11 / 30
11 あの夜 (真田side)
しおりを挟む後天性Ωは、変異して当初、αの匂いを嗅ぎ分ける嗅覚が発達しきれず鈍いと言う。
同時に、後天性Ωの匂いも、まだ中途半端な時期のものは余程相性の良いαでなければ嗅ぎ取れないとも聞く。
それが本当なら、俺と先輩はかなりの相性の良さって事だ。
そして、後天性Ωの鼻の利かなさを知っていた俺はそれを利用して、先輩にマーキングをした。
事ある毎に接触を図り、体にも持ち物にもベタベタと俺の匂いを付けて。
幾重にも、念入りに。
勿論、他のαを牽制する為だ。
"コレ"は俺のものだ、と決めていた。
この男は、俺のΩだと。
だからこそ、来たるべきその瞬間の為にずっと近しくいたのだ。
もしあの頃、周囲に他のαがいたとしたらわかった筈だ。
俺が見つけた、俺のΩを誰にも触れさせない為に、俺が牙を剥いて威嚇していた事を。
俺は守っていたんだ。俺以外のものから、先輩を。
そう、"俺以外"、から。
状況が変わったのは、それから暫くした頃だった。
俺が入社して2年目に入り、ひと月。
先輩との付き合いも、丸一年以上経って、俺達は先輩後輩という以上に親密になっていると感じていた。
けれど先輩は、まあ…完全なヘテロ男性だったんで、度重なる俺のアプローチに気づく事すらなかったし、何なら意識すらされてはいなかったが、俺としてはそれくらい鈍感でいてくれた方が安心だった。
未だ時は来ないと思っていたからだ。
だが、"その時"は思いの外、早く来た。
「金曜か…何か食って帰るか。」
少しの残業後、先輩は座ったまま伸びをして、それから首を左右に倒してコキコキとほぐしながら言った。
「いいですね。行きたい店あります?」
「う~ん…先月駅裏にオープンした和風ダイニング、ちょっと気になるな。」
先輩は凄く酒好きって訳じゃないけど、酒の場の雰囲気が好きらしくて、美味い肴があればちみちみ飲む。
俺はよくそれに付き合った。酔いと共に少しづつ頬が赤らんで、上機嫌に喋る先輩を眺めているのは楽しかった。
何時もより少し口数が増えて、ちょっとだけ舌っ足らずになるのが可愛くて、放っとけない人だと思わせる。
でも歩けない程飲む訳でもなく、加減は知っているところがちゃんと自制心のある大人で少し残念。
先輩のリクエストで行った駅裏のダイニングはオープンから1ヶ月以上経過していたからか、客入りは落ち着いていてすんなり座れた。
「色々揃ってるなあ。何飲も。」
襖で仕切られた座敷、掘りごたつの座席。
少し薄暗いオレンジ色の照明に、部屋の隅に和紙スタンドの間接照明。
よくあると言えばよくある店だ。
どうせ座敷で酒と肴なら、本当は子供の頃から行きつけの日本料理屋とか馴染みの店に連れていきたい。その方が完全個室で、周囲の客と遮断されるし気兼ね無く色々楽しめる。
先輩がΩとして完全覚醒したら、速攻口説き落として番にしてあちこち行きつけの店にも連れて行こう。
そう思いながら目の前で嬉々としてメニューを見る先輩を眺めた。
先輩からは、相変わらずふわりふわりと優しい匂いがしていた。
先輩は秋田の酒だという甘口の吟醸酒を選んだ。
ちびちびと口に含み舌の上で味わっているらしく、頬にぽっと朱が差して、色っぽい。目が少し蕩けて唇に笑みが乗って、ご機嫌だ。
明日が休みだから何時もより羽目を外したらしい。
酔いで体温が上がったからか、匂いも何時もより……
と、思った瞬間。
どくり
強く脈打ったのは俺のαとしての本能だ。
股間が瞬時に昂った。
先輩の、実をつける前の花のような清楚な優しい匂いには、何時の間にか熟れた果実の甘く誘うような濃厚な香りが混ざりだしていた。
その時俺にはわかった。
摘み時が来たのだ、と。
中座して手洗いで抜いて、それでもおさまらない熱は俺を苦しめた。
俺がそんな調子だからか、先輩の様子も少しおかしい。
「何だか、いい匂いがする。変わった香りの芳香剤だよな。」
俺の匂いに僅かな反応。
先輩は自分の体に起きた事を未だ自覚していないらしい。
(鈍いにも程があるな…。)
俺は苦笑いしながらこめかみから伝う汗を、手の甲で拭った。
通常のΩなら、αがここ迄発情していれば、つられてヒートを起こしたっておかしくはないってのに。
先輩は自分がどんな匂いを発しているかの自覚すら未だ無いんだ。これだけ濃い匂いを発しているのに、ヒートも起きていないのか。
不可解過ぎる。
後天性Ωというものは、俺の知っている常識すら超えていくものなのか。俺だけが先輩の匂いにアテられて、焦燥感や激しい欲望と戦っている。
今すぐ此処で先輩を押し倒したいのに。
舐めてしゃぶって濡らしてぐちゃぐちゃになった場所に挿入れて、啼かせて、孕ませたい。
自分の手じゃなくて、貴方の肉壁で扱きたい。
何とか平静を装っていてもそれにも限界があって、顔は赤いし息は荒い。
流石にそれには気づいたらしい先輩が、そろそろ帰るか、と時計を見て言った。
何時ものお開きよりは少し早目の時間。
その気遣いが嬉しくて、少し憎らしい。
俺をこんな風にしたのが自分だなんて、この人は微塵も知らないんだ。
心配そうな表情に、無理矢理笑ってみせて、何時もの駅で別れた。
別れて、跡を尾行けた。
電車を降りて歩き出した先輩は、帰り道で徐々に酔いが覚めていっているのか、足取りはしっかりしていた。
スラックスに包まれた腰や尻は程良い肉づきで俺を誘うように揺れている。どんな風に俺を締め付けてくれるんだろうかと期待に胸が熱くなる。脳髄が痺れて、もう俺はあの人の匂いに誘引されていく蛾か虫のような気分だった。
俺はネクタイを外して鞄からマスクを取り出した。
一刻も早く、一刻も早く 俺のものにしてしまわなければ、他のαに奪られる。
マーキングだ。より深い場所に、マーキングを。
暗がりに引き込んで羽交い締めにした。
αの本気の力にβや、ましてやΩが逆らえる筈も無く、抵抗を封じるのは容易かった。
最初は固く拒まれたその秘部に力づくで押し入り、無力感を与え。
2度目は 自失しているのに体だけはΩとしてαを迎える為に熱くうねり出したソコを思うさま突いて奥の奥に射精した。
その夜 うなじを噛まなかったのは最後の理性だ。
理由は単純。
合意の無い場合の番契約は、成約率が低い。
特に、稀な変異で出現するという後天性Ωは、意に沿わぬαの求愛を自由意志で拒否出来ると聞いた事があった。
今噛んでもおそらく無駄骨。
熱病のようなあの最中にあって、そんな狡猾な計算だけは働いた。
21
お気に入りに追加
1,801
あなたにおすすめの小説
【完結】塔の悪魔の花嫁
かずえ
BL
国の都の外れの塔には悪魔が封じられていて、王族の血筋の生贄を望んだ。王族の娘を1人、塔に住まわすこと。それは、四百年も続くイズモ王国の決まり事。期限は無い。すぐに出ても良いし、ずっと住んでも良い。必ず一人、悪魔の話し相手がいれば。
時の王妃は娘を差し出すことを拒み、王の側妃が生んだ子を女装させて塔へ放り込んだ。
記憶の欠片
藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。
過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。
輪廻転生。オメガバース。
フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。
kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。
残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。
フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。
表紙は 紅さん@xdkzw48
転生令息の、のんびりまったりな日々
かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。
※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。
痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。
※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.
もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!
をち。
BL
公爵家の3男として生まれた俺は、家族からうとまれていた。
母が俺を産んだせいで命を落としたからだそうだ。
生を受けた俺を待っていたのは、精神的な虐待。
最低限の食事や世話のみで、物置のような部屋に放置されていた。
だれでもいいから、
暖かな目で、優しい声で俺に話しかけて欲しい。
ただそれだけを願って毎日を過ごした。
そして言葉が分かるようになって、遂に自分の状況を理解してしまった。
(ぼくはかあさまをころしてうまれた。
だから、みんなぼくのことがきらい。
ぼくがあいされることはないんだ)
わずかに縋っていた希望が打ち砕かれ、絶望した。
そしてそんな俺を救うため、前世の俺「須藤卓也」の記憶が蘇ったんだ。
「いやいや、サフィが悪いんじゃなくね?」
公爵や兄たちが後悔した時にはもう遅い。
俺には新たな家族ができた。俺の叔父ゲイルだ。優しくてかっこいい最高のお父様!
俺は血のつながった家族を捨て、新たな家族と幸せになる!
★注意★
ご都合主義。基本的にチート溺愛です。ざまぁは軽め。
ひたすら主人公かわいいです。苦手な方はそっ閉じを!
感想などコメント頂ければ作者モチベが上がりますw
【 完結 】お嫁取りに行ったのにキラキラ幼馴染にお嫁に取られちゃった俺のお話
バナナ男さん
BL
剣や魔法、モンスターが存在する《 女神様の箱庭 》と呼ばれる世界の中、主人公の< チリル >は、最弱と呼べる男だった。 そんな力なき者には厳しいこの世界では【 嫁取り 】という儀式がある。 そこで男たちはお嫁さんを貰う事ができるのだが……その儀式は非常に過酷なモノ。死人だって出ることもある。 しかし、どうしてもお嫁が欲しいチリルは参加を決めるが、同時にキラキラ幼馴染も参加して……? 完全無欠の美形幼馴染 ✕ 最弱主人公 世界観が独特で、男性にかなり厳しい世界、一夫多妻、卵で人類が産まれるなどなどのぶっ飛び設定がありますのでご注意してくださいm(__)m
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる