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11 あの夜 (真田side)

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後天性Ωは、変異して当初、αの匂いを嗅ぎ分ける嗅覚が発達しきれず鈍いと言う。
同時に、後天性Ωの匂いも、まだ中途半端な時期のものは余程相性の良いαでなければ嗅ぎ取れないとも聞く。
それが本当なら、俺と先輩はかなりの相性の良さって事だ。

そして、後天性Ωの鼻の利かなさを知っていた俺はそれを利用して、先輩にマーキングをした。
事ある毎に接触を図り、体にも持ち物にもベタベタと俺の匂いを付けて。
幾重にも、念入りに。

勿論、他のαを牽制する為だ。

"コレ"は俺のものだ、と決めていた。
この男は、俺のΩだと。


だからこそ、来たるべきその瞬間の為にずっと近しくいたのだ。

もしあの頃、周囲に他のαがいたとしたらわかった筈だ。

俺が見つけた、俺のΩを誰にも触れさせない為に、俺が牙を剥いて威嚇していた事を。

俺は守っていたんだ。俺以外のものから、先輩を。


そう、"俺以外"、から。




状況が変わったのは、それから暫くした頃だった。
俺が入社して2年目に入り、ひと月。
先輩との付き合いも、丸一年以上経って、俺達は先輩後輩という以上に親密になっていると感じていた。
けれど先輩は、まあ…完全なヘテロ男性だったんで、度重なる俺のアプローチに気づく事すらなかったし、何なら意識すらされてはいなかったが、俺としてはそれくらい鈍感でいてくれた方が安心だった。
未だ時は来ないと思っていたからだ。

だが、"その時"は思いの外、早く来た。





「金曜か…何か食って帰るか。」

少しの残業後、先輩は座ったまま伸びをして、それから首を左右に倒してコキコキとほぐしながら言った。

「いいですね。行きたい店あります?」

「う~ん…先月駅裏にオープンした和風ダイニング、ちょっと気になるな。」

先輩は凄く酒好きって訳じゃないけど、酒の場の雰囲気が好きらしくて、美味い肴があればちみちみ飲む。
俺はよくそれに付き合った。酔いと共に少しづつ頬が赤らんで、上機嫌に喋る先輩を眺めているのは楽しかった。
何時もより少し口数が増えて、ちょっとだけ舌っ足らずになるのが可愛くて、放っとけない人だと思わせる。
でも歩けない程飲む訳でもなく、加減は知っているところがちゃんと自制心のある大人で少し残念。

先輩のリクエストで行った駅裏のダイニングはオープンから1ヶ月以上経過していたからか、客入りは落ち着いていてすんなり座れた。

「色々揃ってるなあ。何飲も。」

襖で仕切られた座敷、掘りごたつの座席。
少し薄暗いオレンジ色の照明に、部屋の隅に和紙スタンドの間接照明。
よくあると言えばよくある店だ。
どうせ座敷で酒と肴なら、本当は子供の頃から行きつけの日本料理屋とか馴染みの店に連れていきたい。その方が完全個室で、周囲の客と遮断されるし気兼ね無く色々楽しめる。
先輩がΩとして完全覚醒したら、速攻口説き落として番にしてあちこち行きつけの店にも連れて行こう。
そう思いながら目の前で嬉々としてメニューを見る先輩を眺めた。

先輩からは、相変わらずふわりふわりと優しい匂いがしていた。


先輩は秋田の酒だという甘口の吟醸酒を選んだ。
ちびちびと口に含み舌の上で味わっているらしく、頬にぽっと朱が差して、色っぽい。目が少し蕩けて唇に笑みが乗って、ご機嫌だ。
明日が休みだから何時もより羽目を外したらしい。
酔いで体温が上がったからか、匂いも何時もより……

と、思った瞬間。

どくり

強く脈打ったのは俺のαとしての本能だ。
股間が瞬時に昂った。


先輩の、実をつける前の花のような清楚な優しい匂いには、何時の間にか熟れた果実の甘く誘うような濃厚な香りが混ざりだしていた。



その時俺にはわかった。

摘み時が来たのだ、と。





中座して手洗いで抜いて、それでもおさまらない熱は俺を苦しめた。
俺がそんな調子だからか、先輩の様子も少しおかしい。

「何だか、いい匂いがする。変わった香りの芳香剤だよな。」

俺の匂いに僅かな反応。
先輩は自分の体に起きた事を未だ自覚していないらしい。

(鈍いにも程があるな…。)

俺は苦笑いしながらこめかみから伝う汗を、手の甲で拭った。
通常のΩなら、αがここ迄発情していれば、つられてヒートを起こしたっておかしくはないってのに。
先輩は自分がどんな匂いを発しているかの自覚すら未だ無いんだ。これだけ濃い匂いを発しているのに、ヒートも起きていないのか。
不可解過ぎる。

後天性Ωというものは、俺の知っている常識すら超えていくものなのか。俺だけが先輩の匂いにアテられて、焦燥感や激しい欲望と戦っている。
今すぐ此処で先輩を押し倒したいのに。
舐めてしゃぶって濡らしてぐちゃぐちゃになった場所に挿入れて、啼かせて、孕ませたい。
自分の手じゃなくて、貴方の肉壁で扱きたい。


何とか平静を装っていてもそれにも限界があって、顔は赤いし息は荒い。
流石にそれには気づいたらしい先輩が、そろそろ帰るか、と時計を見て言った。
何時ものお開きよりは少し早目の時間。

その気遣いが嬉しくて、少し憎らしい。
俺をこんな風にしたのが自分だなんて、この人は微塵も知らないんだ。

心配そうな表情に、無理矢理笑ってみせて、何時もの駅で別れた。

別れて、跡を尾行けた。


電車を降りて歩き出した先輩は、帰り道で徐々に酔いが覚めていっているのか、足取りはしっかりしていた。
スラックスに包まれた腰や尻は程良い肉づきで俺を誘うように揺れている。どんな風に俺を締め付けてくれるんだろうかと期待に胸が熱くなる。脳髄が痺れて、もう俺はあの人の匂いに誘引されていく蛾か虫のような気分だった。

俺はネクタイを外して鞄からマスクを取り出した。

一刻も早く、一刻も早く 俺のものにしてしまわなければ、他のαに奪られる。
マーキングだ。より深い場所に、マーキングを。


暗がりに引き込んで羽交い締めにした。
αの本気の力にβや、ましてやΩが逆らえる筈も無く、抵抗を封じるのは容易かった。

最初は固く拒まれたその秘部に力づくで押し入り、無力感を与え。
2度目は 自失しているのに体だけはΩとしてαを迎える為に熱くうねり出したソコを思うさま突いて奥の奥に射精した。


その夜 うなじを噛まなかったのは最後の理性だ。


理由は単純。


合意の無い場合の番契約は、成約率が低い。
特に、稀な変異で出現するという後天性Ωは、意に沿わぬαの求愛を自由意志で拒否出来ると聞いた事があった。

今噛んでもおそらく無駄骨。

熱病のようなあの最中にあって、そんな狡猾な計算だけは働いた。









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