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3 一目惚れ (藤川side)
しおりを挟む(あの人、良いな…。清楚系。)
俺が初めてあの人を見たのは、大学に入学して間もない頃だった。
教壇に立つ、随分若い細身の男を見た第一印象は、およそ教育者に対して持つべきものでは無かったと思う。
26、いや27…その辺だろうか。
講師であれば、そのくらいの年齢でもおかしくはないだろうし。
取り立てて目立つタイプではないけど、顔立ちは悪くない。見た感じは、限りなく普通だ。βだろうな。
落ち着いた口調に飄々とした表情は触れられるのを良しとしないバリアのようなものを感じるのに、何処と無くほっておきたくない雰囲気がある。俺は小学校の頃から、ああいう遊んでなさそうなお堅い感じの子が好きだった。
後で人伝てにそろそろ30歳くらいになる准教授と聞いて、マジかよ…ハードル上がったじゃん…と内心舌打ち。
それより何より、30?嘘だろ。童顔。
5、6歳上程度なら、口説き落とせる自信があった。しかし、30とは。
しかも准教授…。かなり優秀なβ。
ダメだ、大人じゃん。いくらこっちがαとはいえ、太刀打ち出来そうにない。
そこで一旦、ターゲットにするのは諦めたんだ、本当に。
しかしだ。相手は必修科目の講義を担当している。
嫌でも目にしなければならない。
意識しないようにと思うほどに余計に存在が目に入って来てしまう。
学食や学内のコンビニでも姿をみつけてしまう。
つか若いだけに他の教授や講師達よりめっちゃウロウロしてる気がする。
大人しそうな顔して意外にアクティブだな…。どこまでも予想を裏切る人だわ…と、見かける度にフフっと笑みが漏れるようになってしまった。
せっかくクールな藤川君で売ってたのに台無しだ。
遊び相手に出来そうに無いと諦めたというのに、見ている内に、気になって仕方無くなってくる。
しかしまあ、恋の始まりはそういうものなんだろう。
今度は違う意味で、遊び相手には出来ない人になった。
少し好みで気になっただけの相手は、少しずつ少しずつ、俺の心と脳味噌を侵食して、俺の中はいつの間にかあの人だらけ。
授業の時以外は、基本伏し目がち。
学食では必ず日替わりB定食。
癖の無い綺麗な黒髪の短髪。
コンビニで商品を選ぶのに悩むと、右手の人差し指を唇の下に当てて悩む。
煙草の煙は嫌い。
何度か小さな居酒屋に入っていった所を見ると、酒はそこそこいけるよう。
すれ違うと嗅いだことのない洗剤か柔軟剤なのか、仄かに清潔な良い匂いがする。
常にスーツで、インナーも薄いグレーかブルーのワイシャツ。ネクタイは無難な色の無地ばかり。
そして左手の薬指に、指輪は 無い。
厄介な事に、αである俺の周りには入学して間もない頃から 常に面倒な男や女が常に引っ付いて回るようになっていた。
とにかく連絡先を教えてと執拗い。
遊びに行こうと執拗い。
2人だけで会いたいな、と執拗い。
しかし俺は知っている。
こういうタイプは、1度でも寝ようものなら執拗く食い下がり、恋人気取りになり、離れるのに物凄く苦労するのだ。
遊び相手にすらならない地雷なのだ。
父にも常々言われてる。
グイグイ来る奴は相手にしちゃイカンと。
そんな訳でウンザリしながら大学に通っていた俺にとって、准教授…立川さんの存在だけが日々の救いだった。
立川さんを知ってからの俺は、一夜限りの相手を探す事すら億劫になった。
要するに、それなりにしていた乱れた遊びを、パタッとやめたのだ。
あまり褒められたものでは無かった俺の乱れた素行を知っていた両親は喜んでいたが、原因は何かと知りたがった。
だから答えたのだ。
「好きな人が真面目な人だから。」と。
それは事実だし、もっと深い真実を言えば、立川さん以外の人間に無駄打ちしたくない、というのが正直な所だったのだが、そういう生々しい話は親には伏せておく…。
その週末、久々に隣県の実家に帰った俺は、両親に好きな相手の事を聞かれた。
何となく、歓迎ムード。
良い影響を息子に与えてくれる真面目な人、良いじゃない!って感じだ。
「歳上で、大人だ。俺が一方的に好きなだけで、相手は知りもしないし告白も出来ないと思う。」
若干しょんぼりと肩を落としながら話す俺に、母が心配そうに言った。
「歳上って、どのくらいなの?」
「たぶん…10か11くらい?」
「そのくらい!!」
母は、な~んだ。みたいなニュアンスで笑った。
「10歳差なんて許容範囲でしょ!
私の友達なんか親子ほどの年齢差の番も夫婦も結構いるわよ!」
次いで、父が言う。
「αか?」
「うーん…多分、βじゃないかな。本人確認した訳じゃないけど、αって感じもΩって感じもしないんだよね。」
いっそΩであればやりようがあったろうに。答えながらも、残念で仕方無かった。
父は、ふーん…と少し考えていたが、
「まあ、良いんじゃないか。β。」
「でも孫は見たいんじゃないの?」
「…え?」
「βで、男性だから。その人。」
父はまた少し考えて、
「確かに孫は抱きたいけど、今時、絶対に子供を持つ番や夫婦ばかりでも無い訳だし…。
そこを基準にしてお前が自分の人生を犠牲にする必要は無いぞ。
…ま、ウチは分家だし、跡継ぎ問題がある訳でもないしさ。」
と言った。
父はα家系の次男で、長男の伯父のような責任もなく、三男叔父のように野心家でも無かった事から、若い頃から気楽にフリーダムに生きてきた人だ。母とも見合いではなく恋愛結婚だった。
仕事先にバイトに入っていた母がΩだったのは本当にたまたまだったらしい。
「そうよ丞。子供は、そりゃ持てるに越した事はないけど、だからと言ってそこにばかり拘っちゃうと貴方の本当の意味での運命を逃しちゃうわよ。」
母の言う運命とは、俗に言う運命の番、なんて殆ど都市伝説化したようなものとは別の意味合いの事だ。
それに俺は、運命の番、というものに、正直嫌悪すら抱いている。
その2人が本能で惹かれ合い、求め合ってしまうのは、聞くだけならロマンチックにも思えるが、結局は強烈な肉欲が愛を凌駕してしまうって事に思える。
それに、その2人に既にそれぞれ愛する相手が居たら。どちらか片方にでも番を結んだ相手がいたとしたら、たちまち悲劇じゃないか。
伴侶の座をいきなり現れたΩに譲り、番を解除せざるを得なくなったΩは特に。
運命の番としてくっついた2人だって互いの元伴侶や恋人への気持ちを捨てられないだろうし、誰一人として幸せにはならない。
運命の番のロマンは双方がフリーでなければ丸くはおさまらない。
あんな余計なシステムは俺には不要だな、と思う。
俺の運命は、俺がみつける。
そしてできるならそれが、立川先生であって欲しい。
両親と話しながら、そんな事を強く思った数日後、俺は思いもよらぬチャンスに恵まれる事になる。
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