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「ふざけるな。」


春樹から返ってきた言葉は、冷たく怒りに満ちていた。

緋夜は目を閉じて思う。

優しく穏やかだった春樹を変えたのは、そのストーカーの女性からの要求に応え、耐え続けた日々なのか。
それとも、春樹の状況を何も知らずに恨んだり、拗ねたり、のうのうと他の男と幸せに浸っていた自分だろうか。

きっと両方なんだろうな、と思った。

おそらく春樹は、耐えきれなくなって緋夜の元を訪れたのに違いない。
冷たく突き放しても、緋夜が自分を待っている事を期待して。

待っていてくれたなら、辛い現状にも、もう少し耐えられると思ったのだろうか。


知ってさえいたら、緋夜は何年でも待った。
話してくれさえしたら。

話さず離れたのは、きっと春樹の後ろめたさと、優しさだったのだろうけれど、それでも話してくれてさえいたら。

緋夜を守る為に、そこ迄してくれた春樹を 信じて待てたと思うのに。



けれど、もう緋夜は覚に出会ってしまった。
そして、もう直ぐ番になろうとしている。



「ごめん。ごめん、春兄。
許して。俺はもう、」

涙が後から後から溢れ落ちる。

春樹に申し訳なくて。

自分を捨て、番を作り、春樹だけが幸せになっていると思っていた。
見返したい気持ちもあった。

でも、実際は春樹の方がずっと苦しんでいた。

脅迫で言いなりにされ、望まない相手との性交は、どれだけ辛かった事だろうか。


「何も知らなくて…ごめん。」

緋夜は項垂れ、春樹はそんな緋夜の項をじっと見ていた。


そして、

噛み付いた。

しかし、弾かれた。


「や、やめて!春兄、やめてってば!!」

緋夜は必死で叫んだ。こんなの聞いた事が無い、噛み跡の上から噛むなんて。

「今からでも、遅くないかもしれない。今からでも…」


ぶつぶつ呟きながら、緋夜の項に犬歯を立てようとする。

上書きするつもりか、と必死に春樹を引き剥がそうとしていたその時、項に何かの感覚があった。


「…そん、な…」


春樹が緋夜から離れ、立ち上がろうとして、よろめき、膝をついた。


(…間にあった…。)


緋夜はホッとした。


今まさにこの瞬間、書き換えが終了し、咬印が定着したのが緋夜にははっきりとわかった。




緋夜は覚と番になったのだった。









その直後、帰ってきた母により、玄関ドアは開けられた。
 中には泣いている緋夜と、呆然と座り込む春樹。

春樹の母は緋夜と緋夜の母に何度も頭を下げた。

どうしてももう一度だけ緋夜と話したい、と頼み込まれて、春樹の母はチャイムを鳴らしたのだと聞いた。

緋夜の母は、何時になく厳しい表情をしていたが、緋夜から話を聞くと、春樹の傍に屈み込んで言った。


「ありがとう、緋夜を守ってくれたのね。
本当に、ありがとう。」

春樹は首を振った。

「…全部、俺のせいだったのに…すみませんでした…。」

緋夜を守り切れてなんて出来ていなかった。
緋夜の頬がその証拠だ。

けれど、緋夜の母は言った。

「あの事件は緋夜にも私達にも辛い事だった。でも、緋夜は今こうして元気に生きてて、素敵な人も見つけたわ。
緋夜が今幸せなのは、春樹君が頑張ってくれたおかげよ。」

春樹はもう、何も言えずに泣くしかなかった。


春樹が家の外に出ると、見覚えのある車と、その傍に スーツにコート姿細身で端麗な男が立っていた。




「よう、気は済んだか。」

「弥一さん…。」


それは、春樹を縛っていた、憎い女の兄だった。

本家の養子となる程優秀で、女の一族の次期トップでありながら、春樹が唯一、心を許しかけている相手。
女とは全く似ていない、綺麗な男だった。


「皐月が悪かったな。

アイツにも親父にも、じきにケジメは取らせる。
堪えてくれねぇか。」

弥一は吸っていた煙草をシガーキャップに差し入れながら煙を吐き、春樹を見た。

粗雑な口調に似合わぬ美しい顔立ちと涼やかな目が春樹を捉え、春樹は堪らなくなって弥一に抱き着いた。

(この人だけだった。あの中で、俺を気にかけてくれたのは…。)

春樹は弥一の肩を借りて、泣いた。


「良いコだったんだろうなあ。」

「はい。とても、良い子です。
小さい頃から、俺が…守って…、」

その後はもう言葉にならなかった。
弥一は春樹の背中を軽く叩き、

「大丈夫。あのコはもう幸
せだ。これからも幸せになるだろうよ。 
お前は守りきったさ。」

と、慰めるように優しい声色で言った。


「皐月は二度と出らんねえ病院にぶっ込んだ。親父とお袋は放逐する。
お前は自由だ。」

「…本当ですか…。でも、弥一さんには…実の…。」


実の、妹と親ではないか。
出来るのか、そんな事が。

「よせよせ。
惚れた男にあんな真似をするような下衆が肉親だと思うと吐き気がするぜ。」

弥一は至極不快そうに綺麗な顔を歪めて言った。

春樹はそれがおかしくて少し笑った。


「笑えたな。」

「お陰様で。」


弥一は春樹と体を離すと、自分より少し背の高い春樹の頭に手を置いて、穏やかな目で言う。


「お前はもう自由だぜ。

どうしたい?」


春樹は手の甲で涙を拭った。

そして、弥一に向かって答えた。


「俺を、弥一さんのお傍に置いてくれませんか。
弥一さんの下で働きたいです。」


春樹の返事に、弥一は見蕩れる程美しく微笑んだ。



   






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