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1 我が親友の、よくあるようでそんなに無い婚約破棄
しおりを挟む「君との婚約は破棄する」
それは、とある舞踏会の夜の事。音楽の途切れた広間の真ん中で、国一番の美女と名高いエリス・タウナー伯爵令嬢に静かな声でそう言い渡したのは、俺の親友のサイラス・アクシアン公爵令息だった。
二人は十歳の頃からの許婚で、これはつまり、世にいう婚約破棄というものだ。
理由は、彼女の奔放さによる浮気の数々。
エリス嬢の方も、バレないようにそれなりに気をつけていたようだったらしいが、サイラスの密偵は優秀で、山ほど証拠を掴んで来た。
『こっそり楽しんでいたというには相手が多過ぎるな』
とサイラスが苦笑いしていたのは記憶に新しすぎるところ。しかもその中に、日頃から何故かサイラスをライバル視している第四王子殿下が入っていたとなれば、サイラスが呆れ果てて、婚約を取り決めた父のアクシアン公爵にクレームを入れたのも仕方のない事だと思う。そして、婚約解消を渋る公爵に焦れて、強硬手段に出たのも。
いや、俺は一応、止めたのだ。婚約者のある身で不貞を働いていたとはいえ、相手も身分のある貴族の令嬢だ。公衆の面前で恥をかかせるのは良くないんじゃないのか~?なんてやんわりと言った。サイラスも、『そうだな』なんて頷いていたし、婚約解消は水面下で進めていくつもりになっていたようだ。
だが、本日。
王家主催の舞踏会で、最初こそサイラスと一緒にやってきたエリス嬢は、とんでもない事をしでかした。あろう事か最初のダンスで、サイラスではなく、サイラスを押しのけて彼女の前に立った第四王子・シュラバーツ様の手を取ってしまったのだ。
いやこれ、通常では有り得ない事だ。婚約者、及び配偶者を持つ者は、最初のダンスくらいは絶対に一緒に踊るのがこの国のマナーなのだ。いや、大体どこの国の貴族社会でも同じだと思う。
王侯貴族に生まれた人間なら常識である事を、エリス嬢とシュラバーツ様は犯してしまった。知らなかった筈は無い。シュラバーツ様はサイラスに赤っ恥をかかせるつもりで、エリス嬢の方は、サイラスという超絶イケメン婚約者がいながら王子様に望まれている自分、というシチュエーションに酔っていただけなんだろう。実は彼女はかなり馬k……物事を深く考えられない人なのだ。
しかし、それによりサイラスは、婚約者を目の前で奪われた形になり、皆の前で面目を潰された。貴族はプライドの生き物だ。例え相手が王族であろうと、自分に非が無いのなら黙って引っ込む訳にはいかない。
よって、サイラスが動いたのは自分の将来を守る為にも必要な事だったし、理由だって正当だった。
少しして広間に現れた国王陛下もシュラバーツ様にご立腹されて謹慎を言い渡されていたし、エリス嬢と、彼女の父であるタウナー伯爵は陛下の剣幕に震え上がっていた。
シュラバーツ様にもタウナー伯爵家にも、後ほどお沙汰が下される事になり、サイラスの訴えによりサイラスとエリス嬢の婚約の解消も認められる事になった。陛下のお許しが出たから、後にある正式な解消の手続きも揉める事は無いだろうし、王家とタウナー伯爵家からはそれなりの誠意がしめされる事になるだろう。
良かったな、と俺がサイラスにアイコンタクトをすると、彼も深い青の瞳を細めて微笑んだ。
家同士での婚姻は当然の事とはいえ、エリス嬢は真面目なサイラスには相応しくない女性だ。彼女は美しいけれど、考え無し過ぎてサイラスを傷つける材料として利用されてしまった。そんな女性はサイラスの足を引っ張るだけだろう。
誇り高き公爵家の跡取り息子であるサイラスには、もっと聡明な思慮深いご令嬢が似合う。
カリスト侯爵家のローラ嬢などはどうだろう?派手な華やかさは無いものの、物静かで素敵なご令嬢だと妹から聞いた。
俺は友人として、自慢の友であるサイラスには幸せになって欲しかった。そしてこんな俺にも現在、婚約話が持ち上がっているから、尚更。
なのに。
なのにだな。
「やっと口にできる。
この件が片付いたら、アルテシオ・リモーヴ子爵令息。私と婚約してくれ。」
俺の前に片膝をついて右手を差し伸べたサイラスは、低いが良く通る声ではっきりとそう言った。
婚約破棄騒動の繰り広げられたその直後。男で、タダの親友の俺に婚約を申し入れてくるサイラスは、エリス嬢以上にぶっ飛び過ぎてやしないだろうか?
いや、もうそういうレベルの話じゃない。
だが更に悪かったのは、あまりに突然過ぎた申し入れに驚き過ぎた俺が、咄嗟にサイラスの手を取ってしまった事だ。
何となくだが、払い除けたり断ったりして、これ以上彼に恥をかかせてはいけないという深層心理も働いていたのかもしれない。だが、俺のこの行動が後々の事態をややこしくしてしまったのは言い訳のしようもない事だ。
たとえ胸の中では、
(いやいやいやいや
どういうつもり?お前、俺の事好きだったの?そんな素振り無かったよな?え、俺が鈍いだけ?親友だと思ってたのって俺だけ?お前、男が好きだったの?)
と、やかましい突っ込みだらけだったとしてもだ。
俺の手の甲に恭しく唇を落とす、目にも鮮やかな金髪の美青年・サイラス公爵令息。粗野な第四王子などよりよほど王子に見える彼は、俺の昔からの親友の筈で、俺達の間には友情しか無かった筈で…。
「きっと君を幸せにする」
そう言って俺を見上げ、美しく微笑む青碧。
その瞳に射抜かれて、ただ頷くしかできない俺。
サイラス。
俺にはお前の真意がわからない。
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