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10 木本奏side

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木本奏は不機嫌だった。

 「何だよ、これ。」

今しがた手渡された大きめの茶封筒の中身。

調査員からの報告書である。

調査対象は半年前に婚約した、小学校からの同級生。

写真には見目麗しいその婚約者と見知らぬ平凡すぎるほど
平凡な男。
特筆するとするならば、身長がやや高く、スタイルは良さげな筋肉質の体型って所だろうか。

何れにせよ奏の婚約者の、どんな親しい関係者にもなり得る筈の無い人種に違いなかった。

それなのに、その筈なのに、2人はどうやら親密な関係のようだと言う。理解出来ない。

抱く相手なら自分という婚約者がいるだろうに。




奏は華奢な体躯と綺麗な顔を持った、ΩらしいΩである。
そして婚約者は、梁瀬陽一郎、勿論α。

家同士の利害関係の上に結ばれた婚約関係だ。

奏は政治家の家系の末息子に生まれた。
αである兄2人とは歳が離れ、しかも末っ子でΩという事で、かなり甘やかされて育てられた。

ずば抜けて容姿が可愛かったのもあるが、愛想と要領が良かった。
小学校に上がって、家の権威や親同士の力関係が多少理解出来るようになると、奏は更にお姫様扱いされるようになった。
クラスのどんな可愛い女生徒よりも、男子達は奏の周りを囲んだし、αなら余計にそうだった。

中学に上がると成長と共に美少年ぶりは開花し、奏は更に増長した。
Ωの社会的地位は低いと言われるが、自分は他のΩとは違うのだと思った。
自分は特別なΩなのだ。
皆が自分を番にしたいと望んでいる。でもその選択権は自分が握っているのだ。
だって自分は特別なΩなのだから。

高校に上がる頃には立派な尻軽が出来上がっていた。
高慢な美しさにも磨きがかかり、奏を抱きたい男は常に周囲で機嫌を取ってくれたし、奏自身が目をつけた男も少し声をかければ皆目の色を変えて奏を抱いた。
望んだ相手に彼女や恋人がいても、奏には関係無い事だった。

寝盗られる奴が悪いのだ。
ソイツは俺や浮気な恋人を責めるより、自分の魅力の無さを恥じるべきだ。
信じ難い事だが、それが奏の理論である。

奏には貞操観念も道徳観も欠落していた。

ところが、その奏にも1人だけ、どうしても思い通りにならない男がいた。
 
同級生で、クラスが同じになっても殆ど話した事は無い。

話しかければ面倒臭そうに一言二言返事は返ってくるが、それだけ。
視線は基本的に合わない。
αの癖に奏に全く興味を示さない男、それが梁瀬だった、

何でも誰でも思い通りにしてきた奏には耐え難い屈辱で、山より高いプライドはズタボロだった。

容姿はαの中でも極上と言って良いほど美しく、タイプなので 本気で誘惑しようとしてみた事もある。

結果としては、フェロモンを出した時には臭いと鼻を押さえて出ていかれ、腕を触れば後からその部分に除菌消臭剤を振り掛けているのを見るという、散々なものだった。

奏は思った。

コイツは多分、天敵に違いないと。

しかしそれとは裏腹に、奏の梁瀬に対する感情は、人知れず執着という形で残った。

一度でも良いから跪かせたい。
抱かせてくれと言わせたい。

そうすれば奏の承認欲求はどれだけ満たされるだろうか。


そう思っていたら、ある日父が持ってきた見合い話の相手が梁瀬だった。

奏は身震いするほど嬉しかった。
そういう話が来るという事は、梁瀬も自分に気があり、話を了承したに違いないと勝手に想像した。
αの中でも高嶺の花扱いだった梁瀬ならば自分の結婚相手に相応しい、と勘違いした。

普通はそういった婚約話が持ち上がれば、少なからず身辺整理をしたり気をつけるものなんだろうが、貞操観念の緩い奏にはそんな事に気を回す頭はなかった。
父にはやや厳しく言いつけられたが、基本的に世の中を舐め切っている奏は、自分の身持ちを改めようとは思わなかった。

出来れば梁瀬と結婚後も、最初の内は番は結ばずに男遊びは継続したいな、梁瀬だって自分を抱いてしまえば惚れてしまうだろうからお願いすれば聞いてくれるだろう。そんな都合の良い事を本気で考えられるのが、奏という人間なのである。

そして何故か不思議な事に、そういう身勝手な人間ほど、自分を棚上げして 相手の身辺は気になるものらしい。




写真を見て、奏は腹立たしく思った。
婚約してやっているのに梁瀬は一体何をしているんだろうか。

「これって浮気じゃん。」

今迄男と致していたベッドのへりに腰掛けて言うセリフでは無い。

奏は自分が家の為に梁瀬と婚約してやっている、と思っているその事が、そのまま梁瀬にも当て嵌るとは考えない。
他人の立場に立って考えられる人間ではないからだ。

力関係は自分の方が上で、選択権を持っているのは自分なのだと信じている。


その傲慢さが自分の身を滅ぼす事になるかも、なんて。 
  
そこ迄思考出来るタイプの人間だったなら、勝ち目の無い戦いには身を投じたりはしない。



「梁瀬には一度ビシッと言ってやらなきゃな。
そんなつまらない奴とは直ぐ別れないと、婚約辞めちゃうぞって。」



そして奏は、思考出来ないタイプの人間だった。



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