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ツケ
しおりを挟む異変は草鹿からユアンに伝えられた。
そして、草鹿の判断で秘密裏に 専門医が数人呼ばれた。
心因性視覚障害。
視野障害や色覚異常が認められるが、その要因となる筈の事を、本人から聞き出せない。
思い当たらない筈が無いのに、何故か口を閉ざすのは、知られたくないからだ。
自分の身に起きた何かを、他人に暴かれるのを良しとしない彼のプライドなのだろう。
無理に聞き出すのもストレスになるのでは、と思うと草鹿も医師も追求が出来ない。
当の本人はシレッとしているが、どう受け止めているのだろう。
「皇太子殿下には伝わらないようにして欲しい。」
異常が確認できた時にも 雪長が言ったのは、それだけだった。
その表情からは何の感情も読み取れない。
動揺も、悲しさも、辛さも。
通常通り授業に出るようになってから、雪長は殆どクレイル(ユアン)と目を合わさなくなった。
どうせあの美しい瑠璃色を、もう自分は見る事が出来ない。
色彩を失っても取り立てて困る事は無いと思ったが、唯一その事だけは残念に思った。
雪長はクレイルの瞳の色と、甘かったキャンディの味の記憶だけを心に仕舞い、鍵をかけた。
雪長の大切なものはもうそれだけで良い。
体はとうに喰らい尽くされてしまって、残っているのは僅かな残骸だけ。
しかしそれも、あの貪欲な獅子は余さず喰らいに来るのだろう。
それで良いと思う。
今迄、同性を想う気持ちを理解出来ないからと無碍にしていたのに、相手から与えられる立場と利だけは享受していた狡さに対するツケが回って来た。
只、それだけの事だ。
そして、抱かれている最中に、皮肉にも他の同性への淡い想いを自覚するような自分に、相手を責める資格なんかあるのだろうか。
同じ穴の貉。
そんな言葉が、頭を過った。
そして同時に考えた。
恋や愛とは、好きになろうとするより先に、好きになってしまっているものなのではないかと。
自分は子供で、人が人を好きになる事の意味を全く理解していなかった。
そこに性別などは些末な問題でしかない事も、好きという純粋な気持ちが愛や執着に変わった時に、人がどうなってしまうのかも、全く。
全ては、死なないという未来だけに執着して、他を蔑ろにしていた自分に下った天罰なのだろう。
そう考えるに至った雪長は、もうクレイル(ユアン)の目に自分が映る事すら辛くなった。
せっかくの皇太子の忍耐を反故にしてしまう切欠になったのがクレイルとの接触だった事を考えれば、これ以上関われば彼の立場も悪くなるかもしれない。
間者を忍ばせていたのが皇太子であったなら、それはこの先も変わらず自分に目を光らせる筈だからだ。
しかし皇太子は鋭い、と雪長は感心した。
先輩やクラスメート達だって、小動物に接するように自分を撫でまくっていて、何ならクレイルよりも接触していたのに、そこには何一つ反応せず、ピンポイントでクレイルとの関係を出して来た。
明らかに 雪長本人も気づいていなかった、クレイルに対する微妙な心の機微を感知したとしか思えない。
恋する男の勘だろうか。
そして、ふと思い出した。
数ヶ月前に見たあの夢で、遡行前に自分を殺したのも、実は皇太子の間者だったのではないだろうか。
以前、通路から見掛けたあの生徒も、間者の一人だったのではないのか。
自分を監視する者は政敵として自分を狙う者だとばかり思っていた。少なくとも数人には監視されていておかしくないとは思っていた。 しかしまさか、婚約者である皇太子の“目”も、そこに紛れていたとは。
彼の執着と嫉妬深さを思えば、
十分有り得る事だったのに、何故それが抜け落ちていたんだろうと、雪長は自嘲した。
この先はもう、逃げられまい。
その気力も、失せた。
どうせ目をつけられた最初から、勝負はついていたのだ。
リビングの窓辺に立ち、雪長は空を見上げた。
相変わらずの曇り空なのは、季節柄ではない。
最近はよく考える。
何が失敗だったのかと。
今更無駄な事だが、日々を無為に生きているだけの身にはちょうど良い暇潰しだ。
遡行する年月日を婚約破棄前、と念じてしまった事が失敗だったのか。
もっと遡るべきだったか。
例えば、婚約前辺りにでも。
いや…もしかしたらそこでも遅いのかも知れない。
未来を知っていたから、婚約さえ “円満に” 無かったものに出来れば、未来が拓けると思っていた。
そこさえクリアすれば、自分の人生を取り戻せると。
皇太子に出会う、前…。
…生後数週間の赤ん坊だ。
どうにしろ自分の力では避けようが無い出会い。
とすると、これが自分の運命というものか。
(そっか…オコジョだもんな。そりゃ捕食されるわ。)
雪長はもう二度と、遡行術は使えない。
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