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28 村上 和志は全てを知りたい

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人と人の縁とは不思議なものだ。
南井はよく、そう感じてきた。
仕事で関わった相手が、思わぬ人と繋がっていたり、それにより新たな人脈が拓けたり。そんな良縁もあれば、逆に切らねばならなくなる悪縁もある。
目に見えないからこそ、どこでどう絡まっているのかわからない、"縁"。

では、消滅したと思っていた縁が、実は脈々と繋がっていたなんて奇妙な出来事は、奇縁と呼んで良いのだろうか。








「少し、気持ちを整理する時間が欲しい。」

そう南井は村上に告げた。

今、一人にしたくない。離れてはいけない。
そう思うのに、南井の意志を尊重しない訳にもいかず、村上は後ろ髪を引かれる思いで南井の部屋を出た。
絶対に、一人で結論を出す事だけはやめて欲しいと、そう約束させて。

本当は今夜も泊まるという話になっていた。翌日の夜に自分のマンションに帰って、週明けに備えるつもりだった。
けれど、状況が一変してしまったのだから仕方ない。

状況と感情を整理したい南井の気持ちも理解できる。
村上だって同じ気持ちだ。

こんな、神の悪戯を通り越して、嫌がらせのような事態に陥ってしまっては…。


南井の事は心配だったが、村上にも確かに時間が必要だ。
気持ちの整理と言うよりも、しなければならない事がある。

南井のマンションを出た村上は、暫く歩いてからコートのポケットに手を入れてスマホを取り出した。
電話帳をタップして、履歴から祖父母の家の番号を見つけ、掛けた。

「2人に話があるから、今夜はそっちに帰る。」

電話に出た祖母にそれだけを告げて、通話を切った。

祖父母はあの頃の父と母の状況の全てを見てきた筈だ。自分を育ててくれているのに、母の夫であり和志の父である陽司を拒絶しているのがずっと不思議だった。
祖父は厳しい所もあるが、温厚で知られているし、祖母は少しお喋りだけれど、優しい人だ。
村上が知る限りでは普通で良識的な祖父母で、誰かと喧嘩をしたり嫌ったりしているのを見た事は無かった。
そんな2人が陽司の事だけは蛇蝎のように忌み嫌い、彼に関する事を話す事すらタブーのようになっている。
それは親戚中にも2人から箝口令が敷かれていたようで、だから村上は母が死んだ5歳からの10年間で、陽司に会ったのはほんの二度ほど。
それも、母の三回忌と七回忌の法要に、皆が帰った後にひそりとやって来た。
家には上げて貰えず、玄関先で祖父母に挨拶をしていた父は、祖母に呼ばれて顔を出した村上と、一言、二言だけ言葉を交わして帰っていった。
そんな状態だったから、村上に陽司の情報が入ってくる事は殆どなかったのだ。

村上は祖父母に養育されて育った。
だから、贔屓目に見ているのかもしれないが、それでもあの穏やかな祖父母が、何の理由も無しに人を嫌うとはとても思えない。
絶対に、そうなる理由がある筈だった。

子供だった村上には、言えなかった理由と事情が。

だが今や村上は、既に子供ではなく立派な20歳の成人だ。

どんな事実を聞かされる事になっても、村上は今夜、2人から全てを聞き出すつもりだった。



数ヶ月振りに最愛の孫息子の帰宅に、祖母は嬉しそうに出迎えてくれた。

「もっと早く言ってくれたらよかったのに。
ご飯、ありあわせになっちゃうわよ。」

そう言いながらも声は弾んでいて、これから重い話をしなければならないのが申し訳ないような気持ちになる。
ありあわせと言いながらも村上の好物の料理も並んだ食卓に、書斎から祖父も出てきた。

「元気そうだな。泊まって行けるのか?」

祖父は柔らかい笑顔で村上の肩を叩いてから席に着き、久々の団欒は何時も通り和やかだった。
これからこの空気を壊さねばならないのかと思い、村上は気が重くなる。

村上が用意しておいた食事を、南井が食べてくれているのかが気になり、食はあまり進まなかった。



食後、リビングに移動して、祖母がお茶をいれてくれた辺りで村上は祖父に向かって切り出した。


「この前電話で、番になりたい人がいるって、話したと思うんだけど…。」

村上の言葉に、祖父母は頷く。

「確かに聞いたが…どうした?フラれたのか?」

縁起でもない、と村上の表情は曇った。
祖父の 冗談なのか本気なのか微妙な質問を、今夜は軽く流せない。そんな余裕が無い。
祖父母もそんな村上に戸惑っている。

「どうしたの、まさか本当に?」  

今度は祖母が追撃してくる。悪意が無いとわかっているから余計に刺さってきて、村上は少し涙目になった。


「未だフラれてないけど、これからそうなるかもしれない。
そしたら僕、一生独身だ。」


村上は目を赤くしながら、溜息を吐いて話し出した。







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