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109 常識を拾い集めようと思います

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 何かを通り抜ける感覚がした後、目に映ったのは壁だった。

「え、壁?」
「いや、なんか通路?」

 たまたま聖の目の前にあったのは壁だったが、春樹の言葉に辺りを見渡すと、左右に長い道があった。思わず首を傾げる。

「……どこ?」
「何処っていうか、俺たちは何の中にいるんだ? つか、近くまでって言ってたから……王都の近くにある建物、か?」
「近くったって、なんでわざわざ建物の中?」

 意味がわからない。
 確かに突然外に出るよりは、魔物の心配をしない分安全なのかもしれないが、ぶっちゃけ不法侵入である。別の問題があった。

「……怒られないかな?」
「……怒られる程度で済めばいいけどな……」

 聖なるお猫様にそのあたりをもうちょっと考えて欲しいと、思わないでもないがそこまで要求するのは酷である。
 なにせそれはこちら側の勝手な都合なので仕方がない。
 頭を振って意識を切り替え、さてどうしようかと顔を見合わせていると、ふと足音が聞こえた。
 慌ててそちらを見る。

「「……あ」」
「ここで何をしてっ……あ? ヒジリにハルキ、か?」
「ルーカスさん!」
「ナイスタイミング!」

 そう、現れたのはなんとルーカス。
 少しかしこまった服装をしているが、間違いなくダリスで別れたルーカスである。
 天の助けとばかりに、よくわからない状況に困惑しきりなルーカスに駆け寄る。

「お久しぶりですルーカスさん! ここってどこですか!?」
「本当に会えてよかった! ってまさかここダンジョンか!?」
「あ、ああ、久しぶりだな。ここが何処かって、え? 何処かわからないのにいるのか!?」

 よりによってここに!? と、目を丸くするルーカスに、2人は揃って頷く。
 するとルーカスは、なんてこったと言わんばかりに頭を抱えた。

「えっと、なんかいちゃいけない場所なんですか?」
「そんな拙い場所にいるのか、俺たち?」

 あまりの反応に、ルーカスに会えた安心感が吹っ飛んだ。

「あー、とりあえず状況はわからんがここが何処か、だな」
「はい」
「ダンジョンじゃ、ない」
「違うのか」
「そうだな、ここな」

 困ったように頬を掻きながらルーカスは告げた。

「サンドラス王国の、王城だ」
「「は?」」
「正確に言うと、城の裏口付近だな」
「「……」」

 ぽかん、と口を開ける。
 どう見ても冗談を口にしているようには見えない。
 聖と春樹は、何となく顔を見合わせて、そして再びルーカスに視線を合わせる。

「……城?」
「……王都の?」
「そうだな」

 深く、深く頷かれた。

「っ、近くっていうかど真ん中!!」
「ルーカスいなかったら捕まる案件だろ!?」

 思わず叫んだ。

 ちなみに聖なるお猫様ことポチは、2人を見送った後『……少しずれたか』などと呟いていたりする。そして、まあ誤差の範囲だろうと気にしないことにした。
 些細なことは気にしない、それが聖なるお猫様である。

 それはさておき。
 もちろん、聖と春樹はそれどころではない状況になっている。
 全然些細では済まない。
 いくら城とか王とか貴族とか、そういったものに縁が無かろうが実感がまるでなかろうが、それでも辛うじてある紙っぺらのような知識でもわかることはある。

 城の内部に突然現れるってどう考えてもヤバイ、と。

 恐らくいるだろう門番とか警備の人たちを、まるっと素通りして現れた正体不明の明らかに不審者(だって、見るからに挙動不審)。
 ここであったのがルーカス以外だったなら、間違いなく捕まって牢屋一直線だった可能性がある。というかそれしかない。
 いや、ひょっとしたら落ち人だから、で済まされる気もしないでもないが。

 ――などと考えて微妙な気持ちになった。それで済まされた場合の落ち人像が、とても居た堪れない。

 というか、いくら面識があるとはいえルーカスのこの反応がすでにそれを物語っている気がしてならない。
 全面的に『落ち人だから』というフィルターがかかっていそうで。

「……うん、なんか落ち着いた気がする」
「……そうだな、俺もなんか落ち着けた気がする」
「何をどう考えてこの短時間で落ち着けたのかは聞かんが、詳しい話を聞けそうだな。……まあ、とりあえず場所を移すか」

 若干どころではなく、疲れた様子を見せるルーカスについて、無事に城を出る。
 まあ、出る時に門番に少しだけ不思議そうな顔をされたが、ルーカスが連れているということで特に何も聞かれることはなかった。

「ルーカスさんて、ひょっとしてかなり身分のある人だったりしますか?」
「いや、俺はただの冒険者だ。ただ、ちょっと上の人に気に入られて、というかお使いをさせられててな」
「そうなんですね」
「すごいんだな」

 やはりランクがBともなると、いろいろな依頼があるのだろう。聖と春樹にとってはまだまだ遠いお話である。
 まあ、若干ルーカスが何故だか遠い目をしているような気がしないでもないのだが、そこには触れない。たぶん聞かない方がいい、と思われる。

「少し歩くが問題ないか?」
「大丈夫です」
「ああ」

 レベルが上がった分、体力もついてきた気がするので、多少は問題ない。
 なので、ルーカスに案内されるまま歩いていくと目の前が開けた。

「うわぁ……」
「見晴らしいいな」

 どうやら城は高台にあったらしい。
 というか未だに城の敷地内から抜けていなかったことも驚きではあるのだが、そこから見えるのは何処までも続く城下町。周りを囲む外壁は、遥か彼方遠くにある。

「すごく、大きなところなんですね」
「ああ、すごいだろ? なにせ英雄王がつくった都だからな」
「……そういえばそうだったな」

 チートスの、あの部屋で見た姿と声を思い出す。
 国を滅ぼして新たにつくってしまった英雄王。
 ものすごく簡単に簡潔に言っていたが、この光景を見て初めてそのすごさが実感できた。
 それと同時に理解できる。

「……無理だよね」
「……無理だな」

 どう考えても、どれだけ同じ条件がそろったとしても同じことができるとは思えない。
 もちろん、1人で成し遂げたわけではないだろうし、簡単なことではなかっただろう。
 けれど、生半可な覚悟と努力で出来ることではない。
 ――まあ、やろうとも思わないが。

「本屋さんとかってありますか?」
「ああ、あるぞ。何か欲しいのがあるのか?」
「英雄王の伝記みたいなものがあれば読んでみたいな」
「物語的なものでもいいですね。ちょっと読んでみたいです」
「それなら俺の家にもあるな。読んでみるか?」
「「ぜひ!」」

 同じことをやろうとも思わないし、きっとできない。
 それでも同じ世界から来て、どんな風に生きていたのかということに、ここにきて初めて興味が沸いた。
 なので、本を貸してくれるというルーカスの言葉に二つ返事で頷く。

「ああ、でも本を読むのが嫌いじゃないなら、本屋も行ってみた方がいいだろうな」
「もちろん!」

 本好きな春樹が勢いよく頷く。
 今まで本屋に出くわさなかったというか、探す暇もなかったというか、魔法の修行中にしか読んでいなかったのでその反動が出たらしい。
 まあ、本を読むことは聖も嫌いではないので、否はない。

「お前たちもこの世界のことはそれなりにわかって来てるとは思うが、情報収集という面ではいろいろ読んでおいた方がいいだろうしな」
「……そうですね」
「……そうだな」
「? どうした?」

 若干目を逸らした聖と春樹に、ルーカスが首を傾げる。
 何せ『それなりにわかって来てる』と仮定しているルーカスを余所に、聖と春樹の答えは『全く』である。
 現在わかっていることは、知らない内にいろいろやらかしている、という事実だけである。あと、美味しいものが多いということぐらいだろうか。

「えっと、いっぱい本、読みます」
「おすすめがあったらぜひ、教えてくれ」
「ああ、それはかまわないが」

 何処か困惑した様子のルーカスを気にせず、この機会にたくさん常識を身に着けようと2人は決意した。

 とりあえず、本をたくさん買おう、と。





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