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52 またしてもあの国
しおりを挟む学園を卒業してから、俺はやにわに忙しくなった。卒業したらアカデミー入学までの期間、暇になると思うだろうか?まあ普通はそうだな。バカンスに行ったり、学業から解放されて遊びに繰り出したり、中には卒業してしまったという事実に、数日は無気力にゴロゴロする者も居るだろう。
だがしかし。
俺にはそのどれも当てはまらなかった。思い出してみて欲しい。俺が、結婚前の身だと言う事を。アカデミーに入学してしまってからでは、おそらく纏まった時間が取れなくなると予測される為、結婚式の準備の大半はこの短い休暇の間に済ませてしまわねばならないのだ。ついこの間婚約式を済ませたばかりだというのにな…。
派手さを望まない俺や家族に配慮して「結婚式は東ネールの屋敷で、内々に」との提案をしてくれたサイラスの気持ちは嬉しかった。しかし、我が国随一の公爵家の嫡男であり、次期アクシアン公爵の結婚式だ。そういうわけにもいくまいと俺が主張して、結婚式はそれ相応の規模で執り行われることとなった。相変わらず気はすすまないが、すべてを俺仕様(地味)にして貴族の付き合いを疎かにするのは、アクシアンにとって良くない気がしたからだ。
そうなれば、招待客は王家に次ぐ規模になる。
両家の親族を始めとして、交流のある貴族達。お世話になった教授や友人知人などの学園関係者。アクシアン家の姻戚関係には隣国や周辺国の王侯貴族も居て、どの辺まで招待客に入れるべきかなんてふるい分けも必要になる。
その点で言うと、ウチ(リモーヴ子爵家)は没落時に周囲にそっぽを向かれている。親戚らしい親戚との交流も残ってなくて気楽なもんだな~なんて思っていたら、最近『遠縁の〇〇家でございますが』『お爺様の代におつき合いのありました〇〇家の者ですが』なんて手紙が頻繁に届くようになった。しかも、アクシアン邸に居る俺のところだけじゃなく実家の父の方にも来ているらしい。俺があのアクシアン公爵家に嫁ぐ事が知れ渡って、どうにか縁を繋ごうと必死なんだろうな。しかし父に言わせれば、窮していた時にそれらの中のどの家にも手を差し伸べられた記憶は無いという。
まあ、つまりはそういうこと、なんだろう。面倒なので見なかった事にしようと思っている。
そんなわけで、招待客リスト作成だけでもそれなりの日数を要するのだが、それと並行して衣装製作もしなければならないんだよな。女性のようにドレスに贅を凝らす訳では無くとも、特別な衣装でなければならないから、数人のデザイナーにデザイン案を競わせる。高位貴族の結婚式の衣装に採用されると、無名のデザイナーでも一躍名を馳せるチャンスだし、既に売れっ子ならまた一段と受注が増えるチャンスという事で、現在手元には山のようなデザイン案が来ている。うん、どれも素晴らしい。でも、婚約式の衣装のときも思ったんだけど…着る片方は、俺だからな?サイラスならどんな華美な衣装だってすんなり着こなすだろうが、俺だからな?もう少し地味顔にも優しいデザインをお願いします。
そして、結婚指輪。
婚約指輪は東ネールの屋敷に拉致軟禁(監禁ではなかった)された時に、サイラスの特注していた青い貴石を嵌め込んだ指輪を、アクシアン公爵家御用達の宝石商が届けてくれた。今回も同じところに頼んでいるのだが、ただ今回は石の種類が違う。婚姻の証としてよく用いられる、非常に透明度の高い宝石だ。値を聞くと目眩がするほどだったので、おそらくこちらの指輪は結婚式後にはしまい込む事になるだろう。デザイン的にも、婚約指輪の方がシンプルで日常的に付け易いと思う。それに、青の宝石の中でも珍しい蒼碧は、見る度にサイラスの瞳を想起させてくれて、既に俺の左手の薬指に馴染んでしまっているんだよな。
…いや別に惚気ではないからな。
とまあ、休暇とは名ばかりの多忙な日々を送っていたある日。
俺は、ロイスを助手にして屋敷に届いた手紙の仕分けをしていた。これは本来なら、サイラスの母君でもあり、屋敷の女主人である公妃様の仕事なのだが、ご存知のように公妃様は現在別の邸に静養されている。公妃様が不在時にはロイスがその役割りを受け持っていたのだが、婚約式の翌日からは俺に引き継がれた。よって、今はロイスに指導を仰ぎつつ、仕分けを行っている真っ最中なのだ。それをしながらアクシアンと繋がりのある多くの貴族家を覚えていく。
最近は俺宛てにも婚約祝いの品が届く事も多く、受け取るべきか否かの選別もある。例の"有名になるといきなり増える親類縁者"からの場合もあるからそれは送り返して、受け取った相手は目録を作っておいて、お礼状を出さなければならない。あとは、貴族家からのパーティーの招待状、中には茶会の招待状なんてのもある。
何故だ。パーティーはともかく、茶会など令嬢達の集いに呼ばれても困るんだが。どうせ、どうして男のお前がサイラスの相手なんだとチクチクやられるのだろう、却下だ却下。パーティーの招待状の方は、おそらくサイラスに出してもけんもほろろだからと俺宛てにして来てるのかもしれないな。元下位貴族の出の俺なら御し易いと思われているんだろう。要するに、舐められている。
しかし、中には出ておいた方が良いようなのもあるから、いちいちの選別が必要になるのだ。貴族、めんどくさい。しかし、やらねばならぬ。これがこれからの俺のライフワークなのだから。
ロイスと共に2時間ばかりかけて選別作業を終え、やっと終わったと息を吐く。疲れを隠せない俺に、ロイスが労いの言葉をかけてくれた。
「お疲れ様でございました。お茶でもお入れいたしましょうか」
「ありがとう、頼むよ」
俺が頷くと、一礼して部屋を出ていくロイス。いやもう本当に疲れた。文字ばかり見て目もしばしばするし、ずっと俯く姿勢だったから首肩も痛い。椅子から立ち上がって肩をぐるぐる回してみたりしていると、突然バターンと扉が開いた。俺はびっくりしてそこに視線をやる。まあ、誰が犯人かはわかっているのだが、わかっていても驚くものは驚く。
「アル!」
「サイラス…」
入って来たのは、やはりサイラスだった。そしてその顔には、満面の笑み。嫌な予感。
「アル、吉報だ!素晴らしい物が手に入ったぞ!さっそく今夜から試そう!」
「藪から棒に、なんだよ…」
サイラスは右手に何かこぶし大の紫色の容器を持ち、俺に見せつけるようにブンブン振りながら足早に近寄って来る。何、アレ?香水?薬?
「これから毎晩使っていけば初夜には十分間に合うぞ!」
「し、初夜?」
俺の前まで来て、ガバッと抱きつくサイラス。相変わらずいい匂い…じゃなくて。初夜って、あの初夜だよな。結婚式の夜の営みの事だよな。
「どういう事だ?」
訳がわからず説明求む、の俺に、思いもよらぬサイラスの答え。
「以前から頼んでおいた品が、先ほどアガッティ商会から届いたんだ!ほら見てくれ、あのホーン製だぞ!」
「ホーン製…」
「コレはな、どんな巨大なモノでも受け入れられるようにあの部分を拡げ、決して傷つける事も無く極上の快楽を得られるという、魔法大国ホーンの誇る性の秘薬だ!!」
「…秘薬…」
「本来ならどれだけ金を積んでも入手出来ないと言われていたから殆ど諦めていたんだが、特別にと!アガッティの後継者は、なかなかの遣り手のようだな、ははは!」
「ヘェ…ソー、ナンダァ…」
つまりソレって、俺の慎ましくいたいけな尻穴を慣らして拡げて、お前の馬並み突っ込めるようにするお薬って事?そして、今夜からそれ使っての特訓が始まるって事?
気が遠くなりそうな俺。
こういう時に感じる嫌な予感って、どうして外れないんだろうな。
そして、ホーン。またしても、ホーン。何でもアリなのか、あの国は。特別って何だ。鎖国するなら徹底的にしてくれないか…。
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