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10 たしかめあう

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 膝を抱えて俯く。
 子供の頃から、こうすると自分の体全体を自分で抱えて守れるような気がしていた。あの頃はまだ幼くて、顔を合わせた家族の態度にいちいち傷ついていたから、そういう時に部屋に戻ってこうしていると絶対ばあやが抱きしめてくれた。
 温もりを与えてくれた。子供の俺はずっとばあやに救われてきたんだ。
 ばあやがいなかったら、俺はとっくに死んでただろうから、金を使ってばあやという世話人を雇ったのは、親としては最低限の義務を果たしたつもりだったのかもしれない。単に俺の存在が目障りで、視界に入らないようにしたかっただけだとしても。世の中には育児放棄されて飢えている子供だって、現在進行形で存在する。それを思えば、ウチは金があるからマシな方なんだろう。ずっと自分にそう言い聞かせてきた。そうしないと、親兄弟への憎しみとやり切れなさに押し潰されそうだった。

 けれど今、西谷はそんな俺に言う。

「自分に責任が無い事に苦しむ必要は無い」と。

「せきにん…?」

 俺は顔を上げて、涙に濡れた目を瞬かせた。責任…。

「既に何人もの子供が居て尚、次を求めたのは親だ。思考力も判断力も十分に備わっていた大人が自分で決断した事だ。その結果が望み通りでは無かったからといっても、それは本人の責任でしかない」

「…」

「自分で選択した結果の責任を、選択の余地無く生まれて来た子供に押し付けるのは只の卑怯だ。
お前は何一つも悪くない。お前が虐げられる理由も、孤独にされる謂れも無い」

 その言葉は俺の耳と胸にすんなりと染み入ってきた。

「ほんの12、13の頃から金だけを与えて家庭内隔離…。仁藤の親がしている事は、立派な虐待だ」

「…虐待…」

 間抜けな事に、西谷に言われたその時まで、俺は自分が虐待に遭っていたという自覚が無かった。でも、言われてみれば、そうだよな。育児放棄って、そういう事なんだよな…。
 手を上げられた事は無かったからそういう認識がし辛かった。存在を無視される孤独だって、十分に心を殺される事だと、他人事ならわかるのに。

 目が覚めたような感覚だった。

「仁藤は、家族が好きか?」

 西谷の問いに、俺は首を振った。好きも嫌いも、何時の頃からか考えるのをやめてしまったし、さっきばあやが元気でいる事を知って、唯一持っていた父に対する憎悪の感情も霧散してしまった。もう何の感情も無い。

「何とも思ってない」

 多分、今この瞬間に彼らが何らかの理由で全員亡くなったと報せが入っても、俺は泣けもしないだろう。そんな俺は、薄情者なんだろうか、と鼻から笑いが洩れた。

「そうか」

 俺の答えに、西谷は頷いた。

「なら、俺の事は?」

「えっ、今?!」

 びっくりした。告白に対して友達からと言ったあの日以来、距離は縮まりはしたものの、そういった風な事は話題にされなかったからだ。

「俺の事は、今どう思ってる?」

「先輩、の…事は…」

 自分の心に問いかけるまでもなく、俺はとうに西谷を好きになっている。でも、それを口にしてしまうのが怖くもある。好きだと言って、付き合ったとして、何時か西谷が俺に飽きたら。そうしたら俺はまた余計なものになって捨てられる。
 家族の事は割り切れた。でも、西谷との事は、割り切れるだろうか。その時こそ、壊れやしないか。

 俺はそれが怖い。

 でも同時に、口にしなければ今の関係すらも失ってしまいそうで、だから俺は…


「すき、だ…」

 今出せる、ありったけの勇気を出して答えた。

 その瞬間、西谷が破顔したかと思ったら、覆うように抱きしめられた。

「そうか。俺も、好きだ。言葉では足りないくらい、好きだ」

 冷房で冷えた室内で、西谷の高い体温が心地良い。
西谷の体は大きくて、まるで守られているように感じる。守られるような、そんな可愛い柄じゃないつもりでいたのに、不思議だ。

 暫くそうしていて、ポソッと西谷が呟いた。

「恋人になってくれるか?」

「…うん」

 今度は俺も素直に頷いた。何れは飽きられる怖さはある。でも、少しの間でも良いから西谷を独占できるなら…。そう思ったからだ。俺なりに、悲壮な覚悟を決めて答えたつもりだった。

 なのに、西谷はまたしても俺を驚かせた。

「俺は仁藤と…余と番になりたい」

「へっ?!」

 流石にびっくりして顔を上げると、西谷の唇が、俺の冷えた唇に重なった。
 それは押し付けられるだけの穏やかなキスだったけれど、意外としっとりした西谷の唇は、柔らかくて気持ち良い。
 西谷の匂いを強く感じて、胸が早鐘を打った。不意に鼻を擽ってくるコイツの匂いは、何時も俺を切ない気持ちにさせる甘さを持っている。
 なのに唇は直ぐに離されて、俺はその熱が離れて行った事に不満を持ちながら西谷を見た。もう終わりか。

「可愛い。目が潤んでいる」

「…っせえ」

 照れ臭くて、つい憎たれ口が出る。でも西谷は、そんな俺を胸に抱きしめてくれた。

「俺の心を見せられたらどんなにお前でいっぱいなのか知ってもらえるんだがな」

「先輩って、そういう臭い事をストレートに言うよね」

「思った事を言ってるだけだ。俺はお前に惚れてるんだから」

「…そっか」

 顔に熱が集まるのを感じながら、そうだろうなと思う。整い過ぎた強面に勝手なイメージを抱かれがちだけれど、西谷は正直で素直な人間だ。
 そんな西谷が口にする事はきっと、全てが本気なんだろう。

 だから、その後言った言葉も。


「俺は仁藤の親から余を奪って、その家から連れ出す。

お前が、俺との未来を望んでくれるなら」


 全て、本気なんだ。
















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