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8 1時間前に戻りたい屑。 (藤川side)
しおりを挟む番ならば。
番になったならば。
一方通行ではなく、その相手と身も心も 熱烈に愛し合いたいと思うのは、当たり前だと思うんだ。
「運命と出会ってしまったんだ。申し訳ないけど婚約と番を解消して欲しい。」
俺がそう告げた時の、洸さんの表情は…。
特に、変わらなかった…。
しかも普通に了解されてしまった。
いや嘘だろ…?
明日もちゃんと講義出ろ?って…。
そんなカジュアルに流しちゃう話題じゃなくない?
曲がりなりにも俺達は番になって半年だよ?
裏切るのかと怒るなり…いやまあそういうタイプじゃないか…。
せめて、顔色変えるくらいはしてくれて良いんじゃない?。
榊との打ち合わせでは、何か一つでもリアクションがあれば、そこでネタばらしのタイミングって事になってた。
だが。
特に取り乱すでも怒るでも無く、必要事項だけを伝えて、ごく普通~に伝票を持って去って行く洸さんの後ろ姿を、俺は呆然と見送った。
(洸さんは俺に1ミリの興味も執着も無い…。)
嫌でも思い知ってしまった。
俺、手放されたんだ。
体中から血の気が引いて、脱力していく。
全身の毛穴という毛穴から、冷や汗。頭の中がぐるぐるして整理できない、座ってられない、倒れ込みたい。
仕掛けた自分が悪いとは言え、きつい。
他の人間に気移りしたと告げた俺を、あの人は こんなにも、あっさりと。
いつものように真っ直ぐ俺を見つめてきた瞳には僅かな揺らぎも無かった。
もう既に、
「ジョーダンでした~!」
のタイミングは逃してしまった。
横で榊が真っ青な顔をして俺を揺さぶりながら、
「追え!!」
と言ってくれているが、そんな気力が無い。
(あの人の中で、この半年の俺との時間ってどういうものだったんだろ…?)
始まりが悪かったから?
貴方が大人で俺が子供だったから?
違う。
あの人がΩで、俺がαだったから…。
結局、力関係の問題だったのかもしれない。
圧をかけたつもりはないが、αの“お願い”をΩが断れる筈が無いよな…。
意に沿わぬ番関係に付き合ってたけど、運命の番とやらが現れたからこれ幸いとお役御免、ってホッとされてたりして…。
やっぱ俺の事が重荷だった?
震える指で指輪の在り処を確認する。
大丈夫、2人を結んでいる絆は未だそこに在る。
……本当に?まだそれに意味はあるか?
「動けこの馬鹿!!」
カフェの店内に榊の声が響いた事で、喧嘩と勘違いしたスタッフが飛んできた。
店に迷惑はかけられない。
榊に支えられて店を出る。
体中の震えが止まらないのだ。
怖い。
「取り敢えず、誠心誠意謝るしかないだろ。悪いのは騙すような事をしたお前なんだから。」
外に出てもガードレールに腰掛けて項垂れたまま一言も言葉を紡げない俺の様子を見て、榊が溜息を吐いた。
通行人達の視線を感じるから顔も上げられない。
こんなみっともないα、他にいない…。
「俺も悪かったわ。こんな…番の信頼関係にヒビ入れるような事、協力なんてしちまって。」
違う。
最初っから信頼関係なんて無かった。
騙し討ちするように始まった関係なんだから。
「…あの人の中には、」
渇ききった声帯からやっと絞り出した声は、聞き慣れた自分のものではないように思えるほど、嗄れていた。
喉奥が癒着寸前なのかってくらいカラッカラに渇いて痛くて息がしづらい。苦しい。
「俺は、いない。」
迅速過ぎる遮断だった。
色々反応を想像してみていたけど、あんなのは予測してなかった。
追いたい。言いたい。
運命の番なんて嘘だって。
そんなもの、今どきある訳ないって。
そして、運命なんかより貴方の方が大切だって、土下座でも何でもして赦しを乞いたい。
でも。頭の中で、冷たく荒んだ目をした自分が言うのだ。
試すような事をした俺を、あの人が愛する事は、一生無い。
僅かに積み上げてきた親愛も信頼も、俺が壊してしまった。
馬鹿。
ほんの1時間前に戻りたい。
戻って、馬鹿な事を考えるなと自分に言ってやりたい。
気持ちを確かめたいなんてやめとけ、
そんな事してる間にもっと洸さんの為に努力しろって。
そうすれば、失わずに済む。
いやもうこの際、あの人の中に俺への愛がなくたって良い。
その分俺が愛する。
笑いかけてくれなくても構わない。
その分、俺が笑いかければ。
そばにいてくれるだけで良いわ。
足る事を知れる男だ、俺は。
…それだけで、良かったんだよな…。
勝手に悩んで落ち込んで、勝手な事して、今また勝手にぐるぐると。
榊の言う通りの本気の馬鹿だ。
(本当に、運命なんてものがあるのなら…
なんで俺達が、そうじゃないんだよ…。)
くやしい。
あんなにも嫌悪していた、運命の番 というものに、俺は初めて嫉妬している。
今、貴方を繋ぎ止められるものがあるなら、なんだって良いから欲しい。
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