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7 『お義父様』は流石に気が早くはないだろうか?
しおりを挟む整備された街中の道とは違い、木々の間を行く砂利だらけの一本道。それが暫く続いた先にあるのが、我がリモーヴの屋敷である。
元は豪農の所有だったという話だがかなり古く、貴族としてはかなり質素な家だ。街中の平民の商売人などの方がもう少し良い家に住んでいる。
曽祖父の代までは領地経営も順調だったらしいのだが、祖父の代で投資に失敗し、父が継ぐ頃には抵当に入っていた屋敷も手放してしまい、俺が生まれた頃には既にこの郊外の古い屋敷に引越していたという、絵に書いたような没落ぶり。今では貴族としての体面が辛うじて保てるという程度の生活レベルだ。父も兄も贅沢はせず質素倹約を旨に地道に領地経営に勤しんでいるが、暮らしはなかなかラクにはならない。
しかし、ウチはまだマシだ。貴族の中には様々な要因で財を失うどころか爵位すら保てなくなる家だってあるのだ。後継者教育に失敗した家などは、凋落する事もしばしば。タイムリーな例で言えば、エリス嬢が不始末の限りを仕出かしたタウナー伯爵家などもそうなる可能性がある。あちらはこれから大変だろうな...。
ガラガラガラ、という車輪の音がゆっくりになり、馬車は簡素な門扉の前に停まった。狭いながらも楽しい…かはわからんが、とりあえずは我が家に到着である。
蹄と車輪の音で俺が帰ってくるのに気づいたらしい家人が門の前に待ち構えていて、馬車の扉を開けてくれるのも何時もの事だ。何せ、他の屋敷と違って玄関から門までがすぐだからな、すぐ。
「サイラス、ありがとう。いつもすまないな。」
と言いながら俺が馬車から降りると、サイラスも続いて降りてくる。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
「うん、今帰った」
出迎えてくれたのはレイアード。かれこれ勤続30年になるという、我が家のイケオジ家令である。父より幾つか歳上で、先代家令の息子でもある彼は、正直父よりも頼りになる存在だった。
レイアードは俺を出迎えた後、横に立っているサイラスに向かって深々と頭を下げた。
「何時もありがとう存じます、公子様」
「やあ、レイアード。好きでしているのだから礼には及ばないと何時も言っているだろう。」
レイアードの礼にサイラスが笑いながら答えるのも、見慣れた光景だ。
何時もなら、その後すぐに『ではまた明日』とか『また来週』などと言ってサイラスが帰って行く。
だが、今日は何時もとは少々違った。 サイラスは屋敷の方を伺うように見ながら、
「リモーヴ子爵は御在宅かな」
と言ったのだ。
常とは違う展開に、レイアードは一瞬だけ虚をつかれたように沈黙したが、すぐに冷静に対応した。
「はい、旦那様は執務室においでに…」
「急だが少しお顔を見られないものだろうか?」
ええっ?そう来る?
いやまあ俺だって、毎日わざわざ遠回りして送ってくれるサイラスに、『たまには茶でも飲んで行ってくれ』と言うのは吝かではない。実際に彼が寄っていく事もあった。…まあ、もてなしに出すのは折々にサイラスから贈られる茶葉や菓子だったりするのだがな?
それにしても、今日は帰りに寄り道もして何時もより少し遅くなったというのに、まさか寄っていくと言い出すとは思わなかった。
「いやね、アルに求婚したというのに、その父君であるリモーヴ子爵にはあれから忙しくて不義理をしてしまっていただろう?
今週中には正式に書面にて申し入れをさせていただく手筈は整えているのだが、取り急ぎご挨拶だけでもと思ってな。
何、ご多忙のようなら出直すが…その場合は持参した手土産だけでも託けたいのだが」
はい出た。
笑顔で滔々と自分の要望を述べつつ手土産という小技を使い相手に断る余地を与えないやつ~。
しかし手土産とは何だ?車内にそんなもの乗ってたか?と首を傾げていたら、今来た道を別の馬車がやってきた。
俺達が乗ってきた馬車よりは少し小さいが、黒塗りの車体に扉にはアクシアン公爵家の紋章。
「え…別の車?」
「おお、ちょうど来たな」
シレッとしたサイラスの声に、どういう事だと顔を向ける。 彼は少し笑いながら説明してくれた。
「アレはウチで贈り物などを運ぶ用に使っている馬車だ。割れ物なども運べるような仕様にしてある」
「…へえ…」
「中は座席ではなく緩衝材としてクッションを敷き詰めてある。だから人が乗るには不向きだな」
「ふ、ふーん…」
贈り物を運ぶだけの馬車?荷を運ぶ、ではなく、贈り物を届ける為だけの?
すまん。
人間が乗る馬車を辛うじて一台のみ所有の我が家には、ちょっと想像し辛い贅沢な代物だ。
因みに、俺も学園に入学して暫くは、その当時ウチにあった超簡素な馬車で通学していた。しかしある日、その超簡素馬車で帰ろうとした時、乗ってすぐに車輪が外れたのだ。走り出して間も無くの事だったから良かったものの、街中の道路に出ていたらあわや事故を起こすところだった…。まあ、整備には気をつけていたのだろうが、如何せん古過ぎた。
そしてちょうどその場を通りかかったのが、その頃少し仲良くなりかけていたサイラスの乗ったアクシアン公爵家の馬車だ。彼は難儀している俺や困り果てていた御者や馬達をウチに送り届ける事に尽力してくれた。そして何故か、翌朝からウチの前にはアクシアン家の馬車が迎えに来るようになってしまった。更に、シンプルだが真新しい馬車を携えて。
『そんなに贅を凝らした訳ではありませんが、質は良いものです。是非お使い下さい』
なんて言葉を添えられながら。
勿論、固辞した。
助けてもらった上に送迎などしていただく訳にはいかないし、ガタのきた馬車の代わりに新しい車体をいただく訳にもいかない。父も母も兄も恐縮してしまい、それは俺も同じだった。まだ小さかった妹などは事態をよくわかっていなかったので、ピカピカの馬車を見上げてはしゃいでいたが。
しかし、サイラスは天使の如く微笑んで言った。
『私はアルと話せる時間が楽しいのです。それに、大切な友とそのお身内の方々には、安全でいていただきたいのです』
俺達家族は、数少ない使用人達もまとめて雷に撃たれたような衝撃を受けた。
なんたる。
なんたる謙虚且つ優しく、施しと感じさせぬ施し。これが本物のノブレス・オブリージュか…。
やはり全てのレベルが違いすぎるな。
同じ13歳とは思えぬ風格は、高位貴族の育ち故なのか、サイラス本人の資質か。俺は彼の行動に深く感銘を受けた。
そうしてあの日から5年間、俺はサイラスの厚意により、彼と共に通学している。ありがたい事だ。
贈り物を乗せる用の馬車途やらは、俺達の乗ってきた馬車の後ろに停められた。御者と一緒に来た使用人が馬車の扉を開け、中から綺麗に包まれた箱を取り出し、胸辺りに捧げ持った。
「これ、私の叔父の領地から送られて来た珍しい品種で作ったワインなんだ。是非お義父様にも味わっていただきたくてな」
「そ、そうか。またそんな貴重なものをすまないな。父も喜ぶ」
などと言いながら、何となく違和感に襲われる俺。
そして数秒後、違和感の正体に気づいた。
コイツ、父上の事、お義父さんって言った…。
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