35 / 47
旦那様はお怒りです 5
しおりを挟む
王都の中心にあるルギウィス王城。
その城にあるアルフェス殿下の自室に、ティアナの誤解を解くために来ていた。
「ティアナが遊んでいるという噂は、噂だけではない。最近では、夜会でも姿を確認されている。私は会うことはなかったが……」
「ですが、ティアナではありません。彼女は誰とも経験がなかったのです」
間違いない。ティアナは純潔だった。
「部下が、ピンク色の髪のセルシスフィート伯爵夫人を見たと言っていたが……」
「その者は、ティアナの知己ですか?」
「そうではない」
「なら、絶対に違います」
きっぱりと言い放つと、アルフェス殿下が一呼吸置く。
「ティアナではないのは、わかった。だが、一度広まった噂を消すのは難しいぞ」
「それでも、ティアナを責めないで頂きたい」
椅子に腰かけたアルフェス殿下を冷たく睨む。
「あれは、悪かった。ティアナには、後日詫びる。だから、私を睨むな」
「そう思うなら、頼みがあります」
「詫びの品が欲しいなら、何か贈るぞ」
「物ではなくて……」
♢
秘密の夜会に来ると、普通の夜会と何ら変わりない。違うのは、顔がわからないように、仮面をつけていることだろうか。
「セイルも、こんなところに出入りしているのね」
「俺は、来ない。でも、若い貴族は遊びに来ることは多いんだよ」
そう言って、通り過ぎざまにボーイがトレイに持っているお酒をセイルが取ってくれる。
周りを見渡せば、仮面ごしでアリス様がわかるのだろうかと、不安になるけどとにかく遊びを止めさせなければ、私が全ての火の粉を被っている状況だ。
「……ティアナ。来たぞ」
セイルが耳打ちする。彼の視線の方向を見れば、私と同じピンク色の髪を結わえたドレス姿の女性がやって来た。
来るなり、男を誘うように慣れた様子で色んな男性に近づいている。
「私に似ているかしら?」
「ティアナを知らない人なら、名前を名乗られたら、別人かの区別はつかないだろう」
セイルとお酒を飲みながら気づかれないように観察していると、今夜の獲物が決まったのか、男性に垂れかかり二人で会場を出ていく。
「どこに行くのかしら?」
「ご休憩用の部屋があるはずだ」
「では、こっそりと行きましょう。セイルは、ここまででいいわよ」
「一緒に行く。何かあれば困るだろう」
そう言って、恋人だと疑われないようにセイルと腕を組んで尾行を始めた。
会場を出ると、部屋がいくつもありその中の一つに入っていく。
セイルと二人で視界の狭い仮面を外す。
「怪しいわね」
「だから、そういうことをする部屋なんだよ」
セイルとともに、腰を下ろし、廊下の角にへばりついて見ていた。そして、部屋に入ったところを確認する。
今、突入すれば、現行犯になるだろうか。
「セイル……考えていたのだけど、あの偽物が誘った時に、ウォールヘイトのティアナだと名乗ったのかしら? 証拠がないままで突入しても大丈夫かしら?」
「……今それを言う?」
「今、思いついたのよ」
呆れた顔でセイルが言う。
「セイルは、夜会会場でティアナと名乗っていたか聞けないかしら? 私が行くと、怪しまれそうだわ」
「そりゃあ、男同士なら聞けるけど……」
「私は、とりあえずアリス様を捕まえるわ」
「大丈夫なのか?」
「間違っても、セルシスフィート伯爵邸での態度を直すようにする取引には使えるし、大丈夫でしょう」
「本当っーに大丈夫なのか!?」
何をする気だ、と言いたげにセイルが再度確認する。
「大丈夫です。それにしても、ここは熱いですわね」
「そう言えば、そうだな……とにかく行ってくる」
「お願いします」
片手で仰ぎながらセイルが会場に戻り、熱いなぁと思いながらそっと部屋の扉に耳を当てた。
何かの会話らしいものは聞こえるが、艶めかしい声とは違う。
さすがに事を致している最中には飛び込めない。飛び込むなら今しかない。
そう決意して、勢いよく扉を開けた。
「失礼しますわ!」
「きゃあ!!」
「……っ誰だ!? 取り込み中だぞ!!」
男に跨っている私の偽物を演じているアリス様が、乱れたドレスを抑えて身体を隠そうとする。跨られた男は、こちらも乱れた上半身を起こしながら驚き怒っている。
取り込み中なのは知っている。だから、来たのだから。
「アリス様。そこまでです。すぐにセルシスフィート伯爵邸に帰りますよ!」
「はぁ!」
「ぶ、無礼ですわ! 私を誰だと思っているのです! セルシスフィート伯爵夫人ですよ!! さ、下がりなさいっ」
上ずった震えるような声音で、私の偽物が叫んだ。
「下がりません!」
ベッドに近づいてアリス様を捕まえようとすると、ちょうどいいところに縄がテーブルの上に置いてある。
「まあ。ちょうどいいですわ」
ナイス縄! と思いながら縄を取った。そして、ベッドの二人に近付いて縄をパンッと音を立てて左右に引っ張る様に広げた。
「きゃあ」
「止めないか!!」
縄を掴んで縛り上げようとすると、男が抵抗してくる。
「少しだけ大人しくしててください」
そう言って、細めた視線で男に向かって手を伸ばして魔法を放つ。「ぎゃっ」と変な声を出して男が乱れた服装のまま、一瞬のショックで気絶した。
「何するのよ!」
髪を振り乱した偽物を後ろから縛る。適当に縛っているせいか、雑な縛り方だ。
そして、背後から縄をグイッと引っ張った。
「きゃあ!」
「さぁ、帰りますよ。アリス様には、少しお話があります」
「だから、アリスって誰よ!!」
振り向いた怒り狂っている女性の顔に、今度は私が躊躇した。思わず、目が点になる。
「だ、誰ですかぁ!?」
「あんたが誰よ!!」
そこにいたのは、髪色がピンク色のまったく知らない女性だった。
その城にあるアルフェス殿下の自室に、ティアナの誤解を解くために来ていた。
「ティアナが遊んでいるという噂は、噂だけではない。最近では、夜会でも姿を確認されている。私は会うことはなかったが……」
「ですが、ティアナではありません。彼女は誰とも経験がなかったのです」
間違いない。ティアナは純潔だった。
「部下が、ピンク色の髪のセルシスフィート伯爵夫人を見たと言っていたが……」
「その者は、ティアナの知己ですか?」
「そうではない」
「なら、絶対に違います」
きっぱりと言い放つと、アルフェス殿下が一呼吸置く。
「ティアナではないのは、わかった。だが、一度広まった噂を消すのは難しいぞ」
「それでも、ティアナを責めないで頂きたい」
椅子に腰かけたアルフェス殿下を冷たく睨む。
「あれは、悪かった。ティアナには、後日詫びる。だから、私を睨むな」
「そう思うなら、頼みがあります」
「詫びの品が欲しいなら、何か贈るぞ」
「物ではなくて……」
♢
秘密の夜会に来ると、普通の夜会と何ら変わりない。違うのは、顔がわからないように、仮面をつけていることだろうか。
「セイルも、こんなところに出入りしているのね」
「俺は、来ない。でも、若い貴族は遊びに来ることは多いんだよ」
そう言って、通り過ぎざまにボーイがトレイに持っているお酒をセイルが取ってくれる。
周りを見渡せば、仮面ごしでアリス様がわかるのだろうかと、不安になるけどとにかく遊びを止めさせなければ、私が全ての火の粉を被っている状況だ。
「……ティアナ。来たぞ」
セイルが耳打ちする。彼の視線の方向を見れば、私と同じピンク色の髪を結わえたドレス姿の女性がやって来た。
来るなり、男を誘うように慣れた様子で色んな男性に近づいている。
「私に似ているかしら?」
「ティアナを知らない人なら、名前を名乗られたら、別人かの区別はつかないだろう」
セイルとお酒を飲みながら気づかれないように観察していると、今夜の獲物が決まったのか、男性に垂れかかり二人で会場を出ていく。
「どこに行くのかしら?」
「ご休憩用の部屋があるはずだ」
「では、こっそりと行きましょう。セイルは、ここまででいいわよ」
「一緒に行く。何かあれば困るだろう」
そう言って、恋人だと疑われないようにセイルと腕を組んで尾行を始めた。
会場を出ると、部屋がいくつもありその中の一つに入っていく。
セイルと二人で視界の狭い仮面を外す。
「怪しいわね」
「だから、そういうことをする部屋なんだよ」
セイルとともに、腰を下ろし、廊下の角にへばりついて見ていた。そして、部屋に入ったところを確認する。
今、突入すれば、現行犯になるだろうか。
「セイル……考えていたのだけど、あの偽物が誘った時に、ウォールヘイトのティアナだと名乗ったのかしら? 証拠がないままで突入しても大丈夫かしら?」
「……今それを言う?」
「今、思いついたのよ」
呆れた顔でセイルが言う。
「セイルは、夜会会場でティアナと名乗っていたか聞けないかしら? 私が行くと、怪しまれそうだわ」
「そりゃあ、男同士なら聞けるけど……」
「私は、とりあえずアリス様を捕まえるわ」
「大丈夫なのか?」
「間違っても、セルシスフィート伯爵邸での態度を直すようにする取引には使えるし、大丈夫でしょう」
「本当っーに大丈夫なのか!?」
何をする気だ、と言いたげにセイルが再度確認する。
「大丈夫です。それにしても、ここは熱いですわね」
「そう言えば、そうだな……とにかく行ってくる」
「お願いします」
片手で仰ぎながらセイルが会場に戻り、熱いなぁと思いながらそっと部屋の扉に耳を当てた。
何かの会話らしいものは聞こえるが、艶めかしい声とは違う。
さすがに事を致している最中には飛び込めない。飛び込むなら今しかない。
そう決意して、勢いよく扉を開けた。
「失礼しますわ!」
「きゃあ!!」
「……っ誰だ!? 取り込み中だぞ!!」
男に跨っている私の偽物を演じているアリス様が、乱れたドレスを抑えて身体を隠そうとする。跨られた男は、こちらも乱れた上半身を起こしながら驚き怒っている。
取り込み中なのは知っている。だから、来たのだから。
「アリス様。そこまでです。すぐにセルシスフィート伯爵邸に帰りますよ!」
「はぁ!」
「ぶ、無礼ですわ! 私を誰だと思っているのです! セルシスフィート伯爵夫人ですよ!! さ、下がりなさいっ」
上ずった震えるような声音で、私の偽物が叫んだ。
「下がりません!」
ベッドに近づいてアリス様を捕まえようとすると、ちょうどいいところに縄がテーブルの上に置いてある。
「まあ。ちょうどいいですわ」
ナイス縄! と思いながら縄を取った。そして、ベッドの二人に近付いて縄をパンッと音を立てて左右に引っ張る様に広げた。
「きゃあ」
「止めないか!!」
縄を掴んで縛り上げようとすると、男が抵抗してくる。
「少しだけ大人しくしててください」
そう言って、細めた視線で男に向かって手を伸ばして魔法を放つ。「ぎゃっ」と変な声を出して男が乱れた服装のまま、一瞬のショックで気絶した。
「何するのよ!」
髪を振り乱した偽物を後ろから縛る。適当に縛っているせいか、雑な縛り方だ。
そして、背後から縄をグイッと引っ張った。
「きゃあ!」
「さぁ、帰りますよ。アリス様には、少しお話があります」
「だから、アリスって誰よ!!」
振り向いた怒り狂っている女性の顔に、今度は私が躊躇した。思わず、目が点になる。
「だ、誰ですかぁ!?」
「あんたが誰よ!!」
そこにいたのは、髪色がピンク色のまったく知らない女性だった。
79
お気に入りに追加
1,765
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる