竜の財宝

伊月乃鏡

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ひよこ豆のスープ、ザワークラフト、家畜化されたオークのステーキ。穏やかな喧騒の満ちる宿屋の酒場。コルヌはことさら大きくステーキを切り、フォークに突き刺したそれにかぶりつく。
「俺たち人間の中には、必ず世界に数人特別な存在が生まれるんだ」
ゲオルクがスープを一口掬い取って喉に流し込めば、ひよこ豆特有のほんのりとした甘味が野菜のうまみと共に口内を踊る。頬いっぱいに肉を詰め込み口を動かしていたコルヌが、ごくんと飲み込んで汚れた口周りをぺろりと舐める。
「理由は分からんし、分かる必要もない。一説によるとカミサマが弱い人間を脅威から守る為に作った存在らしいけど、あんたはそれじゃ納得しなさそうだしな」
「……神なんかいない」
「おい、口に気を付けろよ。ここは王都の近くだぞ」
コルヌのあっさりとした注意を、ゲオルクは素直に聞いた。
感情的で情に振り回されやすい男だとこの短時間で知っているが、その乾いた態度が神への不信を如実に語っていたからだ。
「それが賓、と呼ばれる存在。無条件で対象の生き物に愛され、対象に関する特殊な能力を得た人間。宝を守る生態のある生き物に出現しやすい。俺は狼だ」
ぺろぺろと口周りを舐めていた男が、思いついたように大きく口を開ける。
その口内はとうてい人間のして良いようなものではなく、鋭い二対の犬歯が生え揃っていた。野菜を噛み砕くための歯が無く、肉食である狼を思わせる口にゲオルクは眉をひそめた。
「特に、瞳孔に特徴が出やすい。一目見てすぐ分かったぜ。あんたは竜の眼をしている」
「生まれつきだ」
「そうだよ、言ってるじゃん」
コルヌは肘をついて、目の前の男を観察した。
職業上生物の観察はくせになっている。端正な顔立ちに大きな火傷跡、先程見せた人間にはありえない揚力といい、複雑な色づき方をする不思議な目といい、その男が特別であることは出立から良く出ていた。
「でもあんたは本当に上質だな。俺は今まで何人か賓を見てきたが、ここまで綺麗に特徴を模倣した人間は居ないぜ。近くに竜でも住んたのかよ」
「…………」
「うっそ、まじかよ!」
興奮したコルヌがガタリと立ち上がる。騒がしいが荒れたところのない酒場でその行動は充分に目立ち、視線が刺さった。目立つのが好きではないゲオルクが睨み付ければ、コルヌは素直に座ってひそひそと声を顰めた。
「本当に? 会った事あんの? どこにいるとか分かる?」
「嘘をついてどうする」
「竜だぞ、あの伝説の生き物。会ってみたいだろ」
無邪気な子供に良く似た好奇心。覚えのあるそれに、ゲオルクは苦い酒を飲み下す。
「竜と人は共存できない。会ったところでどうするつもりだ」
「分からんだろ。狼だって孤高だとか言われてるけど、個体によって違うぜ。心を込めて話せば、きっと歩み寄れるよ」
「理想論だ」
「当たり前だ、理想論を唱える為に冒険してんだから」
目標もなく冒険する奴がいるか、と続けてコルヌはまた肉を咀嚼し始める。人間とは違う犬歯がズタズタに肉を引き裂いて、軽く噛みちぎる。ほとんど噛まずに飲み込むのは狼の習性からか本人の気質なのか。
「しかし、いいな竜。俺も会ってみたいぜ」
狂気的な執着ではないただの興味に、ゲオルクはすっかりぬるくなった酒を飲み干した。
手持ち無沙汰にひよこ豆のスープをかき混ぜていると、ふわりと茶褐色のスカートと汚れたエプロンが視界端に揺れ、古びたテーブルに串焼きが置かれた。鉄板はまだ熱く、じゅうじゅうと音を立てている。
「おまたせしました!」
それだけは言うよう教育されていたミスラに軽く視線を移し、ゲオルクは目の前の肉を手に取り、口に入れる。
「ありがとさん! ……あんた、本当に無愛想だな」
「愛想が腹の足しになるのか」
「そう言うと思ったぜ」
何がおかしいのかコルヌは笑い、同時に届いたエールを一気にあおる。
「でも、いいな。俺も意思疎通のできる狼に会えたのは最近なんだ……賓の中でもとびきり恵まれているよ」
「恵まれている?」
質の悪い鶏肉を飲み下し、野生に生えたキノコの塩焼きを一口噛みちぎる。胡椒では隠せない土臭さが嗅覚をくすぐるが、それに対して何かを思うほど、ゲオルクは舌が肥えていなかった。
「そうだ、あんたは恵まれてる。竜に会えたんだろ?」
「……」
「? どうしたんだ、ゲオル」
続きは言葉にならない。
コフ、と息の抜ける音がした。コルヌは目を見開いて、目の前の男を見つめる。長い前髪に隠れていた目にはありありと、暗く重い憎悪が刻まれていた。首が痛い。鮮烈な痛みに視線を下に下げた。ゲオルクが手を真っ白にして握りしめていたのは串焼きの串。
鋭いそれは深々と、喉に突き刺さっていた。
重い音を立てて地面に倒れたコルヌは目を見開いたまま固まっている。とくとくと血が流れ出して、冷えたエールはとっくにその手から取り落とされ地面に溢れていた。
ゲオルクは大剣を手に取り、騒がれる前にその場を後にする。
見開かれた目はひどく濁っていて、去っていくゲオルクをただ鏡のように映し出していた。
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