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51 リモーヴ家で朝食を

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 要らんと言っているのに無理矢理着替えを手伝って来るサイラスと、一人でさっさと着替えたい俺との不毛なせめぎ合いを経て整った身支度。それを見計らったように朝食に呼びに来たメイドに着いて1階の食堂に降り、俺とサイラスは既に揃っていたリモーヴの家族と食事を共にした。
 
 朝食の席には、父母と兄、それに昨日は眠いと言ってさっさと部屋に引っ込んだ妹・シェラもちゃんと座っている。これまで妹の事にはあまり触れて来なかったが、兄妹仲が悪い訳では無い。ただこのシェラ、幼い頃から驚くほどに無口なのだ。素直な良い子で喜怒哀楽もちゃんと表情に出すのだが、とにかくあまり話さない。とはいえ、内向的だったり引っ込み思案という訳でもなさそうで、よく人の観察をしたり、急に何か書き物を始めたりするような…とにかく少し変わったところのある娘なのである。
 でもまあ、良い子です。(2回目)

 で、そのシェラ。先ほどから、サイラスと俺が揃って座っているのをじーっと交互に見ながらパンを齧っている。見目の良いサイラスが観察対象になるのは仕方ないが、俺にまで意味ありげに見るのはやめて欲しい。自分と同じ顔を見て何が楽しいんだか。
 
 と、ここで本日のリモーヴ子爵家の朝食を紹介しよう。
 アクシアン邸やネールで出るような白いパンやパンケーキ(食事用なので甘くない)、ベーコン、ウサギ肉や鴨肉の使われた料理が数品、それと、我が家では定番の野菜たっぷりカブのポタージュ。一見普通の朝食に見えるだろうが、これは従来のリモーヴ家からするとお客様仕様の食事である。
 まず、パン。俺は今でこそネールの屋敷やアクシアン邸の食事に慣れて柔らかな白いパンに慣れて来たが、実家に住んでいた頃は365日毎日パンは茶色か黒っぽい色の硬いものだった。品数だって朝からこんなに並んだ事はない。スープだってこんな色とりどりの綺麗に切られた野菜じゃなくて、屑野菜と細切れベーコン入れたようなものを、晩だけじゃなく朝から飲んでいた。まあ、貧しい朝食であっても少しでも満腹感を、との母上の指示だったらしいが、俺はそれは大正解だと思っている。普通、貴族家の食事は食卓に並ぶまでには結構冷めてしまっている事が多く、アクシアン邸でもご多分にもれずなのだ。だが農民に毛が生えたような暮らしぶり且つ屋敷も小さく台所から食堂が激近のリモーヴ家では、毎回温かい食事が出て来た。温かいスープなんて、中身が貧相でもそれだけで美味い。どれだけ大きく荘厳な屋敷に住んでいても、食事が冷えて出てくるというだけで、あまり楽しくなくなる方なので、アクシアンに移って唯一残念なのはそこだなと思う。その点でいえば、東ネールの屋敷はアットホームな規模だったからか、まだ温かめの食事が出されていた。
だがしかし。日々の食事が出来るというのはそれだけで感謝すべき事なので食事の温冷などで文句など言ったりはしないがな?
 
 しかしやはり温かいスープは嬉しい。久々の懐かしい味を堪能していると、横の席に座って優雅にスープを口に運んだサイラスも、「おお…美味しい」とビックリしたように呟いている。そうだろうそうだろう。高位貴族であるサイラスの前に供するには相応しくないと言われてしまいそうだが、いくら豪華な食材を使っていても冷えて肉の油が固まって浮いたスープより、具は粗末でも温かいポタージュの方がずっと美味いに決まっている。

「アル、これはさぞかし名のある料理なんだろうね」

 と感心しきりでコソッと言って来たサイラスに、

「タダのカブのポタージュだ」

 と返すとまた驚愕していた。いちいち大袈裟なんだよな、お坊ちゃまは…と思いつつパンをちぎっていて、ふと部屋の事を思い出して母上に聞いてみた。

「俺の部屋は改装しないんですか?」

 昨夜入ってみた俺の部屋は、数ヶ月前に出た時と何も変わっていなかった。埃は積もっていないが、物のひとつも動かした形跡が無い。廊下や周りの部屋は軒並み改装しているのに、どうしてなのかと不思議だったのだ。しかし母上は事も無にこう返して来た。

「だって部屋の主に聞かない内に手を入れる訳にはいかないでしょう」

 なるほど、どんな相手の事も尊重して接する母上らしい答えだ。なので俺は、こう返した。

「綺麗にして客間にでも使っていただいて良いですよ」

「良いの?あのまま残しておかなくて…」

「良いですよ。あの部屋だけをあのままにしておくのも不自然ですし」
 
「そう。貴方がそう言ってくれるのなら、そうさせてもらうわね」

「はい」

 俺は頷いた。幼い頃から10年以上を過ごし、苦楽の詰まった部屋が無くなってしまうのは物寂しくはある。あの部屋が無くなれば、もうこの家に俺の帰る場所は無くなってしまうような、そんな気持ちも。
 だがそれで良いんだろう。俺は既にサイラスと婚約し、この家を出た。アクシアン公爵令息の伴侶としてアクシアンの屋敷に入り、数年後にはその広大な邸の統括者とならねばならない。俺のようなヒヨっ子がそれを成し遂げるには、帰る家など無い覚悟を持つべきだ。

 その後、朝食の時間は和やかなまま終了し。
 俺は帰る前にもう一度、朝の陽射しに明るく照らされた自室の内部の隅々までを眺め、それを目に焼き付けた。それからサイラスと共にアクシアン家の馬車に乗り、家族や使用人達に見送られながら、懐かしいリモーヴの屋敷をあとにしたのだった。今年の麦の刈入れを手伝えない事に、少し後ろ髪を引かれながら。

 俺の少年時代はこの日、終わりを告げた。






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