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14 切り出す (八尋)
しおりを挟む「…ひろ、八尋。」
起こされたのは午後7時すぎ。声の主は琉弥だった。
少しぼんやりして、徐々に状況を把握する。
そうか、あれから寝入ってしまったのか…。
「帰るなら帰ると連絡してくれ。」
スーツを脱ぎながら言う琉弥を眺めながら ごめんと謝ると、琉弥がギョッとした顔で慌ててベッドに歩み寄って来て、八尋の傍に屈んだ。
「いや、責めた訳じゃない。悪かった。」
「琉弥、どうせ遅い日だしいいかなって。」
そう言うと、琉弥の顔が僅かに歪んだように見えた。
「…八尋が帰る日なら、切り上げてでも帰ってくる。」
それを聞いて、ふぅん、そっか…と思う。未だ俺にも気持ちが残ってるって事なのか?
そうか。琉弥は同時に2人愛せるタイプなのか。
現段階での愛情の比率はどちらに軍配が上がってるのかは知らないけど、一応未だ俺にも愛は残っているらしい。
でも、俺はそんな誰かの食い残しみたいな愛は要らないんだよなあ…。
第一、人間をシェアするのは不衛生だ。
俺は少し起き上がり、枕を背に座った。
「何で俺が今日帰ってるってわかったの?」
「それは…、部下がたまたま、移動中にこの辺を通って八尋らしい人を見たって言うから…。」
部下…。佐々木だ。
琉弥に俺が帰った事を教えたのは、多分、佐々木。
だって他に何処から連絡なんか入る?
俺の顔を一度や二度くらい見た事のある社員は確かに結構いるよ。でも、その程度の関わりで、何処にでもありふれていそうな平凡面を記憶出来る人間なんてそう居ないんじゃないのかと思う。
本当に仕事の移動中だったのかは怪しいもんだけど、佐々木くらいしかいないと思った。
…琉弥は、佐々木と俺が顔見知りだと知っているんだろうか?
「具合い、悪いのか?
熱は?」
額で熱を計ろうとする手を、反射的に避けてしまった。
琉弥の えっ?と驚いた顔を見て、少ししくじったと思った俺は咄嗟に誤魔化した。
「大丈夫、昨日ゲームしてて寝れなかったから、ちょっと眠かっただけ。」
本当はこの一週間、頗る気分も具合いも悪い。
けれどそれを言うのが嫌だった。
俺なりに考えたんだ。
単なる勘だけど、今 琉弥の庇護下から抜け、このマンションを出るのは得策では無い気がする。
番を結んだままでは、もし佐々木に何かされた暁には、俺は廃人になり…死…?
昨夜から何度目かの悪寒が背中を走る。
いや冗談じゃないぞ。
なんで俺が。
流石にめちゃくちゃ重罪になるから普通の人間ならそんな事考えないだろうと思うんだけど、来るメッセージの一つ一つから普通じゃない何かを感じるから、万が一って事もある。
寒気が止まらなくなった。
琉弥は急に考え込んだ俺の様子に、少し困惑しているようだった。俺は暫く気持ちを落ち着けた後、曖昧に笑ってみせて、ゆっくりベッドから降りた。
「食事、用意してないんだ。冷蔵庫に入ってるビーフシチュー、出して良いの?」
「あ、ああ…。」
「そっか。ならアレあっためるよ。琉弥のビーフシチュー、美味いもんな。」
ニコッと笑ってやると、琉弥もホッとしたように笑みを浮かべた。
けれど俺はその夜から、体調の優れない事を理由にして、琉弥からのセックスの求めに応じる頻度を下げていった。
不思議な事に、メンタルがホルモンバランスに影響を及ぼしたのか、それ迄順調に来ていたヒートが遅れだした。
そうなると流石に琉弥も訝しみ出す。妊娠かとも疑われたが、まず検査薬でも陰性だったし、さっさと病院に行って違う事も証明された。
いい加減 エスカレートしていく佐々木のメッセージに怯えるのも飽きて来ていた俺は、その夜リビングで、ようやく番の解除を切り出した。
勿論、琉弥と佐々木の関係を知っている事を明らかにした上で。
最近では未だ夕方なのに視線を感じる事もあって、危機感が半端なくなってきている為、琉弥と別れて遠い場所に移り住む事を視野に入れている。
琉弥は呆然として、只々、違うんだ…これには理由が、なんて言っていて、全く話が出来る状態じゃないように思った。
「お互い一旦落ち着いて、明日また仕切り直そう。」
俺がそう言って、最近よく使っている客用寝室に行こうとすると、後ろから抱きつかれた。一瞬、肌が粟立つような嫌悪感に襲われた。
だが、直ぐに抱きついてきた琉弥の様子がおかしい事に気づいた。
「…琉?どうした?」
俺の首から肩が急速に濡れていく。琉弥が泣いているのはわかったが、それにしては鼻をすする音もしない。
妙に思って、琉弥の腕を緩めさせて振り向いてみた。
琉弥の顔は血の気が引いて真っ青だった。だが、表情が抜け落ち、目を見開いていて、そこから滝のような涙が流れ出ているという異様さ。全身も僅かに震えている。
「…琉?」
呼びかけると、目の焦点がやっと俺に合ってくる。
こんな琉弥を見るのは初めてで、俺の方が困惑してるんだが。
「…ごめ…、」
琉弥の唇から漏れ出た小さな声は震えていて、日頃の姿からは想像もできない様に俺の胸もちくりと痛む。
でも、バレてこんな風になるくらいなら何故浮気なんか、としか思えなくて、何処かでは冷めた気持ちもあった。
「別れ、たくない…別れたく、ない…別れたくない…。」
取り敢えずは、ブツブツとそればかりを唱えるように呟きだした琉弥を落ち着かせなければならない。
仕方がないので俺は琉弥の背中を軽く叩いて、ソファに座らせた。
「…一応、言い訳があるなら聞こう。」
それで俺の気持ちが変わるかはわからないけど、佐々木がどんな風に 俺バカだった琉弥に仕掛けたのかに興味があった。
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