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諌言は 出来る者がしなくては

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オディール・セヴィ・メテルドラスト公爵令嬢がラディスラウス皇太子に内謁を請うたのは、年が明け、月も半ばとなった頃だった。
 
「お久しぶりでございます。
此度は貴重なお時間をいただきまして、感謝申し上げます。」


相変わらず年若い令嬢らしからぬ黒を基調とした、華美さを一切排したドレス姿だが、それが逆にきつい美貌を際立てている。
パッと見地味なようだが、生地は十分上質であり、よく見なければわからないほどに細かい刺繍が美しい。

豊かで緩やかなウェーブのある金髪が波打ち、自信と気品に満ちた表情と姿勢の美しさに、普通の男ならば気後れしてしまうだろう。

だがラディスラウスにはそれらは全くどうでも良い事だった。



「久方ぶりだ。
して、令嬢がわざわざ私に何用か。」

オディールに一切の興味が無いラディスラウスが今回の内謁に応じたのは、最近の雪長の事で話があると言われたからだ。

オディールと雪長との間に何か接点などあっただろうか?
ラディスラウスは首を傾げた。


「岩城家の公子様は、ご体調が芳しくございませんとか。」

扇で口元を覆いながらオディールは目を伏せつつ、言葉を発した。

俄にラディスラウスの気配が燃え上がるように揺らいだ。

「何処でそれを?」

「人の口に戸は立てられぬもの。わたくしにも、かの学園に親類、知人はございますもの。」

オディールは穏やかに微笑んだ。
諍いに来た訳では無い。


「殿下。公子様の事を、今どうなさろうとお考えでいらっしゃいますか?」

「…それは令嬢の関知するところではない。」

苛立ちを隠さず、ラディスラウスははねつけた。

普通の女性ならば、この時点で退く筈の所である。

しかし、オディールは違う。


「確かに御二方の間の事。わたくしの出る幕で無い事は百も承知で、しかし敢えて申し上げます。」

その時、ラディスラウスとオディールは、初めてがちりと目が合った。

いつもほくそ笑み人を小馬鹿にしているかのように見えていたオディールの目は、今日は笑っていなかった。


「…なんだと言うのだ。」


やれやれ、とラディスラウスは思った。
この女がここまで出張って来たのでは、どうせタダでは帰るまい。
聞くだけ聞いて追い返すか。



「公子様は、このままでは保たぬでしょう。」

ぴくりとラディスラウスの眉が上がる。

「保たぬとは、どういう意味だ。」


確かに雪長は、ショックから体に変調を来たしてはいるが、静養を重ねれば治癒する事もあると聞いた。なのに。


「今は一時的なご変調でしょうけれど、このまま事が進みますと…。
ご成婚なさった後の事を…お考えになられました事、ございます?」

「…何が言いたいのか、有り体に申せ。」


やはり、この女は嫌いだ。賢し過ぎる。
考えては、唾棄してきた絶望的なシミュレーションを真正面から突き付けてくる。



「では。僭越ながら、申し上げます。

ご様子を伺います限り、公子様は、解離を患っておられると考えられまする。」


「……。」


雪長は周囲にあの出来事を語りはしていないようだが、日常の様子を見るにつけ、そうではないかと疑われる様子が、確かに見受けられていた。

明らかに目の異常だけのものではないように、ラディスラウスも感じていたのだ。

そして、その直接的な原因は、自分である。
雪長には恐怖の対象に違いない。
にも関わらず、この先予定通り雪長と婚姻したとしたら。

今は学園と皇宮という物理的距離が少なからず安定を保たせているのだろうが、卒業し、自分の傍にいる事を強いられた時、雪長はどうなるのだろうか。


ラディスラウスが最近ずっと考え込んでいる、まさにそれをオディールに指摘されたのだ。


ラディスラウスは黙り込み、オディールを睨めつけた。
しかし、彼女はやはり、怯まない。


「殿下の公子様へのご寵愛は重々承知で申し上げます。」


ラディスラウスはこの先を先を聞きたくは無かった。


「そのご寵愛が、真実のものならば、公子様を手放されます事をおすすめ致します。」


わかっていても、聞きたくは無かった。


「誓って、我欲で申し上げているのではございません。
これは臣下としての諌言でございます。」

真実、そうなのだろう。

只、この者が全く自分にメリット無しで動くとも思えないが。


「…別れろと?」

「永遠に公子様を失っても構わないのならば、これ以上は何も申しますまい。」

「……。」

永遠に、か。
 
他人に渡すくらいなら、殺してしまうかと思った事もあったが、実際にそうなればラディスラウス自身も生きてはいられないと、最近思うようになった。

自分の手を離れても、この世の何処かで穏やかに生きてくれるのを、望むべきなのか。


「婚約を、解消すべきだと?」

そう言いたいのだろう。
元々、雪長の立場はオディールのものである可能性が高かったのだから。雪長は彼女に取っては目の上のたんこぶである筈だ。 綺麗事を言っていても、この機に乗じて雪長を排し、自分がそこに座るつもりなのだろう。 
ラディスラウスは唇を噛んだ。

ところが、オディールは不可解な事を言い出した。


「左様でございます。
婚約は解消なさるのがよろしいでしょう。

但し、3年後に。」


「…3年後だと?」


何なんだその、3年後とは。


「それにつきまして、御提案の詳細をお話し致したく存じます。」

オディールは妖艶に微笑んだ。


「ですが、御提案をお聞き届けいただきました暁には、先ずは公子様を 専門医にお診せになられるべきかと存じます。」


この女の頭の中にはどんな絵図が描かれているというのだろうか。


ラディスラウスは目を眇めた。








 


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