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第三章
194話目
しおりを挟むそんな声が上がったのでいったん仕切り直しになってしまった。
私と長谷川さんがそのまま応接室に残り他の方たちは退室した。
緊張も吹き飛びテーブルの上のぬるくなったお茶をすする。
……赤い目は行きたくない為に泣いたのか。
まぁ……行きたくない人を無理強いするのはよくないよね。
一人でうんうん頷き成り行きを待つ。
「瑠璃は夫人が大好きだからなぁ……」
そんな私の横で独り言のように長谷川さんが呟く。
「公爵夫人ですか?」
「そうだ」
夫人が好きと行きたくないと何の関わりがあるんだ?
話の続きが気になったので黙って待った。
「……桜はさ……まだこっち来て間もないよな?」
「そうですね」
「渡り人って歳取らないのは知ってるか?」
「春子さんに教えてもらいました」
「……そっか」
そう言ってしばし沈黙が続いた。
歳を取らないのと行きたくないのって関係あるの?
うーん、と頭を悩ませる。
そしたら今度は私の方がモヤモヤしてしまいついつい口から出てしまう。
「……それと関係あるんですか?」
「まあな、……俺もこっち来てずいぶん長いから看取ったことあるぜ。 そん時は凹んだぞ、流石に。 ……瑠璃は夫人が歳を取っていくのを目の当たりにして、自分が変わらない、さらにあっちに行くと……まぁ……延命みたいになるのが耐えられないんじゃないか?」
歳は変えられない。 別れはいずれ来る。
脳裏に初めて春子さんと一緒に行ったときの涙を思い出した。
「……でもそれって行っても行かなくても訪れますよね」
「それはそうだが……行く行かない、それは本人の気持ち次第じゃないか?」
「……そうですね」
そんな話を長谷川さんとしてたら扉をノックする音が聞こえた。
どうやら瑠璃さんの説得に成功したらしい。
次に入ってきたとき、慈愛に満ちた穏やかな表情をした夫人が瑠璃さんの艶やかな髪を撫でていた。
それを見守る公爵も陛下も穏やかな顔をしており、それぞれの人間性や、暖かさが分かった気がした。
今回向かった先は商業施設と一体化されたホテル。
都会の夜景が一望できる
部屋割りは私とオリヴィア様、長谷川さんとアルフォート様、陛下と公爵、瑠璃さんと公爵夫人だ。
フロントで受付を済ませ、長谷川さんと私とで陛下、公爵夫人のサポートをした。
お二人は始めてくる日本に、大都市のホテルの人の多さに面食らっているようだった。
「なるほど……こうなるのか」
陛下がそう呟いて目を閉じしばし上を向いて考え込む様子を見せる。
「人が……多いわ」
辺りを見渡す公爵夫人が戸惑いを隠せずにそう感想を述べる。
瑠璃さんは何かに耐えるようにグッと下唇を噛んでいる。
まずは客室に行くべく、私と長谷川さんで人込みをかきわけ、その後ろに陛下が、さらに続いてアルフォート様はオリヴィア様を、公爵は夫人をエスコートし、最後に瑠璃さんが続くという並びでエレベーターへと向かう。
上へ向かうボタンを押し待つことしばらくの間。
「瑠璃、あれは何かしら?」
「エレベーターと言って階段を使わずに上階へ上がる機械です」
「機械?」
「……魔道具のようなものです」
扇で口元を隠し目は穏やかに、こそこそと瑠璃さんに質問をするサフィリア様。
「これは何かの祝いなのか?」
「これは何の祝いでもなくお祭りでもなく単なる平日らしいです」
「……平日」
陛下は陛下でアルフォート様に質問をしている。
そんな会話をしているとエレベーターが到着した。
降りる人を待ち、人の流れが途切れると代わりに乗り込みドアを抑えた。
エレベーターはガラス張りで出来ており外の様子が見て取れる。
皆が乗り込むのを待つと抑えていた手を放しエレベーター内の閉めるボタンを押し階を指定した。
「凄いわ、海が見えますよアルフォート」
「これは……足元がすくむな」
静かに動くエレベーター。
新しいホテルだけあって動作も静かで滑らかに早く上昇する。
階が上がり海が見えるとオリヴィア様は嬉しそうにアルフォート様にそう告げた。
アルフォート様は奇獣で空を駆けることはあるようだが外の地面を見て身震いしていた。
「……落ちはしないかね」
ガラスの向こう側を覗き込み眉間にしわを寄せながら陛下がそう呟く。
「落ちはしないが……毎度慣れないものだな……」
それに答えたのは公爵のローレンツ様。
「あら? 何度も来たんですか?」
「2、3回な」
「……私はお誘い頂いてませんが」
「……私にも愛する妻の前で格好つけさせてくれ」
公爵も夫人も澄ました顔して言いあいをする。
……初回ではローレンツ様もギョッとして冷や汗をかいていたもんね。
エレベーターが目的の階に着く。
私が開くボタンを押し長谷川さんが先に出て扉を抑え誘導する。
陛下と公爵の部屋から順に案内をする。
最後に私とオリヴィア様が部屋へとたどり着いた。
オリヴィア様には入って左手の寝室へ行っていただき私は奥の扉を探索だ。
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