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間話①
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子供の真剣な錬金術が話題を呼んだのか、太陽が地面に近づき始めた頃、カブの周囲には人がわんさかと増えていた。
「ありゃ魔力のポーションかい? 良い輝きしてらぁ」
「へぇあの子、新しい錬金術師の弟子? なかなか筋が良いじゃない」
「にしては時間がかかりすぎじゃない?」
「道具の操作が慣れてねぇ。ありゃダメだ、咄嗟に使えんと……」
「全くお爺さん、良いではありませんかそんなこと。若い子が錬金術に興味を持ってくれるなんてなかなか無いことでしょう?」
ざわざわと周囲が喧騒で満たされる頃には、カブの耳にそれは何一つ入っていなかった。
ただカブは目の前の──ポーションに水を一つ垂らすか、ふいごを一拭きするか、どちらかを迷っていた。
(どうしよう……)
作っていくうちに気付いたことだが、水にもポーションとしての付属効果があるらしい。このままでは余計な効果がつきそうな上、これ以上冷やすと魔力草の効果が薄れる。しかし次の加熱にアンタレスの爪が耐え切れるかはわからない。
(あともうちょっと、上げられるはずなのに……)
時間をじっくりかけ、午後のほとんどをその作業に費やしていたせいか、店で見たポーションの輝きはゆうに越していた。錬金術の実演をしているからか魔力のポーションは既に飛ぶように売れている。当然その分補充もなされているのだが、そのことに気付けるほど周りは見えていなかった。
魔力のポーションは、たった二つの素材にたった一つの効果である。その中で下級、中級、上級、最上級がある。もう少しの工夫であと一段階等級が上げられることを、カブはなんとなく知っていた。
そしてその、限界への好奇心を、カブは抑えることができなかった。ふいごを吹くか、水を垂らすか。とにかくなにかの行為をすれば目の前のポーションが輝きを増す。それを本能的に察知していた。
その逡巡を認めた錬金術師は、年若い才能に心を踊らせる。
「あの小僧、なんか止まってやがるぜ」
「もう充分じゃないか? これ以上手を加えても……」
「だいたい、魔力のポーションの補充は終わってんだろ? なんでまだやってるんだ」
「終わり方がわかんないんだろう」
「随分可愛い子よねぇ。イジワルせず、教えてあげれば良いのに」
そして周囲のそんな声に内心舌を出した。
これだから二流の冒険者はいけない。魔法学院の生徒であれば、今この子どもがしようとしている挑戦が、どれほど得難いものかがわかるはずだ。
(錬金術師という生き物は、一つのポーションを作るのに一日費やす……)
錬金鍋の中に入った素材は劣化することがない。鮮度の高いまま手に入れてしまえば、どれほど長く使っていても品質が落ちることがないのだ。
その性質を利用し──古代の錬金術師はそのために劣化防止の術式を作ったのだろうが──存分に醸成させる。
特に魔力、回復力、筋力のポーションは三大魔法薬と呼ばれていて、錬金術師の登竜門だ。
下級のものならば材料も安価で作り方も単純なためにどこでも買えるが、最上級に至っては極端に流通が少ない。
作れる錬金術師が、ほとんど居ないのだ。
(もう既にこれは中級の域に迫ってる。錬金術師としてなら最低限の技量とはいえ、初めての子供が到達して良い域じゃない……)
魔法学院における錬金術の卒業試験は、三大魔法薬のうちどれか一つ上級のものを提出すること。錬金術師のエリートと呼ばれる存在に求められるのがそれなのだ。
「へぇ?」
精霊使いの男は笑みを深める。用事があってこの街に来ていた男だったが、ここまで長く居座るつもりではなかったのだ。だが子どもの好奇心に面白くなり、炎を撒き散らさないよう付き合ってやっている。
小さな手がぶれることなく正確に素材を混ぜ、成長率を確認している。尽きることなく変質する素材の効果をおぼつかない手つきだが安定させており、集中力は当然申し分ない。
同じことを考えているのか、錬金術師の女が悪い笑みを浮かべていた。この間、それで子供が泣いていたのを知られていないとでも思っているのか。
「あの冒険者らも暇だよな、正午くらいからつきっきりだぜ」
「いくら子供好きって言ってもねぇ……あのおじさんとか、カブくんに怪しいことしてないかしら」
ものすごい風評被害を受けている。男はそっとのしかかっていた体勢から離れた。いつのまにか文句すら言われなくなっており、その集中力には舌を巻く。
「露出の多いねーちゃんもなぁ、悪影響だとは思わんかね」
「いやね貴方、若い人をそういう目でばっかり見て」
「装備は自由だと自分は思いますが……」
「むっつりかい、にいちゃん! わかるぜ! だが恥じらうことはない」
「いや、そういう訳では」
自分たちを迎えに来たらしいパーティの仲間が絡まれているのを、錬金術師はそっと見捨てた。普段なら嬉々としていじりにいくところだが、今回ばかりはもっと面白いものが目の前にあったので。
カブの耳に周囲の起こす喧騒は届かない。
目を見開き、素早く手を動かし──
「ありゃ魔力のポーションかい? 良い輝きしてらぁ」
「へぇあの子、新しい錬金術師の弟子? なかなか筋が良いじゃない」
「にしては時間がかかりすぎじゃない?」
「道具の操作が慣れてねぇ。ありゃダメだ、咄嗟に使えんと……」
「全くお爺さん、良いではありませんかそんなこと。若い子が錬金術に興味を持ってくれるなんてなかなか無いことでしょう?」
ざわざわと周囲が喧騒で満たされる頃には、カブの耳にそれは何一つ入っていなかった。
ただカブは目の前の──ポーションに水を一つ垂らすか、ふいごを一拭きするか、どちらかを迷っていた。
(どうしよう……)
作っていくうちに気付いたことだが、水にもポーションとしての付属効果があるらしい。このままでは余計な効果がつきそうな上、これ以上冷やすと魔力草の効果が薄れる。しかし次の加熱にアンタレスの爪が耐え切れるかはわからない。
(あともうちょっと、上げられるはずなのに……)
時間をじっくりかけ、午後のほとんどをその作業に費やしていたせいか、店で見たポーションの輝きはゆうに越していた。錬金術の実演をしているからか魔力のポーションは既に飛ぶように売れている。当然その分補充もなされているのだが、そのことに気付けるほど周りは見えていなかった。
魔力のポーションは、たった二つの素材にたった一つの効果である。その中で下級、中級、上級、最上級がある。もう少しの工夫であと一段階等級が上げられることを、カブはなんとなく知っていた。
そしてその、限界への好奇心を、カブは抑えることができなかった。ふいごを吹くか、水を垂らすか。とにかくなにかの行為をすれば目の前のポーションが輝きを増す。それを本能的に察知していた。
その逡巡を認めた錬金術師は、年若い才能に心を踊らせる。
「あの小僧、なんか止まってやがるぜ」
「もう充分じゃないか? これ以上手を加えても……」
「だいたい、魔力のポーションの補充は終わってんだろ? なんでまだやってるんだ」
「終わり方がわかんないんだろう」
「随分可愛い子よねぇ。イジワルせず、教えてあげれば良いのに」
そして周囲のそんな声に内心舌を出した。
これだから二流の冒険者はいけない。魔法学院の生徒であれば、今この子どもがしようとしている挑戦が、どれほど得難いものかがわかるはずだ。
(錬金術師という生き物は、一つのポーションを作るのに一日費やす……)
錬金鍋の中に入った素材は劣化することがない。鮮度の高いまま手に入れてしまえば、どれほど長く使っていても品質が落ちることがないのだ。
その性質を利用し──古代の錬金術師はそのために劣化防止の術式を作ったのだろうが──存分に醸成させる。
特に魔力、回復力、筋力のポーションは三大魔法薬と呼ばれていて、錬金術師の登竜門だ。
下級のものならば材料も安価で作り方も単純なためにどこでも買えるが、最上級に至っては極端に流通が少ない。
作れる錬金術師が、ほとんど居ないのだ。
(もう既にこれは中級の域に迫ってる。錬金術師としてなら最低限の技量とはいえ、初めての子供が到達して良い域じゃない……)
魔法学院における錬金術の卒業試験は、三大魔法薬のうちどれか一つ上級のものを提出すること。錬金術師のエリートと呼ばれる存在に求められるのがそれなのだ。
「へぇ?」
精霊使いの男は笑みを深める。用事があってこの街に来ていた男だったが、ここまで長く居座るつもりではなかったのだ。だが子どもの好奇心に面白くなり、炎を撒き散らさないよう付き合ってやっている。
小さな手がぶれることなく正確に素材を混ぜ、成長率を確認している。尽きることなく変質する素材の効果をおぼつかない手つきだが安定させており、集中力は当然申し分ない。
同じことを考えているのか、錬金術師の女が悪い笑みを浮かべていた。この間、それで子供が泣いていたのを知られていないとでも思っているのか。
「あの冒険者らも暇だよな、正午くらいからつきっきりだぜ」
「いくら子供好きって言ってもねぇ……あのおじさんとか、カブくんに怪しいことしてないかしら」
ものすごい風評被害を受けている。男はそっとのしかかっていた体勢から離れた。いつのまにか文句すら言われなくなっており、その集中力には舌を巻く。
「露出の多いねーちゃんもなぁ、悪影響だとは思わんかね」
「いやね貴方、若い人をそういう目でばっかり見て」
「装備は自由だと自分は思いますが……」
「むっつりかい、にいちゃん! わかるぜ! だが恥じらうことはない」
「いや、そういう訳では」
自分たちを迎えに来たらしいパーティの仲間が絡まれているのを、錬金術師はそっと見捨てた。普段なら嬉々としていじりにいくところだが、今回ばかりはもっと面白いものが目の前にあったので。
カブの耳に周囲の起こす喧騒は届かない。
目を見開き、素早く手を動かし──
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