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16 まもるべきもの (八尋)
しおりを挟む俺は琉弥との離婚を、もう少し延ばす事にした。
ほんの小一時間話しただけで、全く知らない事実がボロボロ出て来たんだ。
整理する時間が欲しい。
番の解除という判断への自信も揺らいだ。
佐々木の言葉を鵜呑みにして、俺に相談すらしなかった琉弥の対処は愚かだったかもしれないけれど、琉弥だけが悪い訳じゃない。
でも番の癖に他の人間と性交渉を重ねたのは、やはり直ぐには許せなかった。
事情も理由も理解していても、心が納得できない。
琉弥は俺を好きだ。
俺だけを好きだ。
琉弥の涙でそれが痛いくらいにわかったから、許せないけれど、許したい気もしてる。
しかも時間の経過と共に、寧ろ…俺の所為で琉弥が傷ついたのでは…?
と、考え始めた。
琉弥は俺の番になってしまったから、佐々木に利用されたのだ。
そして翌日の朝、前夜 布団の中で俺に蝉のように抱きついて寝ていた琉弥の、泣き腫らした寝顔を目にしながら呟いた。
「…許せん、佐々木め…。」
よくも俺だけじゃなく、俺の番迄も弄んでくれたな。この俺が何時迄もやられっぱなしでいると思うなよ…。
俺は枕の下に置いていたスマホを取り出し、電源を入れた。
相変わらずまあまあの数のメッセージの数は勿論大半が佐々木からだ。
既にルーティン化してるんだろうな、これ。
俺は呆れながら佐々木のページに飛んだ。
ーー具合い、どう?気を使って予定キャンセルしてあげたよ。世話係が必要だろ?
悔しいけど、まだソイツはひろの番だもんね。
ソイツと別れたら俺がきちんと体調管理してあげるから心配しないでね。ーー
から始まり、どうでも良いようなメッセージが幾つか続き…。
ーーおはよう。具合いどう?妊娠でもないのに何で体調崩してるのかな。
アイツのせいだよね。
いつ別れるの?
俺、先週広めの部屋にやっと引っ越せたって言っただろ?
色々準備に時間はかかったけど、これでいつでもひろを迎えられる。ーー
「……。」
原因を作った奴がよくもまあ、と思うような文章がつらつら並んでいるのは流石というか何というか。
何故、妊娠ではない事を知ってるのかには今更驚かない。琉弥が話す訳もないから、佐々木本人が何らかの手段で探ったんだろうが、
どうやったんだか、怖くて突っ込めんわ。
しかも琉弥が原因になるような原因を作ったのはお前な訳だが。
何で離婚原因になった旦那の不倫相手と、元嫁の俺が一緒に住むと思うのか。
冗談なのか本気なのか…。
佐々木の思考回路がおかしいのを考えれば、本気と考えるべきか。色々準備、の内訳が気になる。
住まいを変えた事以外にも何かあるのか。
…いや、細かい部分はどうでも良いか…。
全部確認するのも疲れるので、一番下迄スクロールして、俺はこの2年で初めて返信を打った。
ーー琉弥に全部聞いた。
一度、話をしよう。
今夜、8時以降を空けておけ。場所については追って連絡する。ーー
送ると同時に既読がついてげんなりする。
まさかずっとページ開きっぱなしなのか。それとも今また何か打ち込もうとしていたのか。
ーーやっと返事くれたね。嬉しいよ。
わかった、空けとくね。
連絡待ってる。
楽しみにしてるね。ーーー
佐々木から来たのはそんな惚けたような返事だった。
どんな気持ちでこの文を打ち込んだんだろう、と思った。
琉弥から話を聞いた俺が、別れを決意したとでも思ってるのかもしれん。
もしかしたらこれも佐々木の手なのかもしれないが、楽しみにしてる、って文面からは、そうとしか感じ取れない。
佐々木は自分に都合のいいようにしか受け取らないし解釈しないように思える。
「8時か。」
不意に肩越しに声が響き、俺はびくりとした。
「…起きてたのか。」
「ああ。」
何処からなのか、琉弥は起きて俺の一連の作業を見ていたようだった。
「初めて返事、とか言ってたが…何時から連絡が来ていたんだ?」
「半年くらい前からだ。ストーカーみたいな感じだったから用心はしてた。
でも考えてみたら、変な気配はもっと前からあったんだよなあ。」
そう答えると琉弥は絶句した。
そうだな、自分が食い止めてるつもりだったのに裏ではちゃっかり接触を図られてたんだから、体張った本人としてはショックだろうな。
だけど今はまず…。
「琉弥、今日ってどっか知ってるホテルの部屋って取れる?
少し広い部屋が良い。
出来れば寝室が別になってるような。」
俺が言うと、琉弥が頷いた。
とても我儘を言ってるのはわかってるんだけど、どうしてもこの家には入れたくないし、人目のある場所で話せる内容でもない。
ベッドを目にしながら話すのも嫌だし、仕方ないのだ。
「Sホテルのスイートを取ろう。」
「ありがとう。」
土曜日なのに直ぐに部屋が予約出来るって事は、Sホテルもやはり徳永家の御用達の一つなんだろう。
「予約取れたら詳細教えてくれ。」
そう言うと、わかったと言って俺を背中から抱きしめる琉弥。
布団の中は体温高めの琉弥のお陰で暑いくらいぬくぬくだ。
「…勝手に呼び出し決めてごめんな、琉。」
「いや、俺は逆に八尋に知られた事、ホッとしてる。ずっと苦しかった。
本当は俺がさっさと決着をつけなきゃいけなかった…。」
ごめん、と琉弥は俺の肩に顔を埋めてきた。
俺はもう、琉弥を責める気は失せていた。
複雑な気持ちではある、でも琉弥を巻き込む原因になった俺が一方的に被害者ぶるのもおかしいからな…。
俺は先延ばしではなく、再構築を選ぶ。
「…八尋、俺を捨てないで欲しい。」
琉弥にそう言われて、俺は肩に乗っている頭に頬を擦り付けた。
この2年で琉弥のメンタルがかなり参ってるのはわかった。
俺が別れたりしたら、Ωの俺を差し置いて弱り死ぬかも。
「心配するな。」
琉弥はホッと息を吐いた。
不思議な事に俺は、こうなってから初めて、琉弥との番の絆を強く感じている。
琉弥が俺を守ろうとしてくれたように、俺も琉弥を守らなければならない。
俺達の暮らしを、人生を守らなければ。
そう、強く思った。
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