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何故だろうか。

前はスルスル落ちた体重が、今回は何故かなかなか落ちていかない。おかしいな。

連載開始日まで後1週間を切ったというのに、俺の体重はあれから3キロしか落ちなかった。前は2ヶ月で6キロ落ちたのに、今回はその半分。しかも、元々の体重からもまだ2キロプラスの状態。一番痩せてた頃からしたら8キロ重いって事。
痩せてから華奢さをアピールする為にオーバーサイズの服に買い換えてたのがアダとなって、デブりゆく己に気づかなかった。無念。

風呂から上がった後、毎日の日課となったパンイチでの体重測定。
俺は厳しい表情でヘルスメーターを睨みつけるが、そんな事で体重が減る訳も無く。

「は~…もう無理じゃね…?」

この2ヶ月近く、色々試した。評価の良いダイエットサプリを摂取、食事は低カロリーに抑え、何なら夕食は抜いた。ジムに行く時間が無いからストレッチも取り入れたし、お陰で体は無駄に柔らかくなった。
なのに、落ちたのは3キロ。
え、何でこんなに落としにくくなってんの?俺まだダイエット2回目なんですけど?
色々調べてダイエットや美肌効果のあるというお茶を買ってきてくれたりと協力してくれたユーリも、ヘルスメーターを見下ろして

「う~ん…最悪の時期よりはいくらかマシにはなったけど、最盛期にはまだまだだね。」

と、何処か不安そうに言う。俺が痩せなきゃ自分に主役がのしかかってくるかもしれないって重圧からか、コイツも最近はずっと浮かない顔だ。
面目無い。

「やっぱり今回も主演は見送りか…。」

「頑張ってよ!!!頼むからあきらめないで!!!」

諦めモードの俺と、泣きべそのユーリ。

「いやでもさ。かなり頑張ったし、これ以上は厳しくね?」

「あと1週間あるだろ。」

「でもさ、落ちるペース的に見て、1週間で2キロは厳しいと思うんだよな。」

諦めモードなので、最早他人事のように客観的意見を述べてしまう俺を、ユーリはキッと睨みつけてきた。

「馬鹿!馬鹿マユ!」

「と、突然の罵倒…。」

「僕があれからどんな気持ちで毎日過ごしてると思ってんだ!」

涙目で叫ぶようにユーリは言った。

「え…なんかごめん。」

「ごめんじゃないよ!…不安で寝られないんだからな。」

そう言いながら、自分の目の下を指差すユーリ。そこには美貌に影を落とす結構な隈が。

「メイクでどうにかしてもらってるけどさ。これでホントに主役って事になったら、不眠どころじゃなくてプレッシャーで倒れるから。」

寝不足。そんなに?そう言えば最近、ユーリ窶れた。…つーか、痩せてね?

「…ユーリ、もしかして痩せた?」

俺の言葉に、ああ、そうかまも…答えるユーリ。やっぱり。何という皮肉。
俺じゃなくてユーリがダイエットしてしまった。

「ああ~…僕、体重落としたら貧血がひどくなるから絶対これ以上減らすなって言われてるのにぃ…。」

元々体の弱かったというユーリは、今でも貧血を起こす事がある為、増血剤を飲んでいる。これ以上ストレスを与えたら弱って死んでしまうかもしれん。

俺はじっ、と涙目のユーリを見つめた。

「…何?」

ぐすっ、と鼻を鳴らしながら俺を見返してくるユーリは本当に綺麗な顔をしている。何時もは意地悪そうに見える顔も、そんな風にべそかいてるとそんなものなりを潜めちゃうというか…。首なんかほっそりして、如何にもΩっぽい。少し伸びてきた髪がうなじにかかってるさまが色っぽくて、何とも噛みつきたくなるような…。

「…マユ?」

はっ

訝しげなユーリの声で我に返る俺。俺がユーリに見蕩れてどうする。
…とはいえ、今の俺よりユーリの方が遥かに適役な気がしてきてるのは事実。
だって俺が抜擢されたのは、‪α‬の恋人に裏切られ、せっかく出会った運命の番には既に番がいて、失意の内に儚くなるという理不尽な程の超絶不憫受け。
万が一にもぽっちゃり感など許されない。不憫にぽっちゃりはそぐわない。
今の俺と悲嘆に暮れるユーリでは、10:0でユーリに軍配が上がるわ。
全体的な条件が合致してれば少し顔の印象を変えるくらい、いざとなればメイクでどうにかできちゃうだろう。
せっかく俺を見初めてくれた字書きさんには申し訳ないが、もうそれしか…と目を閉じる俺。
しかしそんな俺に檄を飛ばしたのは、今迄べそかいてた筈のユーリだった。

「妙な百面相してないで!1人でラクになろうとしてんじゃないよ!言っとくけど、絶対僕にお鉢回したら許さないからな。友達やめるからな。
今更健気演技とか無理だから。憎たらしい悪役が僕のアイデンティティなんだから。路線変更とか絶対無理だから。」

「えぇ…んな事言ったってさあ…。」

もうほぼユーリに託す気でいた俺は少しムッと頬を膨らませる。

「あと1週間もないのに2キロ。多分、連載始まってからもこっそり体重落としてけって言われる訳じゃん。なら今既に出来そうな人がいるならさあ。」

「マユには責任感ってのが無いの?」

何時迄も消極的で煮え切らない俺の態度に、ユーリはとうとうブチ切れた。

「作家さんは、マユを見て、マユのイメージで書きたいって思ってオファーくれたんでしょ?そして、マユはそれを受けた。契約したんだよ?契約。そんな、キャラの首すげ替えてどうにか、って考えるの、甘いからね。
それにそれも社長が勝手に言ってるだけで、本当にどうするかは作家さんが決める事だからね。」

捲し立てるようにそう言ったユーリは肩で息をしていた。

「…ごめん。」

そうだよな、契約してるんだよな。簡単に他人に投げられる問題じゃないんだよな。
俺は反省して、自業嫌悪で頭が痛くなった。

服着よ。

「それに、」

部屋着のズボンに足を通す俺に、ユーリは続けた。

「マユの相手役の藍咲 翔悟。僕、あの人めちゃくちゃ苦手なんだよ。」

「あー、よく‪α‬役やってるよな。」

顔もガタイも特級品だけど、威圧感がすごくて、着実に人気と需要が増えてきてるキャラさんだ。

「僕、絶対に無理。ヤダ。だから、絶対絶対、頑張って。あと1週間でマイナス2キロ、確実にクリアして。
じゃなきゃ、絶交だから。」

そう言って、今度はほんとにしゃくり上げ始めたユーリ。

参ったなあ。
でも、頑張るしかないか。


俺はユーリの背中をさすりながら、溜息を吐いた。



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