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しおりを挟む世の中に、親友から恋人になる事ってどれくらいあるんだろう?
付き合い初めた成宮は、以前にも増して俺に甘くなった。
向けられる優しさも、今までとは明らかに違う。特に俺の名を呼ぶ時の声は、胸が痛くなるくらいに甘い。
「糸川、好きだよ。」
俺を見てそう言って、蕩けるような目をして笑う成宮を見てると、更に胸がきゅうっとなる。だってそんなの、生まれて初めてだ。
憎からず思っている相手から受け取る好意と恋心がこんなにもむず痒くてドキドキするものだなんて。何もかもが初めてで慣れない。
でも、確かに俺は嬉しいと思っていた。これが幸せって感情なんだろうか、なんて思ったりして。
体の経験値だけがカンストして、恋愛経験値なんて幼稚園児以外の俺の心が成宮に持っていかれるのに時間はかからなかった。
成宮の傍は居心地が良い。でも、腕の中は、もっと心地良いんだと知った。
手を繋いで、抱きしめられて、キスをして。成宮はこんな俺の事を、とてもとても大切に扱ってくれる。 まるで、繊細なこわれ物に触れるように。紳士な成宮は、すぐに体の関係を求めて来たりはしなかった。
高校の頃、日比谷に無理矢理、恋人という名の性欲処理機にされた時とはまるで違う。
(マジで俺、大事にされてるんだな…。)
嬉しかった、これが普通の恋人扱いってやつなのかって。
だけどそう扱われる度、俺はどうしたら良いのかわからなくなる。こんな風に大切にしてもらえる価値なんて、俺にあるのかな、なんて考えてしまう。嬉しい反面、何故成宮の告白に頷いてしまったんだろうと後悔も胸が過ぎる事もあった。
俺は、成宮が思ってるような人間じゃないから。
それでも、断って成宮が離れていくのは嫌だなんて自分の気持ちを優先した。俺って超エゴイストだ。
成宮は大学でも、俺との仲を隠しはしなかった。それでも、人徳ってのかな。成宮と俺を白い目で見る奴は居なかったよ。俺が気づいてなかっただけで実は陰口叩かれてたのかもしれないけど、少なくとも周囲にはそんな連中はいなかった。
成宮には皆、あたりが柔らかくなる。成宮がそういう奴だから。
おかげで俺達は同性カップルだと知られても、ハブられる事も無く、特にヘイトを向けられる事も無く、平和に過ごせていた。
成宮との仲もゆっくりと進展して、俺は幸せだった。多分、叔母さんと暮らしたあの穏やかな日々以上に。
だけど、何て言うんだろう。つくづく俺の人生って、そういう人並みの幸せなんてものとは縁遠いって言うか…長くは続かないようになってるんだろうな。
生まれた時からそうだったんだから、それで慣れていた筈なのに。
俺は今、久しぶりに俺の人生に戻ってきた不幸の姿を目にして、心臓が止まりそうだ。
「よう、久しぶりだな、ハル。」
ある日の大学構内で出会ったのは、出来れば死ぬまで会いたくないと思っていた人間。
高校時代の"元彼"、日比谷だった。
面食らったよ。血の気が引くどころか、全身の血流が凍ったみたいに一瞬で体全体が冷えた。
声をかけられた時、俺は成宮と学食で昼食を取った後で、午後の講義のある5号棟の教室に移動しようと2人で歩いていたところだった。
成宮と話していて、向こうから近づいて来る日比谷と久石に気づかなかったんだ。迂闊だった。
ニコニコ笑いながら俺に話しかける日比谷に、俺の隣にいる成宮は、『友達?』と首を傾げながら俺を見た。でも流石は成宮、すぐに俺の様子がおかしい事に気づいたようだった。
「糸川、どうした?」
「……。」
成宮に答えようと口を開くが、言葉は出てこない。だって、何をどう言えば良いっていうんだ?元彼だと言うのか?
俺は成宮に昔の事を話していない。俺の過去の九割は黒歴史だからだ。日比谷との関係もその中のひとつ。
言いたくない、触れたくない、成宮に知られて軽蔑されたくない。
思考が纏まらない俺の頭も心もぐちゃぐちゃだった。
日比谷はそんな俺を、面白そうに見てた。薄く微笑みを浮かべて細めた目の奥の瞳にゾッとする。
高校卒業以来、数年振りに見る日比谷は、当然ながら大人っぽくなっていて、あの頃よりもオーラが増していた。落ち着いたブラウンヘアに緩いウェーブをつけたセンターパート。相変わらずのモデル張りのスタイルでブランドのカジュアルな黒ジャケットとパンツをさらりと着こなして、他に身につけている靴やアクセも一目で高価な物だとわかる。キラッキラだ。横を通り過ぎて行く学生達も、男女問わず目を奪われて立ち止まったり、2度見したり。
俺に飽きたと言った後辺りから目に飼っていた虚無も、今は見つけられない。それどころか、最初に俺を脅してきた時のように輝いている。オモチャを見つけた子供みたいと言ったらわかるだろうか?
すっごく、嫌な予感がした。
(何で日比谷がこんなところに居るんだ?)
東京の大学に行ったと聞いた。これは、何人ものクラスメイトに聞いたから間違いない筈だ。
「なん、で…?」
やっと音になったのは、たったそれっぽちの言葉だった。情けないけど、声は震えた。
そして、そんな俺の問いを聞いてにやりと笑みを深くした日比谷に、俺はしまったと思ったよ。余計な事を聞かなきゃ良かった。声なんか出さなきゃ良かったって。だって、日比谷があの顔をする時は大抵ロクな事を考えてない時なんだよ。
俺が戸惑ったり困ったりするのを見て愉しむような奴なんだから。
数年離れた事で、俺はそんな事すら忘れていたんだ。
そして、俺の考えはやっぱり的中してしまう。
「何でって…つれないな。恋人に会いに来たんじゃないか。」
笑いながら俺の真ん前まで近づいてきた日比谷に抱きしめられた。勿論、成宮の目の前だ。
「会いたかったぜ、ハル。」
抱きしめる腕を回避出来なかった俺は、咄嗟に日比谷の腕の間から横の成宮を見た。
成宮は呆然と固まって、俺と日比谷を見ていた。
最悪だ…。
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