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29 先生の打ち明け話 3 (現・宇城side)

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「こっちの、先生、ですか…?」

俺は日頃の先生を思い浮かべる。

「物静かで、穏やかで、綺麗で、…少し押しが弱い感じはしますね。
あと、仕事熱心で、生徒に向き合おうとしてくれる姿勢が尊敬できます。
あ、でもちょっと心配でした、食が細くて…。
そんな感じでしょうか。」

先生を前にして先生の事を語るのも何だが、違う先生だしな、とややこしい事を考える俺。
でも何故そんな事を聞くんだろう、と先生を見ると、先生はなるほどと頷いた。

「やっぱりな。会った時、そうだと思った。
なら、あっちの俺は安全だろうよ。」

「どうしてそんな事がわかるんですか?」

俺は先生相手に少し気色ばんでしまった。すると、

「俺はあの皇子の性格を、肌でわかってるからな。
あいつは相手の態度によって対応を変えるんだよ。」

先生はそう言って溜息を吐いた。

「俺も、最初にそれを知ってりゃもう少し上手く立ち回れたんだけどな。」

「上手く?」

「…多分、薄々気づいてると思うんだけど、俺はあっちの俺みたいに大人しい可愛い子ちゃんじゃねえのよ。」

「……。」

確かに、違和感はあった。
いつもの先生らしからぬ荒い口調が混ざる事。
表情も、勝気そうに目を光らせる時があったり、それに声の出し方が少し、違う。
でもそんな所も、新しい一面を見せてもらえたみたいで嬉しかった。
大人だと思っていた先生が、少し幼く、可愛く見えて…魅力的だと感じた。

なのに、違うのか。
俺が好きになった先生じゃ、なかったのか。

唇を噛み締める俺に、先生は言った。

「ごめんな。俺なんかが来て。お前も、あの俺が良かったよな。
あっちのお前だって、きっと今頃あの俺を気に入ってるだろうし。」

それを聞いて数秒。

(……?)


あっちのお前って。つまりあっちの、俺って事?
何故急にあっちの俺の事が出てくるんだろう、と俺は不思議に思ったのだが、その疑問は先生によって直ぐに解かれた。

「あっちで俺を囲って痛めつけてくれてたのは、あっちの世界のお前だよ、宇城。和国第三皇子の宇城三環だ。」

「え?」
 
思いがけない言葉に戸惑う俺。それを察してか、先生は続けた。

「でもお前とは全然性格が違ぇわ。
俺も、どうせならこっちのお前に好かれたかったなあ。」

あいつもお前みたいだったら良かったのに。
そう言って悲しそうに笑うから、俺は胸が締め付けられるように苦しくなって、思わず抱き締めてしまった。

「好きですよ。大好きです。何処の世界の先生だって、好きです。」

先生はびっくりしたのか、何も言わなかったけど、その内そっと俺の背中に腕を回してきた。

「ごめんなさい。あっちの俺がそんなに酷い奴だなんて…。貴方をそんな目に遭わせたのが、俺だったなんて。違う俺だとしても、申し訳無いです。許せない。」

本当に何を考えているんだ、その皇子だとかいう俺は。
これだけ華奢な人の、こんな綺麗な肌に、よくそんな真似が出来たものだと思う。俺は並行世界の自分に激しい憤りを覚えた。殴りたい。

「……ありがとう。」

先生は小さな声でそう言った。




「俺、つい反抗しちゃうから何時も酷くされてさ。でも思い返してみると、俺が大人しくしてる時は、ずっと優しかったんだよ、あいつ。」

少し落ち着いて話そうと俺が入れ直したお茶を啜りながら、先生は言った。

「でも俺は教師だって立場とプライドが邪魔して、どうにも従順ではいられなかった。だから酷く抱かれたり、叩かれたり。そういう事の後ってさ、体がしんど過ぎて飯が食えなくなるんだよね。」

あの鞭打たれた痕が思い出され、また心臓がキュッとなった。

「痛かったでしょう…。」

俺がそう言うと、先生は苦笑して頷いた。

「そりゃまあ、死ぬ程痛かったし、未だちょっと痛い。でも最中は、痛いってより熱い、かな。」

無理に笑ったようなその笑顔に堪らなく胸を鷲掴みにされた。

「でもさ。だからわかるんだよ。あっちの俺は、絶対に大切に扱われてる筈だ。
体を見れば、俺が違う俺だってのは直ぐわかった筈だ。だってこの傷をつけたのはあいつ自身なんだから。」

「……ごめんなさい。」

思わず謝ってしまう。
すると先生は、今度は本当に笑った。

「お前が謝る事じゃないだろ。あっちのお前がやった事でも、アレとお前は別なんだから。

お前は優しいよ。お前はあんな真似は、きっと出来ないんだろうなってわかるよ。」

「当たり前です…俺は好きな人にそんな酷い事、絶対にしない。」

俺は強く言い切った。

けれど、そうか、と考える。
あっちの俺の性格が先生の言う通りなら、行ってしまった先生とは相性は悪くないのかもしれない。
きっと先生は、突如として変わった状況に戸惑っただろう。でも、従順な者には優しいのならば、本当に乱暴はされていないのだろう。
俺は先生が授業中であれどんな時であれ、声を荒らげるのを聞いた事も、怒ったり不機嫌な表情も見た事が無い。
観察していて、良い意味で感情の起伏が薄い人だと思う。人に歯向かうとか、出来なさそうだ。
典型的な長い物に巻かれるタイプ。

それが良いか悪いかは別として、相手によってはそれが幸いして先生が身を守れるのならそれが一番だ、と少しホッとした。


「…ま、あっちのお前も何やかや言って俺の事が大好きらしいから、手篭めにされるのは免れないだろうけどな。」

「……。」


やっぱりあっちの俺を〇しに行きたい。





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