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10 真田の思惑 (真田side)

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目の前に極上肉がぶら下げられてる状況。
或いは、そうだな…
甘党の人なら、極上のスイーツ。酒好きなら、幻の銘酒なんて言われてる酒。
金好きなら、札束の山か金塊、でかい宝石。

何でも良いけど、自分の一番好きなものを想像して見て欲しい。


それが常時目の前にずっとぶら下がってる訳だ。周囲には邪魔する奴もいない。
しかもソレは時折、ピタピタと頬を撫でてくる。


早く手に入れなくて大丈夫なのか?
他の奴に奪われても後悔しないか?

蠱惑的な微笑みを浮かべながら、耳元でそう囁かれ続ける。


拷問だぜ。







大学を卒業して、じいさんの会社の子会社に入社した。
まあ、社会勉強だ。
ウチは従兄弟も結構人数がいて、最初から本社勤務なんて特別待遇は無い。
使い物になると判断されたら数年で本社に移動になる。
篩にかけられるって事だ。
α家系ではあるけど、一口にαと言っても優秀さにはランクがある。
じいさんの会社と言っても、現社長は親父で、その兄である伯父が副社長、じいさんは会長職についている。
息子達に会社を任せたと言いながら、未だに実権を握ってるのはじいさんって事だから、俺らの中の誰を引き上げるのかはじいさん次第なとこもある。
で、俺は子供の頃からじいさんの覚えもめでたくて、その期待に応える実力もあるから子会社でもせいぜい2、3年だなと高を括って入社した。

踏み台程度に考えていたソコで、まさかあんな最高の肉が据え膳されてるなんて考えてもみなかった。


「峯原だ。今日からよろしくな。」

照れ臭そうに握手を求めて来たその表情がちょっと可愛いなと思った。
首から掛かるストラップの名は峯原 咲太。
咲太、なんて名前もちょっと可愛いんじゃないか?
まあ、βみたいだけど。

でもその控えめな笑顔が妙に気になったのは確かだ。

αとしての覚醒が結構早かった俺には、中学時代から黙っていても人が寄ってきた。
性欲処理にも困った事は無いし、バース性に関わらず、良い男も良い女も抱いてきた。勿論、Ωともそれなりに遊んだ。
残念ながらその中に、番にしたい程に心が惹かれる人間はいなかったけど。

先輩の事も、ちょっと可愛いβだから、本社に戻る前にでも口説いてみるか、程度の気持ちしか無かった。最初は。

入社三年目で早くも後輩の指導を任された先輩は、結構優秀な社員なんだと思う。
教え方もわかり易いし的確。
感情的に振る舞う事も無く、若手ながら取引先にも信頼を得ているようだった。
優秀で人柄が良くて、優しくて控え目で、気遣い屋で、ちょっとした時に見せる笑顔が可愛くて。
そんなの、惚れない方がおかしい。
入社して3ヶ月も経った頃には、俺が呼び寄せられる時に合わせて本社に引っ張ろうと考えてた。
どうせめぼしいΩとも出会えてないし、連れ合いがβでも…という気になり始めていた。
αには若い内から良家のΩとの政略結婚、つまり番の打診があるもんだけど、それだって見合いで互いの相性は見るもんだ。俺はその見合いでも、ピンと来る匂いには出会えなかった。
相性が良くない場合、番を結んでもαの出生率は格段に下がる。言い方は悪くなるが、Ωが産まれるなら産まれるでも使い手はあるが、ウチみたいなα家系だと、やっぱり圧倒的にαに生まれて欲しいって圧があるもんなんだよ。

それを嫌という程理解しているから、相性を理由に見合いを断り続けても、親父もじいさんも何も言わなかった。
まあ、だからと言ってβを伴侶に、なんて言えば猛反対されるのは目に見えてる。
特に、βの男は"産めない"。

でも、仕事上で片腕にするって理由があれば話は別だ。

俺は先輩を、どうにか理由をつけて自分の傍に置いとけないか、そして公私共にパートナーに出来ないかを模索するようになった。


様子が変わってきたのは…そうだな、入社半年が過ぎた頃辺りだ。
休憩を取ろうと思って喫煙所に行った時だ。
と言っても、外の自販機横に置かれたベンチの前に灰皿が置かれてるからそう呼んでるだけで、別にウチの社が設けてる専用喫煙所じゃなかったんだが。

とにかくその日も俺はそこに向かって、そしてそこには先客として先輩が座ってた。
ベンチの背もたれに体を預けながら、ぼんやり空を眺めて煙草を蒸している。
その横顔と喉仏に、どくりと胸が鳴ったのを覚えている。

俺は先輩を見つけて、足早に近寄った。
足音に気づいたらしき先輩が俺を見て、ニヤッと笑って、おう、と手を振る。
何気ない日常だった。

先輩の横に座って貰い火をしたのは、単にライターを出すのが面倒だったからだ。
先にいる方から火を貰うのは
俺達の間では暗黙の了解だった。
その時。
先輩の顔が近付いたその時、有り得ない匂いがしたんだ。
ふわっと、本当に微かに。

特徴的なその匂いはαなら違える事は無い。

何処から?と、俺は周囲を見回した。
先輩に挙動不審だぞと笑われて、気の所為だったのかとその時は思った。

だが。

数日後、それはまた来た。

真横のデスクからふわりと柔らかな匂い。
まだ優しい、咲き初めた果実の花のような爽やかさを伴うそれは、断続的に香った。

先輩から、なのだろうか?

俺は未だ半信半疑だった。

と言うのは、俺から見れば先輩は可愛い男だが、それは人となりを知っているからこその話で、世間一般の評価としてはそれなりに男っぽい男。体だって筋肉質の…どう見ても普通のβ男性の筈だったからだ。

それに、体臭だって…日頃の匂いは一般人β男性とそう変わりなかった。俺はその匂いも好きだったが、この匂いは明らかに今迄とは違う。
そして、この匂いのベースである、先輩の体臭自体が少し変化しているのもわかる。



その時、俺の脳内に一つの仮定が浮かんだ。

先輩の体の内には、ある変化が起きている。


その可能性に気づいた時、俺は唇の端が上がるのを堪える事が出来なかった。


だが、言わない。
もしそうなら、今病院に行かれたら困った事になる。
変化途中に発覚した場合なら、ソレを止める事は、出来なくはないのだ。
ある種の投薬がそれを可能にしてしまう。
だが、完全に変化が成されてしまえば、それはもう変える事も戻る事も出来ない。
だから、黙っていた。

それに、俺は便宜上、βだという事になっている。
この会社では専務以上の人間しか、俺の素性は知らない。

それに、先輩に今起きている事を含め、全てを教えてしまえば、警戒される。

だから、口を噤む事にした。

時が来る迄。



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