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2 俺、お肌を磨かれる

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 昼食は、何故か何時もと違って精進料理っぽくて味気ない感じだった。
 侍女ちゃんにそれとなく抗議すると、『今日は念の為、匂いの強い食事は禁止です』、なんて済まなそうに言われてしまって少しショックを受ける。
 でも昔はお渡り予定日の数日前から食事を変えて体の匂いとかもメンテしてたらしいですよ、とフォローするように言われて、へえ~と少し感心。優秀な消臭タブレットのある現代はかなりラクになったという事なのか。なるほどね。
 昔はご側室稼業も大変だったんだなあなどと、顔も知らない先輩方の苦労に思いを馳せつつ、侍女ちゃんに差し出された小皿に載ったタブレットを口に含んだ。因みに、この消臭タブレットで消せるのは通常の体臭や口臭のみ。バースフェロモンには対応していないという。バースフェロモンには、性別に応じた抑制剤を服用するのが一般的だからかもしれないな。

 その後は暇だったので、いつものようにベッドでネトゲをしながらゴロゴロしていると、3時頃になってまた侍女ちゃんが部屋にやって来た。今度は、見た事の無い三十代くらいのベテラン風女官2人を連れて。
 それで、こう言われた。
 
「御身のお清めをお手伝いいたします」

「えっ?」

「今宵の為に、入念なお支度をしなければなりませんでしょう」

「入念なお支度??」

「まずは湯殿でございます」

 戸惑っている内に、俺はベテラン女官2人に片方ずつ手を引かれ、同じ階の廊下の端にある、とある部屋に連れていかれた。端っこ過ぎて前を通る事も無かったその扉を俺の担当侍女ちゃんが開けると、中は板の間。そう広くも、かといって狭くもない。なんぞ?と首を傾げたが、そこで俺は部屋着のブランドのスウェットを否応無く脱がされ、白く薄い着物のようなものを着せられた。多分、湯あみ着…だろうな。その時点で予想はついてたんだが、どうやら本命は、その部屋の奥の扉。そこは、浴室だった。
 一般よりは広いという程度の中にやや大きめな檜の浴槽が置かれていて、中にはやや白く濁ったお湯がなみなみと張られている。
 あ、なるほど。湯殿って風呂の事か、と納得した俺は、何か薬草のような匂いのするその浴槽の中に湯あみ着のまま暫し浸けられた。その後、ベテラン女官さん達2人がかりで頭皮から足の爪先まで入念にマッサージするように洗われ、よくわからない布で肌を擦られた。垢擦りの一種か?
 抵抗も忘れされるがままの俺は、きっと川に落ちた犬猫のようだっただろう。しょんぼりだ。でも、宮中の流儀なんかはひとつもわからない庶民の俺は、後宮のプロである女官のお姉様がたに従っておくしかなかったのだ。

 湯から上がると、今度は白い液体を体中に塗られた。仄かに柑橘系のような良い匂い。それを爪の一枚1枚にまで浸透させるかのようにマッサージしながら塗られる。気持ち良い。しかも、それが乾くと、風呂前とは肌の状態が全く違って、まさに磨き上げられた、と言ってような状態になった。例えるなら、そうだな。真珠みたいな肌、という感じに。
 俺は結構肌には自信があったんだけど、風呂前とは格段の違いに、肌ってのは磨けば磨いただけ輝くんだなと妙に感心した。
 ま、かといって自分じゃやらないんだろうけど。
 そして髪にも、同じ香りのするオイルみたいなものを塗られて乾かされた。いつもよりするっするサラッサラだ。肌用はそうでもないがこのヘアオイルは少し欲しいかもしれない、と思ってたら、今度は薄桃色の薄い着物を着せられて、肩から白い羽織りを掛けられて、また両手をそれぞれの女官に引かれて部屋に戻った。俺の世話係の侍女ちゃんはずっと部屋に残って色んな準備をしていたらしく、部屋中の清掃は済み、ベッドメイキングは完璧に整えられていた。しかもベッドの傍のテーブルには、さっきまでは無かった香炉が。それでお香まで焚かれてた。
 何だかさっきまでの自分の部屋じゃないみたいで落ち着かない…。

「それでは、私共はこれにて」

「あ、はい、どうもありがとうございました」

 女官2人が俺に頭を下げて出て行き、今度は入れ替わりに白いスタンドカラースーツを着た、煤色の髪をした細身の男性が入ってきた。

 ……誰?

 此処に来た時に、宮中の使用人達の制服は、色で階級が決まっていると聞いた。白は確か、結構なお偉いさんじゃなかったかと思い出し、表情を引き締める。
 男性は柔和な笑顔を浮かべ、俺に深く礼をした。

「初めてお目にかかります。私、後宮総指南役のシュウメイと申します。この度は陛下より御名指しがございました事、まことにおめでとうございます」

「あ、はい。ありがとうございます」

 言祝がれてしまった。まだ事に及んだ訳でもなく、お役目を果たした訳でもないのに。
 複雑な気分が顔に出たのか、少し苦笑されてしまった。

「本日は僭越ながら、今宵のお渡りに際しましてのご側室様のお心構えなどをご指導させていただきたく参りました」

「アッハイ、おこころがまえ…」
 
 なるほど。やっぱり後宮ともなるとそういうのも必要なのな。
にわかに緊張してしまった俺は、緊張しつつもシュウメイさんに、部屋の中央にあるソファに座るよう勧めた。どうやら5分やそこらで済む類いの話じゃなさそうだしな。

 そして、ローテーブルを挟んで向かい合って腰を下ろした俺に、シュウメイさんはもう一度会釈をしてから、口を開いた。



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