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花瀬 4 (花瀬side)

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 初めて目の当たりにする、男性同士の性行為。
 挿入行為が絶対ではないようだけれど、そうする時に使うのはやはり尻の穴だった。男には、女のように男性性器を受け入れる膣が無いのだから、挿入れたい場合は排泄器官でその代替をするしかない。
 なんとなく予想出来ていた事だけど、実際にそれを小さな画面越しに観た僕は、震えた。
 後ろから男を受け入れて突かれている男が絶え間無く上げている声。苦しげな中に、妙に甘ったるい艶が混ざったそれは、僕の体を熱くした。

(羨ましい)

 羨ましくて、堪らない。僕も、先輩にこんな風にされたい。あられもないところに先輩の雄を出し入れされて、身も世もなく喘ぎたい。未経験で最初からソコで快感を拾える筈がないと言われそうだけど、関係無い。 
 快感でも苦痛でも、水村先輩から与えられるものならば、どちらにしろ甘美だ。気紛れでも遊びでもいい。たった一度、それを体に刻み込んでもらえれば。そのたった一度きりの記憶が、きっとこの先の俺を生かしてくれる。誰を相手にどんな目に遭おうと、耐えられる―――。

(かみさま。一度だけ。一度だけ、水村先輩を僕にください)

 僕はスマホを両手で握り、信じてもいない神に祈った。
 
 その甲斐なのか運命の気紛れなのか、それからほどなく僕の願いは叶えられる事となる。
 僕は水村先輩との一夜を勝ち取る事に成功し、その幸せな気持ちのまま、それまでの生活の全てを捨てた。

 大学を辞めた僕は、かねてからの約束通り、男の囲われ者になった。
 男の名は米田。前に言った通り、僕の高校時代の友人の父親である。そんな米田が僕を迎え入れたのは、数日前に愛人のひとりを追い出したばかりだという、5階建ての古いマンションだった。元々、そういう目的で使用する為に、妻子に隠れて中古で購入した物件らしい。
 服や下着、メイク道具、様々な生活用品。女の残留物があちこちに散らかった部屋の、甘ったるい香水の染み付いたベッドで、僕は米田に抱かれた。米田は、身を固くした俺が初めてだと思った筈だ。実際には男の饐えた加齢臭と趣味の悪い香水と獣臭い口臭と唾液が混ざった悪臭に吐き気を催し、触れてくるじっとり湿った手への嫌悪感を耐えていただけなのだが。米田が僕の上で腰を振りながら、唇を貪ってくる度に、臭い体液が鼻を突くのが辛かった。ブヨブヨに皺の寄った、シミだらけの皮膚を至近距離で見てしまう度、虚しい気分になった。
そんな時は、あの奇跡的な夜へと記憶を飛ばす。
 水村先輩の、綺麗な顔。締まった体。すべすべの皮膚を鮮明に思い出す。肌を合わせた時に感じた心地良さ。髪に肌に微かに残るシャンプーやボディソープの香りは、セックスでかいた汗と混ざってさえなお、爽やかに鼻をくすぐった。
 比べ物にならない、こんな米田となんか。
 先輩の舌の動きは滑らかで、指の動きは優しくて、打ち付ける腰は激しくて、なのに的確に僕のイイところを突いてくれて。親しくもない男の俺なんか、オナホ程度に使われる覚悟だったのに、先輩は終始僕を丁寧に扱ってくれた。
 お陰で最高の思い出をもらえた。男にどれだけ屈辱的な事をされても、あの人とのセックスを思い出すだけでメンタルは余裕で立て直せる。
 好きな人との最高のセックスの記憶は、偉大だ。

 そんな風に、吐き気と嫌悪感に耐える軟禁生活を送って暫く経った頃。僕の生活に、また変化が訪れた。

 マンションに連れてこられて2年目を数えようとしていたある日の事。珍しく米田から、メッセージではなく電話の着信が入った。

『急で悪いが、出て行ってほしい』

 あまりに突然の退去勧告。ただならぬ様子に理由を聞くと、米田は会社が倒産したと告げてきた。その時はそれだけを聞いたのだが、後から知った事によると、倒産に至った理由は、複数のコンプライアンス違反によるものだったらしい。億単位の脱税もあり、自宅や不動産が軒並み抵当に入った為に、僕は追い出される事になったのだ。

 マンションに囲った当初、米田は気持ち悪いくらいに僕の機嫌を取ってきた。欲しいとも言ってない高価な物品も、来る度に貢いでくれた。籠の鳥には不要な、外国ブランドの高級腕時計も、何本もくれた。
結局、それらは米田に返そうと置いて出たのだが、そういうひとつひとつを思い返してみても、当時の米田の金遣いはかなり派手だった。
 それが、半年ばかり前からは様子が変わった。物静かで従順そうなところが気に入ったと言っていた癖に、今度は愛想がないという理由で詰ってくるようになり、マンションを訪れる頻度も減った。だが、来たら来たで当たり散らすように暴言を吐かれ、その流れでもつれ込むセックスは、攻撃的で乱暴なものだった。ねちっこくて気持ち悪くても、丁寧なだけが取り柄だったのに。
 あまりの変わりように、てっきり僕に飽きたのかと思っていたのだが...今にして思えば、その辺りから会社は危なかったんだろう。それまで無駄に金を掛けてしまった僕で、ストレス発散してたんだろうな。
 しかしそんな米田も、今や俺を囲っておける力を失った。それにより、僕は晴れて自由の身に……は、残念ながらならなかった。

『とりあえず、今からそっちに顔を出す』

 どこか焦ったような声でそう言い、米田からの電話は切れた。詳しい状況を説明に来るのか、最後のヤり納めに来るのか...。
 判断がつかないまま、暫く通話の切れたスマホの画面を見つめていたが、ふとある事に気づいた。

(ボストンバッグ探さないと...)
 
 のろのろと、隣室のウォークインクローゼットに向かう。収納してある荷物はそう多くはなかったから、目当ての物はすぐに見つかった。
 実家から来た時に持ってきたボストンバッグに、服や身の回りの物を詰めながら、僕はこれからどうすべきかを考えた。
 家に帰るという選択肢は、家を出たあの日に捨てていた。水面下で交わした男との契約を履行する為に、両親に無断で大学を辞めて家を出たからだ。やりたい事が見つかって、地方に越した友人宅に厄介になるという書き置きを、俺に友達が少ないのを知る両親が真に受けたとは思わない。捜索願いを出される事を避ける為に、定期的に短い連絡を入れているが、普段は両親の連絡先をブロックしている。明らかに不自然だが、まさか父の会社を救う代わりに囲われているなんて言える訳もない。

(帰るのは...無理だな。父さん母さんに合わせる顔もないし)

 となれば、今更実家は頼れない。男が度々小遣いをくれたから、その時僕の手元には、まずまずの額の現金があった。外出を禁止されていて、たまにネットで買い物をするくらいしか使い道もないのに金なんて、と思っていたが、こうなると不幸中の幸いだ。すぐに宿に困る事はないだろうが、仕事を探さなければいずれは食い詰める。だが、大学を中退している上に住所不定、しかもアルバイト経験すら無い僕に、まともな働き口など見つかるだろうか。 
 はぁ、と溜息を吐きながら、少ない荷物を詰め終わる。ボストンバッグを持ってリビングに移動する為に廊下に出て、気がついた。いつの間にかすっかり日が落ちて、通路も室内も暗い。壁スイッチを押して電気を点けたところで玄関ドアの解錠音が聞こえ、僕はそちらに振り向いた。
米田が到着したのだ。
米田は連絡してから来る事もあるが、仕事の合間や飲んだ後に予告無しで立ち寄る事もある。そんな時は勝手にカードキーでオートロックや玄関を開けて入ってくるから、僕はいちいち玄関に出迎えに立つ事はなかった。
 けれど、その日はいつもと違った。
 玄関から入ってきた米田は一人ではなく、後ろに男を二人、連れていた。初めて見る男達だ。マンションに住み始めてから、米田の他にはせいぜい宅配業者くらいしか会う事のなかった僕は、久しぶりに見る他人に若干顔が強張っていたと思う。
 そうでなくとも、その三十代くらいの男二人は、パッと見から少し怖そうな類の人間だった。スーツは着ているが、所謂、一般的なサラリーマンではない。
 そんな男達は、ずかずかと玄関から上がり込み、廊下で棒立ちになっていた僕の前に立った。ジロジロと穴が空きそうなほど不躾に顔を見られ、次には頭のてっぺんから素足の爪先までを舐めるような目で観察された。
 そして、男の一人が身動き出来ない僕から目を逸らし、米田に向かって言った。

「まあ...並だな。100なら買ってやる」
「そんな。もう少し何とかなりませんか?」
「100は流石に可哀想だろ。色付けて150にしてやれば?意外とこういうのが客受けは良かったりするから、回収はできるだろ」
 「なら、150だ」
「...ありがとうございます」

 僕を置いてけぼりにして、男二人と米田の会話が繰り広げられた。聞いていれば、馬鹿でもわかる内容の、それ。
 
(三回目だ...)

 どこか他人事のように、ぼんやりとした頭で思った。
 
 僕はその日、米田によって、動産として男達に売られたのだ。
 



 
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