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44 そして幸せがやってくる

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南井の名誉の為に弁明するが、避妊薬はきちんと飲めた。最初の服用は、時間内に出来たのだ。

だが…、だが、確かにそれは100%ではない。95パーセントの網を潜り抜けた物凄く強いヤツがいたんだろうと思って、南井は自分をガン攻めしていた時の和志を思い出した。

とにかく挿入しっぱなしだったな、と…。


異変に気づいたのは、数日続いた体の怠さからだった。少し熱っぽくて、風邪か疲労かと思った。
というのも、番になった少し後、南井と和志は2人で住む為の手頃なマンションが見つかり、引越していた。その片付けも、休日に少しずつしか進まず、その所為での疲労ならば覚えがあったからだ。
だから深くは考えなかった。
まさか避妊に失敗しているとは思いもせず、その日半休を取った南井は、抑制剤を貰っていた病院に定期検診に向かった。

そこで微熱が続いている事を伝えると、担当医は少し首を捻って、一応検査してみようかという話になった。
それはないだろうと思っていたら、長年通っていた馴染みの医師に、『番さん頑張っちゃったね~。』と苦笑いされ、南井は困惑。

『おめでただったよ~。』

『なんて?』

…とまあ、そんな遣り取りの後、少し放心状態で、南井は出社した。


まさかデキてしまうとは。
いや、まさかの事迄想定を怠った自分が悪いか。
いやしかし、番になる為には必須な行為だったのだし、努力は最大限したのだし…その上でも妊娠してしまったのなら、この子はどうしても産まれて来たいという事なんだろう。
通常、Ωは初産が早い傾向があるが、南井はこの歳での初妊娠だ。リミットとしてはギリギリかもしれない。見送ってしまえば、おそらく次は無いかもしれない。男性Ωの堕胎は、女性Ωやβの女性よりも体へのダメージが更に深い。

(…仕方ないか。)

南井は覚悟を決めて、その晩、帰ってきた和志に妊娠を告げた。
南井が望まないなら要らないと言っていたのに、和志の喜びようは尋常ではなく、南井を抱き上げて破顔した。
それを見てしまえば、これは引っ込みがつかなくなったな、と南井は苦笑したのだった。


しかし、問題はそこからだった。
和志は学生の身分で、卒業迄には未だ一年以上もある。就職には困らないだろうが、それでもそれは卒業して社会に出てからの事だ。そして、大黒柱になるであろう南井が休職するとなると、経済面の不安が出てくるのではないか…。

「…いや、結構大丈夫かも?」

南井はざっくりと計算し、自分の貯蓄残高を思い浮かべた。2年程度なら問題ない。あくまで計算上は…。 

だが、南井の危惧は経済面だけの事ではなかった。2年後に復職の折、会社で今迄通りに働けるだろうか…。

南井の友人が興した今の会社の上層部は、学生時代の同級生が多い。社長がαなので番婚にも理解がある。
今迄会社で南井がΩである事を知っているのは社長だけだったが、妊娠報告と産休を申請したら、皆が知る事になるだろう。
そうなった後、産休明けで自分の戻る席はあるのだろうか?

南井は迷った。
産もうとは思うが…、いっそ辞めて転職を考えるべきだろうか。しかし、その頃には40過ぎだ。厳しいかもしれない。
只でさえ社会はΩに厳しい。

南井は社長に電話で相談した。するとΩを妻に持つ社長は、あっさりと大丈夫と答えたのだ。

『ちょうどその辺りにウチも子供作る予定になってるから。』

言葉の意図が読めず、どういう事かと聞くと…。

社長の番であるΩは、12歳歳下の秘書の青年である。
南井達程ではないが、そっちもかなりの年の差婚だ。
学生時代にバイトしていた彼を社長が見初めて、入社させた。自分の下に付けて、惚れて口説き落としてやっと番になってもらった歳下の番を、社長はとても大切にしている。
その大切な番君が、30前には子供を産んでおきたいと言ったらしい。

『だから、2年後には秘書のポストが空く。心配いらんぞ。』

…という訳で、取り敢えず元のポストではなくとも、復職の目処は立ちそうだった。

それを和志に告げると、

「何故一人だけで悩んで決めるの?!」

と悲しそうにされた。

「言ったじゃない。僕も金銭的負担は出来るって。」

そうは言っても和志は学生ではないか、と言うと、彼は私室に行き、一通の預金通帳を手に持って帰ってきて、それをテーブルに置いた。ずいっと南井の前に寄せてくる。

「…なに?」

「見て。」

南井が通帳を開くと、そこには南井の預金額にも劣らぬ8桁の預金残高が。
南井は驚いて、思わず和志を見る。

「え、これ?」

「それ、父さんから振り込まれてた養育費と教育費なんだって。」

「陽司の…。」

面食らっている南井に、和志は言った。

「ウチの祖父、資産家だって言ったよね。
僕にかかるお金は祖父が出してくれてて、父さんからのお金は僕が20歳になったら渡そうと思ってくれてたんだって。
20歳の誕生日に、それ渡されたんだ。」

本当は父さんに会った時、返そうかと思ったんだけど、と和志は続けた。

「でも、唯一果たしてくれた親の義務を突き返すのは、流石に冷た過ぎかなと思ってさ。
父さんなりに頑張ってくれてたのかなって、思うようになったんだ。」

「そうか…。」

「だってさ。毎月、12万。それを15年。プラス、進学時にはその費用。
それ、中々大変だよね。
金額の問題じゃなくてさ。
本当は一括で払っちゃえばラクなのに、律儀に毎月一日に、15年。
滅多に顔も見ない子供の為に、どんな気持ちで振り込んでくれてたのかなって、最近よく考えるんだ。」

和志は通帳を眺めながらそう言って、少し口角を上げた。

「父親だって事を、忘れない為だったのかなって。」

南井は頷いた。
きっとそうだろう。
陽司にはもう、金を払い続ける事でしか、親子の縁を繋ぐ術がわからなかったに違いない。
陽司なりの不器用な愛情表現だったのだと南井は思う。

「本当は大学卒業迄払ってくれるつもりだったみたいだけど、それは流石に断ったからね。
結婚迄しといて、親に養育費貰うなんて恥ずかしいもん。」

和志がそう言って微笑んだので、南井も微笑む。

「残りの学費はそれから出すって祖父にも言った。
でも、それでも十分あるでしょ?」

確かに。十分過ぎる程に。
南井は頷いた。

「僕達と子供の為にありがたく使わせて貰おうよ。
父さんだって、突き返されるよりその方が良いだろうし。」

「そうだな。アイツの孫なんだよな…考えたら。」

番だった男の息子の子供を、アイツの番だった南井が産む。何というカオス、と南井は遠い目をする。

それを見てとても良い笑顔で和志が言った。

「産まれたら写真くらいは送ったげようか!!」
 
「…ソウダナ…。」




2人の元に天使が訪れる予定日は、今年の秋である。



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