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12 芳香の正体

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 な、何たるけしからん陛下なんだ!!

 半端にかきあげた前髪の隙間から見える、潤んだような切長の目。ベッドサイドの花枝ランプが近いお陰で、瞳孔に向かうにつれて色合いが濃く深まるグラデーションがよく見える。光を反射するように煌めくその瞳があんまりにも綺麗だから、そこに映る俺まで二割増しくらいで綺麗に見える。 それを見てると…。

 …あれ?俺、あの頃マジでなんであんなにエリアスなんかに惚れたんだったっけ、という疑念が首を擡げてきた。
 まあ確かに少しは良い顔してたと思うけど…陛下の顔を見てしまった後では全てが霞むな。

 汚れ無き体(つまり童貞)の上に、比類なき美貌、且つ究極セレブな陛下。
 浮気者、それなりイケメン、庶民。
 
……あれ?マジで、なんで?

 過去の自分に本格的に首を傾げたくなったけど、そんなもん今更考えたってどうしようもないからとりあえず思考停止。いかんいかん、過去を蒸し返して比較なんて下衆のやる事。さっさとヤツの残像を封印せねば。いや忘却だ忘却。いやもういっそ消去で良いか。

 
 俺は陛下に握られた自分の手を見た。俺より歳下の筈の陛下の手は、俺の手より一回り大きい。その上、男らしく筋張っていて指が長くて、爪が自然な光沢を放っていた。確実に他人に世話されている、生まれながらにセレブな人の美しい手だった。今からこの手が俺の体のあちこちに触れる事になるのかもしれないと思うと、腹の中が期待でゾクゾクする。

「ユウリン?」

 黙って手を見つめていると、陛下が訝しげに俺の名を呼んだ。

「あ、は、はい」

 慌てて顔を上げて陛下の顔を見ると、眉を下げて少し不安そうな表情で俺を見ている。

 …そんなお顔も出来るんですか、陛下…。

 鼻血が出そうに可愛くて心臓に何発目かの弾丸が撃ち込まれた。俺の心臓、朝までもつのか?

「…やはり、嫌だろうか?こんな僕相手では…」

「はっ?まさか!何をおっしゃいますか」

 と言って、また思い出す。

 そうだった。陛下、元カレに逃げられてるんだったよ。それがトラウマになって自信喪失してるのかも。この顔見たらまさかと思ってしまうけど、元々性格も内向的だって聞いてるし、対応気をつけなきゃ傷つけちゃうかもしれない。

 俺は陛下を安心させるべく、微笑みながらその手を両手で包みながら言った。

「変なご心配なさらないでください。俺、陛下の事…とっ……ってもタイプです!」

「えっ、そうなのか?」

 俺の渾身の告白に、何故か物凄くびっくりしている陛下。なんで?
 地球上の人類の9割は性別関係無く、陛下に迫られたら抗えないと思うんだけど。その、話に聞く元カレの趣味が特殊だっただけなんじゃない?(個人の感想です)


「本当です。俺、ここまで来て嘘はいいません」

 頑張って目をまっすぐに見て言ったら、陛下は目に見えて表情を明るくしてくれた。

「ユウリン、君は本当になんて優しいんだ」
 
「そんな…」

 陛下、美し過ぎて笑うと眩しい。だが耐えろ、目を逸らしたらまた嘘じゃないかと勘繰られる。
 俺は必死に陛下を見つめた。

…と、その時。

 すごく近いところから、物凄く良い匂いが漂ってきている事に気がついた。

(…?花の匂い…薔薇…?)

 さっきまでは明らかにしていなかった匂い。お香でも、風呂上がりに俺が肌や髪に使ったオイルの香りでもない。
 それは甘い薔薇の香りだった。
 あまりに良い匂いだから、俺はくんくんとそれが何処からの芳香なのか辿ろうとしたが、その出処はすぐに判明した。

 それは陛下の体から漂ってくるものだったのだ。そして、それに気づいた時にはもう遅かった。

「……あ?」

 一際強くなった芳香が鼻の奥を突き抜けた瞬間、俺の全身から突然力が抜けた。同時に心臓がどくどくとうるさく脈打ち始めて、全身の毛穴という毛穴から発汗が始まった。

「ユウリン?!」

 座したまま陛下に向かって倒れると、陛下は抱きとめてくれながら慌てたように俺の名を呼ぶ。

「へい、か…」

「ユウリン、どうした?すごい汗だ。大丈夫か?まさか持病でもあるのか?」

 眉を下げておろおろしながら言う陛下に、否定したいが口が動かない。
 大丈夫、ご側室になるには美しさの他に、健康でなければいけないという前提があるのですよ。陛下の元気な子を産む為に、それは絶対条件なんです。今は家柄云々より、そこなんですって。だから俺が入内前に受けた検診でも、何処も悪い箇所なんてありませんでしたよ。

 そう言って安心させてあげたいに、舌が重く縺れて…。

 俺は乱れた息のまま口を開き、少しでもそれを伝えようと試みる。しかし、やっとの事で綴った言葉は、何故か脳内で整理した中にある言葉ではなかった。

「…陛下…とっても良い、匂い…です…」

「匂い…?」

 俺のばか。そうじゃないだろ。
 
でも、俺がはからずも口にしたその言葉が、現状の根本原因を尤も表すものなのだ。
 俺は夜着がはだけた陛下の厚い胸板にすりすりと頬を擦り付けながら言った。

「だいじょうぶ、です。これは病気なんかじゃ、ありません」

そうだ、病気なんかじゃない。
初体験だけど、俺だってオメガの端くれなんだからわかる。これはフェロモン酔いだ。さっきまでは感じなかった陛下のアルファフェロモンが、何故か突如として濃厚に放出され始めた事でこうなったんだ。
 さっきまでは絶対にこんな匂いしなかった筈なんだ。だって陛下が部屋に入ってきてからの数分、間近で話してたのにわからなかったんだからそれは確かだ。だから本当に突然始まったんだ。
 
 だから俺がこうなってるのは、陛下の所為なんだ。
 オメガ判定を受けてから、何人ものアルファと会ってきた。フェロモンを嗅がされて誘惑された事だってある。でも誰一人、俺の琴線を震わせてきた相手はいなかった。
 もし一人でもそんなアルファが居たなら、俺はベータであるエリアスに関心を奪われたりしなかったかもしれない。

 でもそれも、今更な事だ。

「陛下…ほんとうに、良い香りです…」

 やや戻ってきた呂律でそう伝えると、俺を囲っていた陛下の腕に力が込められたのを感じた。

「ああ、本当に。本当に、先ほどまでよりも更に濃くなった…そなたのかぐわしい香りも」

 ぎゅう、と抱き込まれながら耳元で囁かれる。

 (陛下にも、俺の匂いが…)

 どうやら陛下のフェロモンにあてられた今しがたの発汗で、俺のオメガフェロモンの発散も本格的に始まったらしい。

 俺は陛下の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き返した。


 息もできないほどの花の芳香の中、俺達はお互いの存在を確かめるように震えながら抱き合う。

 






 



 

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