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夕方、5時20分。
定時で上がった鈴木は職場傍の公園で梁瀬を待っていた。
今日は一緒に鈴木宅に帰り、お泊まりしてもらう予定の日だからだ。
だというのに…。






「おい、間男!!」

「今日も来たんですか、ピンク君。」

「何だよピンク君って!!!」


木本奏という、ピンク頭の陽一郎さんの婚約者(暫定)は 今日もやってきた。

「だって初見の人間に間男なんて呼びつける人なんて、ピンク君で十分だと思いますけど。」

「…まあ、そう…かな?」


奏は深く考える事が出来ない体質だった。
性質というより、体質。
あまり頭を使うと、その夜は知恵熱に悩まされる事になるからだ。
扱いようによっては素直とも言える。
だが、それは利用され易い危ういものでもあり、体目当ての男に囲まれている奏の現状がまさにそれを体現していた。

おだてて機嫌を取っておけば容易く脚を開くΩ、というレッテルが、本人の知らない所で独り歩きしている。

女王様の実情なんて、そんな哀しいものだった。

だが今はそんな話は置いといて。



「…一昨日、梁瀬に言ったの?」

ピンク君こと奏は何故かモジモジしている。

「言いましたけど。」

鈴木は即答した。

「変な人だと言われてましたよ、ピンク君。」

「何で言うんだよ!!」

「初めて会った他人から突然理不尽な事を言われて黙ってられる質ではないので。」

「うぅ…」


鈴木は一見すると、優しげで人畜無害そうな普通の好青年に見えるので、結構初対面では舐められ易い。
確かに基本性格は穏やかなので、そういう側面もあり、その印象は間違いではないのだが、あまりに理不尽な扱いをされれば 黙ってやられてはいない負けん気も持ち合わせている。
それは言葉の応酬のみならず、物理的な攻撃による喧嘩であっても同じ事だった。

奏はまんまと鈴木の見た目に安心して口撃をしかけ、華麗なカウンターを食らったのである。



「で、今日は?」

「…別に。」

「あ、そですか。じゃ、これで。」

「ち、ちょっと!!」


梁瀬以外の男に、ここ迄あっさり袖にされた事は無い。
奏は慌てた。

しかし梁瀬はともかく、鈴木の場合は元々がβのヘテロ男性であり、男性に性的興味がある訳では無い。
梁瀬と付き合ってる事自体がイレギュラーな事なのだ。

Ωであるからと言って、一見男性体である奏に興味を示す事も無く、失礼な言動を勘弁してやる気も無い。

結果、奏への対応は至極素っ気ないものにならざるを得なかった。


「またあの人と別れろとでも言いに来たんですか。」

ほぼ無感情に応じていた鈴木が、ここに来て少し眉を顰めた。


「…だって、梁瀬は俺の婚約者じゃん。」

「本人にその気が無いのはもう聞いてるんでしょ?」

「…。」

「それが答えですよ。
あの人はとことん抗うと思いますよ。」

ーー芯の強い人ですから、決めたら退かないでしょ。ーー



奏はわからなくなっていた。



何故、付き合ってまだ日が浅い鈴木の方が、こんなにも梁瀬を理解しているのか。

そして、何故自分にはそんな人間が1人もいないのか。


婚約を解消する気だと梁瀬に言われた日から、奏は自分の中で何かが崩れ、そして変化していくのを感じていた。

流されて主張しなかった梁瀬を変えた人間が、何か答えを持っているような気がしたのだ。


αとΩである婚約者同士である梁瀬と自分。
それが正解だと思っていたのに、αとβであって、不正解の筈の梁瀬と鈴木の方が、何だか楽しそうだ。

αの梁瀬とβの鈴木となんて、子供だって生まれない関係なのに…。只のうだつの上がらない一労働者に過ぎない男と一緒にいたって、何のメリットも無いのに。

何故、梁瀬はΩの自分よりつまらないβの鈴木を選ぶのか。


そもそも、恋人って何なんだろう?何が良いんだ?


番は利害関係で選ぶものだと、教え込まれ、恋を知る前にセックスだけを知ってしまった奏には、その関係がどういうものであるかすら、理解出来ていなかった。




急に萎れた奏に、違和感を感じたのは鈴木だ。

一昨日、初めて会った時から、鈴木はその違和感を感じていた。
梁瀬の話と、微妙にギャップがある気がしてならないのだ。

もっと話の通じない、利己的な人間だと思っていたのに、時々いやに素直というか。


これは擦り合わせの必要があるのではないだろうか。

その結果如何によっては、先の流れが変わってくるかもしれない。

(…そろそろ陽一郎さんが来る頃か…。)



鈴木は梁瀬が来る迄、奏を足止めする事にした。



鈴木はこの後、奏を自宅に連行する事に決めたのだ。









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