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20 南井 義希は信じたい
しおりを挟む「そう言えば、こんな話をこうして誰かに話してみるのは初めてだな。」
ゆっくりと自分の過去を話し終えた後、南井はそう言って笑った。
「話してみると、こんなものかって感じもする。」
何の事は無い、こんなものか、なんて。
だが、そんな南井とは裏腹に、聞いていた村上の眉間には皺が寄り、形良い目は吊り上がった。
「こんなものか、じゃないですよ、義希さん。
それ、かなりの事をされてます。」
「うん、まあ、そうなんだけどさ。」
「α…いや、α以前の問題です。男の風上にも置けない奴だ。」
村上はそう言って南井を抱きしめる腕に力を込める。この繊細な美しい人が、今の自分よりも若い頃に、そんなにも酷い傷つけられ方を経験しているなんて。
今、村上の心は怒りでいっぱいだった。
もし自分が、もう少し早く生まれていたら。傷ついた南井に、もっと早く会えたなら。
痛々しい傷を胸に抱えた南井を、抱きしめてあげたかった。
ややあって、村上は言った。
「…僕、絶対に貴方を大切にします。」
「…うん。」
南井はその言葉に、胸の奥にほわりと小さな火が灯ったように感じて、ちらりと村上を見上げた。
村上はその、いたいけな幼子のような仕草と瞳に胸を撃ち抜かれる。随分歳上の筈なのに、南井には幼く見えたり、少年のようだったり、不思議な瞬間がある。
普段が大人で、穏やかながらもかちりとした雰囲気を纏っているだけに、そのあえかな様との落差は堪らなく村上に刺さった。
守らねば、と思う。
これが愛故か、αのΩに対する庇護欲故か、またはその両方かもしれないが。
とにかく村上には、南井を誰にも傷つけさせないように囲いこんでしまいたくなる瞬間があった。
南井は自立した大人の男だから、それを本人に面と向かって言うと気分を害されるだろうと思うのに、胸いっぱいの想いは溢れて口をついて出てしまった。
「僕は、一生貴方を守りたい。貴方は僕の愛の全てだから。」
南井はぽかんとして、それから少し赤くなった。
この青年はいちいち大袈裟に言うんだよな、と思う。思いながらも、嬉しい。好きだと言われた事はあるけれど、守りたいと言われたのは初めてだった。年甲斐も無く照れて、それからじんわりと目頭が熱くなる。
この青年はどれだけ自分の目を涙で溶かしてしまえば気が済むのだろう。
彼といれば、南井は幸せになれるだろうか。でも、彼は南井といてどうなるのだろう。
Ωの寿命は決して長くはない。更に年齢も離れている。番になったとしても、彼よりずっと先に南井は死ぬだろう。
その時、番を失った彼がどうなってしまうのか、考えるのが怖い。
「俺は…この先、老いていくだけだ。」
「僕もです。」
「あと十年もしない内に、更年期が来て子供は産めなくなる。」
「構いません。」
「君に、面倒をかけるかもしれない。」
「番は一心同体です。」
なかなか退いてはくれない村上に、南井はとうとう最後の質問をぶつけなければならなくなった。
「…俺は、君よりずっと先にいなくなるかもしれない。」
「はい。」
「それでも…、」
「…はい。」
南井の声が震える。
「それでも、俺を番にと、望んでくれるのか?」
「番でいられる時間が0よりずっと良い。
貴方だけが、僕の生涯ただ一人の人です。」
はっきりと、澄んだ良く通る声で、村上は言い切った。
「僕の全部を差し出しますから、貴方を下さい。」
南井は静かに頷いて目を閉じた。
もう逃げを打つ手は無くなってしまったのだから、頷くより仕方なかった。長く心を守っていた意地も張りも猜疑心も、消え失せてしまった。
もう一度だけ、人を信じてみようと、そう思った。
あの後2人で静かに寝入ってしまった翌日、南井は村上に誘われて、とある百貨店の中に入っているジュエリーブランドのショップに来ていた。
「あくまで暫定ですけど。ちゃんと働いたら、もっと良い指輪を贈りますから。」
そう言って村上は、見ていたショーケースの一番上の右端にディスプレイされている一対の指輪を指差した。シンプルで品の良い、プラチナにしては比較的リーズナブルな金額のそれは、それでも学生である村上には十分高価な品物の筈だ。
それを見て、少し考えて南井は言った。
「いや、君の指輪の分は俺が出す。」
本当は、これくらいなら南井が全部出しても良い。けれどそれでは村上の気持ちを無碍にしてしまうと思った。
村上は、今自分に出来る精一杯の誠意で南井に向き合おうとしてくれている。それをひしひしと感じたから、その気持ちはきちんと受け止めてやりたいと思う。だからこその、折半の提案。
しかしそれでは気の済まないらしき村上は首を振る。
「そんな、義希さん…!」
だが、そこは南井の方が役者が上だった。首を傾げながら村上に、
「俺と君は一心同体になるんだよな?」
と言うと、村上の端正な顔がボッと赤くなった。
「近い内に俺達は、番になって、愛し合って、助け合って生きていく訳だ。」
「…そうです、ね?」
「じゃあ、どちらかだけに負担が掛かるのは変だと思わないか?」
「義希さん…。」
未だ納得のいかない様子の村上に、苦笑して溜息を吐く南井。
仕方ない、と南井はガラスケースを覗き込んでいる村上の腰に手を回しながら言った。
「和志。俺だって男なんだけど。」
そうしてニヤッと笑うと、村上は目を見開いて、ますます耳迄赤くなった。村上の腰に回された南井の手はそのままだ。
「え、義希さん、手、いや、今、今、和志って、和志って、ねぇ…!?」
「あ、これ、ネーム入れお願いできます~?」
初めて名前を呼ばれた事に興奮する村上の様子を楽しみながら、南井は店員を呼んだ。
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