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冷たい旦那様はどこへ 9
しおりを挟む声もなくアリス様が失神した。
「アリス様は、これでもう魔法が使えません」
「そのほうがいい。正しく使えないなら、魔法は過ぎた力だ」
ウォルト様が、失神したアリス様に近づいて呼吸を確認するために、首筋にそっと触れた。
「アリスは、修道院に預けます。セルシスフィート伯爵邸での騒ぎは困るわ」
「母上がアリスを怒らせたのですよ……普通に話せばいいものを」
「ふん……私は、嫌がらせに帰って来たと言ったはずよ。夫の自分勝手を考えたら、これくらい可愛いものです」
「離縁状と婚姻状を、すぐに処分しなかったのはそういうわけですか……」
「それもあるけど……ウォルトが、ティアナと上手くいかなかったどうしようかとも思っていたわ。別邸を準備するように手紙がきたから、違うのかもしれないとも思っていたのだけど……」
私とウォルト様が上手くいかなかったら、離縁状を使うつもりだったのかもしれない。
私がセルシスフィート伯爵家のことに無関心だったから、余計にそう思わせたのかもしれない。
そのうえ、ロザムンド様も、ウォルト様が息子ながら何を考えているのかわからないらしい。でも、その感情を表に出さないウォルト様が、私のために別邸での生活を準備したのだ。
それは、ロザムンド様を驚かせるのに、十分な出来事だっただろう。
「……母上。離縁状を隠してくださって感謝します」
「素直ね……いつもそれくらい意思表示をしてもらいたいものだわ」
そう言って、扇子を広げて部屋を出て行こうとするロザムンド様。
「ロザムンド様。どちらに?」
「見学会です。チャリティーも見て回りたいわ」
「セルシスフィート伯爵邸を見学してどうするんですか……もう、見るものはないでしょう」
誰も突っ込めなかったことを、ウォルト様が淡々と言う。
「可愛くないわ。本当に可愛くない息子だわ」
「でも、夫と違って良かったわ……」と呟いたロザムンド様。ホッとしたような安堵も感じ取れる。
「で、でしたら、チャリティーでも出している軽食をお持ちしたんです。ぜひ、ご一緒に」
「あら、それなら、お呼ばれしますわ」
「はい。アリス様をお休みさせてから、すぐに行きますので、バルコニーでお待ちください」
「ええ、そうするわ。子猫も連れて行っていいかしら?」
「もちろんです。お願いいたします」
そう言って、ロザムンド様はブランシュを抱いた侍女と部屋を出ていった。
♢
私とウォルト様は倒れたままのアリス様を空き部屋に移して、今夜は竜騎士を見張りに付けた。明日には、ロザムンド様がどこかの修道院へと問答無用で連れて行くらしい。
アリス様は、魔法の力を私に封じられて、未だに目覚めずにただ眠っている。
でも明日には、きっと目覚めるだろう。
大成功で終わったイベント。一日中頑張ってくれた使用人たちには、一階の大広間を開放して、ワインをご馳走し、給仕も休ませて打ち上げをして、各々が休んでいる。
私とウォルト様も、すでに部屋で休んでいた。
ウォルト様の続き部屋だったアリス様の部屋は、壊れてしまったので、早々に私の部屋へとウォルト様が来ている。
寝支度をして、二人でベッドに座っている。
「それにしても、ブランシュには、驚いたな……見つけた時に、妙な気配がしたのは普通の猫ではなかったからか……」
「幻獣とのハーフかもしれませんね。まったく役に立ちませんでしたけど……ブランシュは、頑張りました」
「そうだな……ティアナにも、驚いた。魔封じの魔法が使えたのだな」
「私はウォールヘイト伯爵家の直系です。だから、後継ぎが必要だったのです。この力は残していくことを代々言いつかっていますので……」
「それで結婚を……」
色んな方に縁談を求めた。今はそれを、ウォルト様に知られていることが少しだけ虚しく思える。愛のない結婚でも、良かったのだ。
「馬鹿ですよね……そのためだけに結婚をしようとして、結局誰も結婚をしてくれませんでした」
「そんなことは思わない。……誰とも結婚しなくて、良かったと、俺は安堵している」
「……ウォルト様と結婚出来て良かったです」
そう言ってくれるのは、ウォルト様だけだ。そして、ウォルト様だけの言葉が私の心を掴んだと思わせる。
俯いた私の顔に、ウォルト様の手が伸びる。頬に添えられた手が男らしくて、どきりとした。
冷たい無表情なウォルト様の顔が近づいて、彼の指が私の唇をなぞり、キスをされる。
冷たい旦那様だと思った。怖い人だと思った。
それが、怖い顔は変わらないのに、甘くて優しい旦那様になっている。
「好きだよ……ティアナ。毎日一緒にいて」
「はい……大好きですよ。ウォルト様」
ウォルト様が甘く囁き、私の耳をくすぐる。そうして、今夜もウォルト様と眠りについた。
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