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29 最終回・吉日は3週間後

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邸へ戻り。

足腰が立たず、ヨタヨタと産まれたての子鹿のような俺を見て 由人さんはニヤニヤ笑い、シッターさん達からは、

「大丈夫です。莉乃ちゃんの事はお任せ下さい。」

と頼もしい言葉をいただいた。

で、肝心の莉乃はと言えば。

「すぐそこだからちょっといってくるね。ちゃんとねててね!」

「てくるね!」

「……ウン、イッテラッシャイ…。」

…パパがいなくて寂しかったとか、パパが一緒じゃなきゃとかは?
前から思ってたんだけど、莉乃って嵐くんといるとお姉ちゃんっぽく振る舞っている気がする。
嵐くんも嵐くんで、莉乃についてまわってるし。
なんだか弟っぽいと言うより、犬っぽいような。

そんな訳で、何とも言えない思いで出かけて行く莉乃達を見送った。
とはいえ、直ぐそばなので徒歩だ。徒歩3分だ。

「南側の部屋の窓から園内の様子見えるよ。上がる?
莉乃ちゃん達も見えるかも。」

「そっか。見えるって言ってたっけ。」

俺がそう言うと、名城は頷いて俺を抱き上げた。
え、ウッソ。俺、Ω化したって言っても結構普通の身長体重の男の体だし、それなりに筋肉ついてるから重いのに。

「い、いいよ、歩けはするから。」
 
「この方が早いでしょ。」

「ひぇ…。」

見掛ける使用人の方々は微笑んで端に寄り頭を下げてくれるが、この図は彼らの目にどう映っているんだろうか。
良い歳の冴えない成人男性が超絶イケメンにお姫様抱っこされているっつーこの図は。

(い、いたたまれん…。)

思わず赤面して両手で顔を覆ってしまう俺と、それを全く意に介さずエレベーターへと歩く名城。
エレベーター前にはやっぱりニコニコしながら使用人の女性が待ち構えていて、エレベーターを開けてくれ、ついでに3階のボタンも押してくれた。
見守ってますよ、的な笑顔が痛い。

あー…もうここ、来れない…。


3階の一室で窓辺に座って少し先を見下ろすと、確かに園内が見えた。

「あ、キリン…。」

シマウマとか見えるな…草食動物のエリアらしい。
歩いてる来園者の姿はチラホラ見えるが、莉乃達はいないようだ。
もう通り過ぎてたりして。

見えるのは一部分だけだし、必ずしも見える訳じゃないよな。
キリン見れただけでもラッキーだ。


部屋に暖かい紅茶を運んでもらって、名城と話しながら外を眺めている。
何だか、不思議な気持ちだ。

初めて会った日も、莉乃を送って帰る時にずっとついてこられて話しかけられていた時も、こんな未来が来るなんて考えもしなかった。

男なのに男性不信で男性恐怖症の俺に、番が出来るなんて有り得ないと思ってたし、ずっと一人で良いとも思ってた。
仕事があって、莉乃を立派に育て上げさえすればそれで、俺のつまらない人生にも、少しは価値があったと思えるかな、なんて考えたりして。

こうして誰かと愛し合って、互いに求め合って必要とし合って、人生の伴侶ができるだなんて。

それが、あれだけ嫌悪していた男性だなんて。



「俺さ」


名城は目線を窓の外から俺に向けた。
自分が持つ紅茶の湯気の向こうに名城が不思議そうな顔で次の言葉を待っている。


「幸せだよ。」

俺がそう言って紅茶を啜ると、名城の頬が緩んだのが見えた。

「俺もです。」

良かった。


それから、肝心な事を思い出した。こんな時なのにムードが無いと思われそうだな。

「俺、このままだと間違いなく妊娠する気がしてるんだけどさ…。」

「めちゃくちゃ中出ししたもんね。」

「上品な顔でマジレスすんな。」

「俺、子供は何人いても嬉しいけど、咲太さんの体が心配。上限決めとこっか。」

「上限…。」

「出産って体に多大な負担なんでしょ。だから無理無く計画的にさ…。」

「…金融会社のCMみたいだな。」

「莉乃ちゃんも未だ3歳…もう直ぐ4歳か。
下が産まれる頃には5歳になる少し前。
うん、良いお姉ちゃんになるだろうね。」


真面目な顔して言ってる…。


「莉乃に、何て説明しようかな。お父さんが出来た?」

「パパがもう1人増えたで良いんじゃない?莉乃ちゃん賢いから、薄々察してるみたいだよ。」

名城の言葉に驚く。察してるって、何?

「だって最近、顔合わせる度に言われるもん。
莉乃達、何時頃 引越してったら良い?って。」

「………マジかぁ。」


それって、意味わかって言ってるのかなあ。

「ツガイってケッコンでしょ?って言ってたから、そこそこわかってるんじゃない?」

「……保育園ってそんな事迄教えたっけ?そんな訳ないよな?未だだよな?」

「保育園じゃないけど、テレビで観たり、大人の会話を聞いてたりじゃない?子供は意外と聞いてるからね。」

そう言われてしまうと、確かにそうかも。
特に莉乃は理解力が高いから有り得るな~…。

再び窓の外を見て考え込む俺の目に、見覚えのあるダウンを着た小さな女の子の姿が飛び込んで来た。
少し遠目だけど、あれは莉乃だ。その証拠に直ぐ後ろにシッターさん達と小さな男の子らしき姿が見える。

向こうからはこっちは見えないだろうなあ、と思いながらもピンク色を目で追う。

そんな俺に名城が言った。


「で、何時頃、引越してくる?」

「えっ?」




因みに直近の引越しの吉日は、3週間程後である。















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