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2 多分嵌められたような気もするんだが、どう思う?

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 王室の血を引く証明のような、輝く金髪に濃い青碧の瞳。当たり前のように整った顔立ちに、すらりとした体躯。
 サイラス・アクシアンは、高位貴族にも関わらず、最初の出会いからとても気さくな男だった。それに対して俺、アルテシオ・リモーヴの出自はしがない子爵家。そして容姿はと言えば、自他共に認める地味さ。父に似たお陰か、身長こそそこそこ伸びたものの、顔は母に似てごくあっさりとした顔立ち。茶色の髪に、同じ色の瞳は少し三白眼気味で気にしているところだが、常に穏やかな表情を心掛けている事でその険は緩和されていると思いたい。少なくとも学園に入学してから指摘された事は無いから、きっと大丈夫な筈だ。

 5年前に貴族の子弟の集う学園で出会った当初、俺は階級の別なく接してくれるサイラスの取り巻きの1人に過ぎなかった。それが、何時の頃からか…気づけばサイラスは、何時でも俺の傍に居るようになっていた。聡明な彼とは話していて楽しく、共に居る空間は居心地が良かった。
 おそらくそれは、サイラスも同じだったのだろう。俺は彼を取り巻く数多くの同年代の貴族子息達の中から、彼の親友という地位を獲得したのだった。
 そう。親友だ。親友、なのだ。というか、それ以外の表現が思いつかない。いや、そもそもしがない子爵家の次男坊にすぎない俺が、王族とも姻戚関係にあるアクシアン公爵家の跡取り息子と肩を並べて話す事が烏滸がましいのだが、サイラスは本当にその辺の階級には拘らない人間だった。
かといって、俺は気を抜いていた訳ではない。くだけた様子で接してくれるサイラスに合わせながらも、礼を失するような真似はしなかった。本来なら下位貴族である俺が対等に口なんかきけない相手なのだから当然だ。
 勉学での議論は交わしても、サイラスが俺より高位の貴族の友人達と話している時は出しゃばる事はしなかった。身分が低いからと殊更卑屈になる事はしなかったが、分は弁えた。それが、子爵なんて微妙な位置の貴族家の次男なんかに生まれた俺の処世術だったからだ。
 目立たず騒がず、決して調子に乗って驕らず、害の無い人間だと認識させる。それが功を奏したのか、公爵令息であるサイラスと親しくしていても俺に突っかかってきたりする者はいなかったのだから、その処世術は成功していたと言って良いと思う。
 だからこそ、俺は他の貴族連中に排除されたりせず、サイラスと居られたし友情も育む事ができた。

 そう、友情だ。決して愛情じゃない。…いや、友としての愛情ならあるとは思うが、誓ってそれ以外の邪な気持ちはなかった、筈だ。
あの激動の晩に求婚されるまでは、俺達の間に友情以外の何かがあるなんて考えた事すらなかったのだから。



「いや、何でだ」

「何が?」

「いや、あのエリス嬢の後が何で俺?…いや、そうじゃない、そうじゃなくて、」

「何だよ、変な奴だな。」

 教室の中、隣合った席で、笑いながらそう言って、体を寄せてくるサイラス。
近い。何時にも増して距離が近い。お前はそんな感じじゃなかっただろう、と困惑しきりの俺。

 あの夜からずっと、何をどう考えても答えがみつからなかったのに、今朝学園で顔を合わせたら余計に疑問が溢れた。
つい2日前の事だ。学園内にはあの舞踏会で顔を見た令息達もチラホラ居る。そんな彼らから噂が回ったのだろう事は、今日に限って遠巻きに俺達を眺める皆の視線から明らかだ。

 皆、サイラスが俺に求婚した事を知っているのだと思われる。いや、知ってる目だろ、あれは。

(いたたまれん……)

 これだけ多くの好奇の視線に、流石の俺も日頃張り付けているアルカイックスマイルに若干の強張りを否めない。動じるな無になれ。俺は空気、俺は空気、俺は空気。

「なあ、どうしたんだアル」

 超絶美麗な顔に横から覗き込まれて空気化失敗。サイラスは良い奴なのだが、空気が読めないところが玉に瑕なんだよな…。

「…どうしたとは俺の方が聞きたい事なんだが」

 とうとう口から漏れてしまった。混乱したまま、いっそ無かった事にならないかとスルーを決め込もうかと思ったのに、無理だった。

 俺もまだまだだな、と小さく深呼吸。
……いや、俺悪くないな。俺が未熟だから衝撃をスルー出来ないとかそういう問題じゃないよな。何故俺は自分のスルースキルの未熟さを反省しているんだ。理解の範疇を超える事をしたのはサイラスだというのに。
 俺は横を向いて、サイラスに言った。

「反省してくれ」

「えっ、何?何を?」 

「何故俺を婚約者の後釜に据えようとする?」

 サイラスは俺の質問を予期していたのか、驚きもせずに笑いながら答えた。

「アルが好きだからに決まっているだろう」

「…そんな事、言った事なかったじゃないか…」

「言ったらアルに引かれるかなと」

「…」

「だから引くに引けない場面を選んだんだ。アルだって、手を取ってくれたじゃないか」

「あれは……」

言われて、すぐにまた口を噤む。いやまあそうだが。でもあれは俺の本意ではない。いくら同性婚が認められているとはいえ、俺は同性を結婚する対象に考えた事は無いし、恋愛対象にすら思った事はなかった。
 相手がサイラスとはいえ、それは変わらない。彼の手を取ったのは、あの場面であれ以上サイラスに恥をかかせたくなかった俺の友情からだった。
 だが、それを言ってしまえば、サイラスを傷つける事になるだろうか…?

 恋愛感情はなかったとはいえ、何年も許婚だった女性に不実な事をされた挙句、多くの貴族達の前でプライドを傷つけられたサイラス。
 そんな彼をこれ以上傷つけるような事を言ったりできない。

「あれは、なに?」

聞き返してきたサイラスになんでもないと首を振った。

『お人好し』


 サイラスが声を出さずに呟いたのを、俺は知らない。







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