上 下
6 / 8

6 動機は恋

しおりを挟む

シュウが扉の向こうに向かって呼びかける。

「アスカ」

静かに扉が開いたと思えば、そこには片膝をついている黒い人影があった。

(何時の間に…)

音も、動きも見えなかった事にも驚愕。目を見開いて見つめていると、俯いていた人影が顔を上げる。それは、細身の若い男だった。

「アスカ、風呂の用意を」

「御意」

短い返事が聞こえたと同時にアスカと呼ばれた男の姿が消え、私はそれにまた驚いて、ベッドの上に座ったままキョロキョロと辺りを見回した。

(???!)

何なんだ?これも魔術なのか?それとも、目にも止まらぬような早さで動いているのか?
私が呆然としながらシュウを見ると、視線がかち合った。

「どうした?」

唇に薄く笑みをのせながらシュウが首を傾げ、反応を面白がられているようだと思いながらも私は問う。

「……今のは?」

「ああ、彼はアスカだ。一番長い私の従者なので、この先顔を合わせる事も多くなるだろう。覚えておくように」

「ああ…」

そう返事はしたものの、内心は困惑している。

(覚えておけと言われても……)

顔を上げたかと思えばあっという間に消えてしまった者をどうやって?
今しがた見た筈のアスカという従者の顔を思い出そうとしてみる。細い目に、薄い唇。鼻は…高かっただろうか、低かっただろうか?やけに目が細いという事以外にはあまり特徴も無く、印象に残りにくい顔だと思った。異国人だからそう感じるのか。それとも、あれがオーソドックスなホーン人の顔立ちなのか?
そう考えながら、ベッドの傍にある椅子に腰を下ろして優雅に頬杖をつくシュウをチラリと見る。同じホーン人でも、こちらは一度見たら忘れがたい華やかな美貌だ。
...個人差だろうか。それとも、シュウが特別なのだろうか。
何処の国でも、王族の血筋の者は特徴的な外見をしていて美しい者が多いし、それが神の血をひくと言われている証なのだと信じられている。ホーン王族もそうなのもしれない。
だって、シュウは神がかって美しい。まるで、あの憎たらしい従兄弟のように...。
公爵家にも関わらず、『最も王族の血を体現する眩しき者』だと褒めそやされていたサイラスの顔が思い出されて不快になった。
影で皆が私の事を、サイラスの劣化版などと嗤っていた事くらい知っている。
王子は私だというのに、サイラスの方が王家に相応しいと...。

(ダメだ、思い出すな。腸が煮えくり返るだけだ)

どす黒い気持ちが這い出してきそうになり、私は無理矢理に記憶の蓋を閉じた。
同じように神がかった美しさとはいえ、サイラスとシュウの美貌の質は全く真逆な種類のものだ。全く似てもいない。
それに...本当に私がこのままホーンに連れ去られるのなら、あの忌々しい顔はもう二度と見る事はないのだろう。

(連れ去られて、か...)

見知らぬ異国に連れ去られ、私はどうなるのだろう。 
シュウは私を、奴隷にすると言いながらも愛いと言った。
つまり私に求められている役割りは、大人しく愛玩される性奴隷...。最初は大切にされるのだろう。だが、飽きられたら?

シュウに飽きられた時には、私の処遇はどうなるのだろう?
臣下にでも下げ渡されるのか?
娯楽として拷問にかけられながら殺されて、遺体は打ち捨てられて鳥や野犬の餌になる?
それとも、今度は最初から奴隷として売られる?

考えれば考える程、先行きは暗いように思えた。

「シュウ」

胸の中に積もっていく不安が、堪らず私の口を動かす。私の呼びかけに、シュウは少し左眉を吊り上げるようにしながらこちらを向いて告げた。

「...まあ、お前には特別にそう呼ぶのを許してやろう。どうせ私の宮の奥深くに隠してしまえば、生涯人目に晒す事も無い」

本気で死ぬまで宮の奥から出さない気なのだろうか?
シュウの真意を測りかねる。だが、名を呼び捨てて良しとしたのはおそらく私の身分に対しての配慮なのだろうと解釈した。ならば、こちらも少しくらいは改めようじゃないか。

私はほんの少しばかり口調を改めて、シュウに質問する事にした。

「シュウ。貴方は本気で男の私なぞを囲うつもりなのか?次期国王ともなれば子を作る事が最重要な義務になると思うのだが...それはどうするつもりなのだ?貴方は男色家なのか?」

彼は私の言葉を聞いている途中から、だんだん間の抜けた表情になっていく。何故だ?
私はそんなに変なことを聞いているだろうか?
一国の王が子を成せない可能性があるなんて、かなりの大問題だと思うのだがな。  

そう思いながら返答を待っていると、シュウはやはり薄笑いを浮かべながら答えた。

「それはお前が案ずるような事ではない、と言いたいところだが...他ならぬ愛しい者の為に答えてやろう」

「…ああ」

いちいち過剰なまでに好意を示す言い方は癖なのか、それとも私の心を弄んで愉しむ為か。
何を言われても勘繰ってしまう私に、彼は続けた。

「勿論、義務は果たしているぞ。私には既に正室がおり、既に2人の王子を儲けている。他に2人の側室がいて、その内1人との間にも姫が1人」

「は…」

驚いた。
そう歳が変わらないように見えたのにと思い、いやいやと思い直す。古今東西、王侯貴族の婚姻とは総じて早いものだから、若いように見えて妻や子がいても何ら不思議はない、が…、しかし…。

顎に手をあてて考えあぐねていると、不意に視界が翳った。視線を上げると、目の前にシュウが立っている。何時の間に。
ホーンの人間は皆、気配をさせずに動くものなのか?

「そして、最後の質問の答えだが」

少し屈んで私の髪をひと房指で摘んだシュウは、至近距離で私と視線を合わせながら告げた。


「私は男色ではない。
今まで、男を傍に召した事も無い。…嗜みとしてなら抱いた事はあるがな」

「えぇ?」

答えを得たら得たで、更に混乱する。つまり、経験値として男を抱きはしたが、特には興味の対象では無いという事だろう?
なのに何故、様々な裏工作をしてまで私に拘ったのか。

しかし、その私の疑問は次にシュウの口から出た言葉達により、すぐに晴れる事となった。  

「恋だ。私はお前に、ひと目で初めての恋をした。
妻を迎え後継を成す義務は果たしたのだから、今度は本当に欲しい者を傍に置くと決めていた。だが、ホーンには男を側室に迎えた前例は無いのだ。ましてや異国の王族の男子を迎えたいなど認められる筈もない。せめて王位に就いていれば横紙破りもできたのだろうが…。人間、どうしても欲しいとなると短気を起こしてしまうものだな」

晴れ晴れと、やり切った!と言わんばかりの笑顔で言うシュウ。
疑問は解明されたが、とても納得したくない理由に私は頭を抱えた。


























しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしてこうなった?

サツキ
BL
浮気現場を目撃して泣いてしまった僕と、僕の泣き顔に欲情した生徒会長の話。 基本みんな馬鹿。 ギャグです(小声)

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

婚約破棄が始まる前に、割と早急にざまぁが始まって終わる話(番外編あり)

雷尾
BL
魅了ダメ。ゼッタイ。という小話。 悪役令息もちゃんと悪役らしいところは悪役しています多分。 ※番外編追加。前作の悪役があんまりにも気の毒だという人向け

尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話

天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。 レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。 ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。 リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

だから振り向いて

黒猫鈴
BL
生徒会長×生徒会副会長 王道学園の王道転校生に惚れる生徒会長にもやもやしながら怪我の手当をする副会長主人公の話 これも移動してきた作品です。 さくっと読める話です。

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

処理中です...