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篠井の実家

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あの頃のあの頃の夢なんて、何時振りだ…。



開いた筈の目の前は暗く、俺は未だ目隠しが取られていなかった事にがっかりした。

手は後ろ手に拘束され直されてて、意外にも足は自由。


視覚を奪われて体を好き放題されるのは怖かった。
メンタルが鋼、と友人達に言わしめる俺でさえそうなんだから、他の…例えば女性や子供なんかは、そりゃ怖い思いを味わうんだろう。

…でも、相手がわかってたからか、怖い中にも何かこう、ゾクゾクして結構気持ち良…

と考えていたら、小さくドアの閉まる音がした。

篠井、だよな…?


「しの…」

「起きてたの、凛くん。」


篠井の柔らかいコロン混じりの体臭が近づいてきて、俺の直ぐ傍に沈む。

体温が揺れて、頭の後ろで結ばれていた目隠しが解かれた。

直ぐには視力が戻ってこなくて、暫くぼんやりと何かの残像のようなものが出ていて、消えた。
はっきり戻ってきたリアルな視界には篠井。

間髪入れず顎に頭突きをかます。

篠井は顎を押さえ蹲った。


「お前、何してくれてんの?」

マットレスの上に立ち、蹲ってる篠井の背中を片足で踏み付けると篠井が ごめん、と呟いた。

「ごめんなさい。
…ねえ、顔見たいよ、凛くん。」

「…はぁー。」


デカい図体に似合わない震える声。

俺は足を下ろして座った。

篠井は俺の前に座り直し、じっと俺を見た。
何時見ても綺麗なツラだ。

「凛くん、好き。」

「行動が伴ってねえ。」

「ごめんなさい。でも、好き。愛してる。」


俺は呆れた。
此奴は何時だって、目と言葉だけは真摯なのだ。
だからこそ俺も何度も絆されて許す羽目になった訳だが。

でも、それが標準装備だとしたら、お前サイコパスなの?って今じゃ思ってる。


「お前のそれさ…もういいって。」

篠井の眉は下がる一方。
俺だって下げたいくらいだが。


「ねえ、凛くん。」

「何だよ。」


話をするなら手首を解いて欲しいけど、無理だろうな。

「凛くんは、何で俺の名前を呼んでくれないの?」

唐突にあさってな質問が来て、答えに詰まる。
何で今それなんだ。

「…それ、関係あるか?」

別れたのに、今更。

「凛くんはさ、俺の事、好きじゃなかったよね。
俺が可哀想だったから付き合ってやったって感じだもんね。」

益々答えにくい。
確かに最初はそうだっただけにマジで答えにくい。

「…全く好きじゃねえ訳じゃなかったよ。」

言葉を選んだつもりだけど、我ながら微妙だなと思った。
俺は本当にそういうセンスが無いのだ。
しかし篠井は何故か微笑んでいる。

「良いんだ、もう気を使ったりしなくて。」

その言い方に、少し引っかかった。

篠井はベッドから降りて電気を点けた。

「ここって…。」

「うん、俺の実家。」

あまり自分の事を話さない篠井から1度だけ聞いた事のあった、篠井の実家の話を思い出した。

確か祖父さんの遺した家に母親と二人暮しで住んでたけど、中学卒業する頃に母親が亡くなってからはそこを出て一人暮らしをしている、と聞いた。
身寄りは母方の叔父が一人…。

俺が篠井について知ってる事なんて、それくらいしかない。


そんなに広くもない部屋なのに、ベッドは大きい。
調度品は少し古めのデザイン。でも、高そうだ。
窓はカーテンがきっちり閉ざされていて、今が昼か夜かもわからない。

話の通りここが篠井の実家なら、数年空き家だったって事だよな。
周辺環境はどうなってんだろう?
住宅街にあるのか、はたまた山の中の一軒家だったりするのか。



「…何で俺を、此処に連れてきた?」

俺は篠井に聞いた。
普通に考えりゃ、監禁して凌辱する為、かな…。
誰にも気づかれなければ、俺はこのまま此処で死ぬ迄ヤリ殺されるんだろうか。


(それだけ、捨てた俺を恨んでるって事なんだろうなあ。)


誠意のない奴を振って逆恨みされるなんて理不尽な話だな、と思いながら篠井を見つめる。


だが、篠井は。



「今日から此処が俺と凛くんの新居になるからだよ。

結婚するんだし、広い方が良いよね。


これから手狭になるんだし。」

「…は、あ?」

「凛くんが愛してくれなくても大丈夫。
俺がその分、凛くんを愛するからさ。

俺と凛くんの子供、可愛いだろうね。
凛くんに似てると嬉しいなあ。」



光の無い瞳には、俺だけが映っている。


(突き放し過ぎたのか…。)



篠井の深淵が思いの外 深かった事に、俺は後悔した。


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