NO.1様は略奪したい

Q.➽

文字の大きさ
上 下
23 / 46

しおりを挟む


 和久田の調査により全てが繋がった事で、取るべき行動は決まった。

 そして、その行動を起こす前に、麗都は祈里の姿を確認に行く事にした。
 調査書によると、祈里の出勤時間は平日の17時30分~18時の間だ。麗都はまず、顔を隠して夕方の公園に向かい、遠目から祈里の姿を眺めた。今までは、気にはなりながらも実際には足を運んだ事はなかった。麗都はたまたま見かけただけの祈里に惹かれ、関心を持ち、テンマとの遣り取りを見て不審を抱いた。そして好奇心から調べ始め、その現状を知っていく毎に、祈里に対する同情と憐憫を強くした。だから、出没スポットを把握していても自ら確認に行かなかったのは、テンマ(恋人)の為に客を取る祈里の姿を見てしまえば、テンマに対する殺意に歯止めが利かなくなってしまいそうだと思っての自戒の意味もあった。激情に駆られて店でテンマを殴りでもしてしまったら、何も知らない周囲の人間達にとっては、麗都の一方的なパワハラにしか映らない。そうなると、その後テンマのやっている事が明るみに出たとしても、テンマを一方的に責める事が出来なくなり、中途半端な手打ちで済ませなくてはならなくなるだろう。

 だが、祈里が"あの子"と同一人物だとわかった事で、麗都は逆に冷静になれた。
 麗都の、深い深い部分に沈み、しまい込まれていた
大切なもの。『それ』が実は、手の届くところまで来ていた喜び。けれど『それ』は、麗都の知らない間にひどく傷つけられていた。ならば麗都のする事は、その傷つけた者への相応の報復だ。

 祈里の姿を確認するのは、その決意を確固たるものにする為に必要な事だと感じた。

 そして麗都は、その夜初めて、客待ちをする祈里の姿を見た。
 日が暮れてもまだぬるま湯に浸かっているように纏わりつく空気。それに辟易しながらも歩いた先の公園の内外には、色とりどりの服装をした若い女達が居た。ある者は街頭の下で光に照らされて、ある者は光を避けるように。中にはベンチに座ったりガードパイプに腰掛けたりしている者も居るが、大半は立っている。ザッと20人以上は居るだろうか。しかし、それだけの人数の女達がひとところに集まっているにも関わらず異様に静かなのは、皆がスマホを手にして俯いているからだ。耳にイヤホンを差している者も結構居て、誰も彼もが自分の世界に入り込み、周囲との隔絶を図っているように見える。
 
 客引きするのにこんな風で大丈夫なのだろうか。それとも、ああして無関心を装う事で売〇とは無関係だと擬態しているのだろうか。

 そんな事を思いつつ、麗都は祈里の姿を探して視線を泳がせた。
 
(...あ、いた)

 公園の出入口付近。フェンスに軽く凭れかかるように立っている、すらりと細身の男。離れた位置からでもわかる、顔の小ささと整った目鼻立ち。
 祈里は俯いてスマホに逃げるでもなく、イヤホンを差して外界の音を遮断するでもなく、ぼんやりと目の前の車道を眺めていた。それを見つめながら、麗都は宇高の事務所を訪れた時の事に聞いた、『客付きもリピート率も段違いだ』という言葉を思い出していた。もしかしてその異常なまでの客付きの要因は、この辺りでは珍しい若い男だからというだけではなく、女達とは違うこうした取っ付き易さにもあるのではないだろうか、なんて思ってみたりする麗都。通常、購買者は商品を吟味したいものだ。だから、色目当ての客達も、めぼしい女達の周りをウロウロして、その顔や体の価値を推し量ろうとする。誰だって金を出すからには、ハズレは引きたくない。
 そういった点で、俯かず耳を塞がずの祈里は、一目でその商品価値を知れ、料金交渉も迅速に出来る相手だったのだろう。麗都としては複雑な気持ちになってしまうが。
 しかしそういった推測を別にしても、売〇夫としては清潔感と純粋そうな雰囲気を持つ祈里が売れたのは当然の結果に思えた。

 黒フードを被り、サングラスで顔を隠した、ほぼ不審者と化した麗都の視線の先、祈里は早速客に声を掛けられていた。相手はサラリーマン風の中年男。男が右手を振りながら近付いたのと、祈里が笑顔で応対している様子からして、どうやらリピート客か常連のようだ。

(これから、あの男と...)

 ホテルへ向かうのだろう、連れ立って歩いて行く2人の後ろ姿を見送りながら、麗都はギリリと唇を噛む。嫉妬に胸が焦げそうだ。今すぐ追いかけて、奪い去ってしまいたい。
 だが、麗都はその衝動を辛うじて押さえ込んだ。
 
(いや、まだだ...。今じゃない)

 今出て行っても、出会ったあの頃幼子だった祈里には、きっと麗都の事がわからない。成長した麗都は、祈里にとっては見知らぬ他人でしかない。それに、成り行きでそれを打ち明けるよりも、もっと効果的な場を用意しなければ。
 それにはまず、やらなければならない事がいくつもある。
 
 祈里と客が曲がり角を曲がったのを見届けてから、麗都はふぅと息を吐いた。そして、その場を早足で離れ、繁華街に入ったところでフードを外す。覆っていたのはほんの数分だったというのに、じんわり汗ばんでしまったのが不快で、麗都は眉を顰めた。
この暑いのにフードの付いている黒い上着なんか着たのは、お察しの通り人目を忍ぶ変装用だった。この時期にその格好は逆に悪目立ちすると思うのだが、麗都本人は完璧に変装出来たつもりでいる。
 麗都が急ぎ足で向かったのは、自分の車を停めているパーキングだった。 屋根も何も無い普通の屋外パーキングに、無造作に停められた黒のセダン。麗都は、ホストの成功の証とやらの派手な外車には全く興味が無いので、所有している2台共に国産車だが、今はそれは蛇足だろう。
 ともあれ麗都はそのセダンの運転席のドアを開けて乗り込み、黒パーカーを助手席に投げ、後部座席に置いていたジャケットを着た。外を歩けば暑いとはいえ、屋内はどこもエアコンで冷えているので上着は必須だ。
 フードの着脱で乱れた髪をルームミラーを見ながら手櫛で直し、車を降りた麗都が向かった先は、宇高の事務所だった。


 「そうですねえ...。まあ、こういう稼業ですからね。ツテはあるっちゃありますが」

 その夜、麗都が持ちかけた相談に、宇高は少し面食らったような顔をしながら答えた。

「内臓なんかも、値崩れ起こしてる国外産と違って、最近国内産は高値が付きます」

「へえ、そうなんですか。内臓ねえ...」

 不穏な回答を聞いているのにうんうん頷く麗都。相談内容は勿論、祈里から駆除した悪い虫の処分方法について。

「でも、金だけ取り戻したい訳じゃないんですよね」

「と、言いますと?」

「...自分がしていた事がどんな事なのかってのを思い知らせてやりたいというか...」

 首を捻りながら呟く麗都に、「なるほど...」と答えた宇高は、腕組みをしながら何かを考えていた。

「...まあ、そういう事ならうってつけのとこもありますけどね」

「うってつけのとこ?」

「健康で若くて見た目がそこそこってのを喉から手が出そうなほど欲しがってるトコが、ひとつありましたわ」

 宇高は例の、蛇を思わせる笑い方をしながら、そう言った。





 
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

歳上公爵さまは、子供っぽい僕には興味がないようです

チョロケロ
BL
《公爵×男爵令息》 歳上の公爵様に求婚されたセルビット。最初はおじさんだから嫌だと思っていたのだが、公爵の優しさに段々心を開いてゆく。無事結婚をして、初夜を迎えることになった。だが、そこで公爵は驚くべき行動にでたのだった。   ほのぼのです。よろしくお願いします。 ※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

処理中です...