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9 ここらで本腰入れて逃げ切る算段を
しおりを挟む翌日から俺は、本格的にサイラスとの婚約撤回作戦を開始する事にした。
これまではサイラスの押しに流されてしまい、後手後手に回ってしまっていた自分を反省したのだ。最悪、正式な申し込みの場で拒否すれば良いと心のどこかで高を括っていた。しかし、どうやらそれは俺が甘かったらしい。
何故なら…ーー。
『実は跡継ぎ問題もクリア出来てるんだけど…アルがそんなにも気にしてくれてるのなら、アルに産んでもらうのもアリかな。今から東方の呪術師を呼ぶとしたらどれくらいで手配できるだろう…?』
あの後、大真面目にそんな事を言い出したサイラスに、心底ゾッとした。
本気だ。アレは本気のトーンだった…。
ここで少し説明すると、サイラスの言う東方の魔術師がどうのというのは、我が国から遙か東の方に魔術大国ホーンという国があり、そこでは怪しげな術を使ってアレコレしてしまうと有名だからだ。大金を積めば老婆が少女にもなり、死にかけの病人が起き出して全力疾走するとかいう…。
とにかく、聞けば聞くほど怪しげな噂ばかりなのだが、各国の王侯貴族や金持ちなどはそれを信じてホーンから大枚はたいて呪術師を呼び寄せると聞いた事がある。
サイラスはそんな国から魔術師を雇い、俺を子供が産める体にしようとしているのだ。
そんなの、逃げない男がいるだろうか?
否。
中にはそれを望む奇特な男もいるかも知れんが、俺はそんなの真っ平御免だ。どれだけ外堀埋められようが逃げるに決まっているだろう。百歩譲ってこの身にサイラスのナニを受け入れねばならなくなるとしてもだな…孕まされてひり出すのは嫌だ!いや、大体何処から産むというのだ?やっぱり尻か?尻の穴からか?いや無理だろう?あんなとこから赤子を出すなんて、産んだ途端に尻穴が裂けるショックか出血多量のショックでこっちが死ぬのではないか。恐怖しかない。
…いや待てよ?魔術でという事なら、実はポンッと産まれたりするのか?
何れにせよ、未知過ぎて恐ろしい。そんな怪しげな呪術に身を委ねる気は無いし、そんな事をさせようかと口にしたサイラスも信じられなくなった。跡継ぎ問題を気にしたからと言って、何故一気に男の俺に産ませようなんて話を思いつくのか。その思考回路が理解できない。
話している途中で俺の顔色が変わったのには目ざとく気づいて、
『いや、これはまあ、そんな手段もあるらしいという話でね。アルの気が進まないのならやめよう。後継の事は本当に気にしなくて良いんだよ』
と言ってはいたものの、ある考えに辿り着いてしまった俺の顔色が戻る事はなかった。
サイラスは今、俺に求婚し、俺を好きだと言い、俺を大切に扱い、俺の気持ちを尊重してくれている。だがその気になれば、彼はアクシアン家の家格と権力と莫大な財力とで、しがない貧乏子爵家の息子でしかない俺の事など幾らでも好きに転がせるのだ。
そしてそれは、彼の気が変われば俺の扱いも変わり、そうなっても文句は言えないという事でもある…。
ゾクゾクゾクッ
過去最大の悪寒が背筋を駆け上がる。とにかくサイラスと距離を取らなければ…取り返しがつかなくなる前に。
しかし、それにはどうしたら良いのかと考えてみる。父上を始め、家族は既にサイラスに籠絡され、彼が言えばすぐにでも俺を差し出す勢い。味方になってくれるとは思えない。周囲の友人達もサイラスを敵に回してまで俺を匿ってくれる気はないだろうし、完全に四面楚歌だ。孤立無援だ。
(どうしたら良いんだ…)
昨日サイラスの乗った馬車を見送りながら、やはりこれ以上事が進む前に正直に断るべきだと考えた俺は、その夜ベッドに入ってからも思い悩んだ。どう伝えればサイラスを傷つけず、友情を壊さずに済むのかを。
しかし一晩中悶々と考えても、そんな都合の良い答えは出なかった。どちらにせよ俺が断ればサイラスは多少なりとも傷つくだろうし、気不味くもなるから友情だって保てまい。それならばいっそ、はっきり断ってしまう方が良かろう。5年に渡る友情の日々をこんな事で失うのは忍びないが、結婚なんてしてしまえばどうせその関係も崩れる。
サイラスの事は好きだ。だがそれは、あくまで友としての親愛であって、恋愛対象や性的対象ではない。サイラスは何故、何時から、俺をそんな風に見るようになっていたのだろう。母や妹以外の女性とまともに話た事すらない俺には、今もって恋愛などはわからない。ましてや、同性相手の恋など…。だからサイラスの気持ちにも気づかなかったのだろうか。俺がもっと早くその気配を察知できていたら、何か対策を出来ていて今のような状況には陥らなかったのだろうか…。
だが、そんな事を今更悔いても仕方ない。過去は取り戻せないのだ。ならば、今できる事をするしかない。
そう決意した俺は、朝陽が昇って明るくなってから、サイラスに宛てた手紙を書いた。
あの夜、求婚されて思わず手を取ってしまったが、サイラスに友情以上の気持ちは無いという事。婚約者だった女性に裏切られ、傷ついたサイラスの力になって支えたいと思う気持ちはあるのだが、夫婦…夫夫?としてとなると自信は無いこと。
そして、俺のような貧乏子爵家の人間と縁を結んだとしても、アクシアン公爵家には何のメリットも無く、あまりにも身分違いである事などを綴った。
そして最後に、気持ちは嬉しかった、本当に申し訳なかったと。
そして朝食後、何時ものように迎えに来てくれたサイラスに挨拶をしながら、馬車に乗り込んだ。
そして、砂利道にガタガタと揺れる馬車に揺られながら、したためた手紙をどのタイミングで渡そうかと考えた。
アクシアン公爵家の馬車に乗るのもこれが最後になるのだろうと思いながら。
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