頭に触れて魔法で癒すと、瞬く間に傷が塞がった。頭をかき上げると傷一つ見えない。そのまま、髪をオールバックにした。
「では、やるか……」
そう呟いて、こめかみに指を立てた。
「__記憶読み取り魔法」
216
お気に入りに追加
748
あなたにおすすめの小説
夫の心がわからない
キムラましゅろう
恋愛
マリー・ルゥにはわからない。
夫の心がわからない。
初夜で意識を失い、当日の記憶も失っている自分を、体調がまだ万全ではないからと別邸に押しとどめる夫の心がわからない。
本邸には昔から側に置く女性と住んでいるらしいのに、マリー・ルゥに愛を告げる夫の心がサッパリわからない。
というかまず、昼夜逆転してしまっている自分の自堕落な(翻訳業のせいだけど)生活リズムを改善したいマリー・ルゥ18歳の春。
※性描写はありませんが、ヒロインが職業柄とポンコツさ故にエチィワードを口にします。
下品が苦手な方はそっ閉じを推奨いたします。
いつもながらのご都合主義、誤字脱字パラダイスでございます。
(許してチョンマゲ←)
小説家になろうさんにも時差投稿します。
もう一度あなたと?
キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として
働くわたしに、ある日王命が下った。
かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、
ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。
「え?もう一度あなたと?」
国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への
救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。
だって魅了に掛けられなくても、
あの人はわたしになんて興味はなかったもの。
しかもわたしは聞いてしまった。
とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。
OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。
どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。
完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
相手不在で進んでいく婚約解消物語
キムラましゅろう
恋愛
自分の目で確かめるなんて言わなければよかった。
噂が真実かなんて、そんなこと他の誰かに確認して貰えばよかった。
今、わたしの目の前にある光景が、それが単なる噂では無かったと物語る……。
王都で近衛騎士として働く婚約者に恋人が出来たという噂を確かめるべく単身王都へ乗り込んだリリーが見たものは、婚約者のグレインが恋人と噂される女性の肩を抱いて歩く姿だった……。
噂が真実と確信したリリーは領地に戻り、居候先の家族を巻き込んで婚約解消へと向けて動き出す。
婚約者は遠く離れている為に不在だけど……☆
これは婚約者の心変わりを知った直後から、幸せになれる道を模索して突き進むリリーの数日間の物語である。
果たしてリリーは幸せになれるのか。
5〜7話くらいで完結を予定しているど短編です。
完全ご都合主義、完全ノーリアリティでラストまで作者も突き進みます。
作中に現代的な言葉が出て来ても気にしてはいけません。
全て大らかな心で受け止めて下さい。
小説家になろうサンでも投稿します。
R15は念のため……。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる