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第5章 王宮生活<大祭編>

78、神の断罪<前>

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 とんでもない光景を一刻いっこくも早く元に戻そうと、僕はやや早口で皆へ伝える。

「私の力が役に立って何よりです。
 皆様の感謝の気持ちは、しかと受け止めました。
 なので、どうかお立ちください」

 僕のこの言葉で、皆が一斉いっせいに動き始め、元の体勢へと戻る。

 この時、発言1つで大勢の人々が動く、力のある立場のこわさを僕は体感たいかんした。

 おのれ言動げんどうに、これからは、よりいっそう気をつけなければ……と僕は自戒じかいする。

 そんな中、この一連いちれんの状況自体に納得なっとくがいかないとうったえる2名がいた。

「皆様は、このオメガにだまされています!」

 興奮しているせいだろうか、顔を赤らめ、僕に人差し指をきつけながら、諸侯しょこうが座る席に向けて大声で訴えるローサと、ローサの忠実ちゅうじつな部下であるサラの2人であり……サラは、僕が供物くもつを傷つけた犯人という主張を、またしても繰り返した。

「ローサ様のおっしゃるとおりです!
 私も、そして何名かの侍女じじょと神官も、確かにあのレンヤード様だけが持つ髪色の男性が、今朝早く大聖堂内へ入って行くのをこの目で見ました!
 この複数の目撃情報を、レンヤード様はどう説明されるのですか?」

 そのうちのローサに対し、まずロイが苦言くげんていする。

「ローサ妃、そんな根拠こんきょもなく容易よういに、オメガという第2の性だけを取り上げて、レンヤード様を非難ひなんするのは、たみのお手本となるべき王族として、いかがなものかと……」

 ローサはハッとしたようで、片手で口を押さえた後、視線をななめ下に落として沈黙ちんもくする。

 そんなローサの様子を見たサラは、自分の目撃情報に同意した仲間の侍女じじょと神官らの元へけ寄り、自身の正当性を証明するよう働きかけたが、残念ながらその者たちは、サラと目を合わせることさえけた。

 しかも、
 実は、私の見間違いだったかもしれません……とか、
 確かにレンヤード様のお髪の色に似てはいましたが、レンヤード様本人とは断定だんていできないので、あの発言は取り下げさせていただきます……と言い、
 自分がサラに同意した事自体を、無かったものにしようとした。

 そんなやり取りを目の前で見た僕は、やはり王宮とは怖いところだ……と胸にきざむ。

 そんな中、正面扉が再び開かれ、1人の侍女じじょが入って来た。

 彼女は、左手に持った物をき上げ、りんとした声で告発こくはつする。

「皆さんが見た髪色は、コレのことではありませんか?」

「リリー!」

 その侍女じじょの名を、サラが自身の両手をにぎめてさけんだが、リリーはそんなサラに答えるどころか、やはり見向きさえもしなかった。

 堂内全員の注目をびながら、リリーはゆっくりと祭壇さいだん下にいる、僕の元へ歩いてくる。

 そして、僕の目の前で止まると、ゆっくりとひざを折り、挨拶あいさつをした。

「お久しぶりです、レンヤード様」

「どうして、ここに?
 君は王妃様付きに戻ったんじゃ……」

 久しく会わなかった顔を見て、僕は驚いてリリーにたずねる。

「こちらでのさわぎを衛兵えいへいより聞きました、王妃様のめいを受けまいりました。

 私には犯人の検討がつき……その犯人の部屋を先ほど捜索そうさくしたところ、このカツラを発見し、お持ちした次第しだいでございます」

「これは……もしかして?」

 僕には、よく見覚えがある色だった。

「はい、見て分かりますように、確かにこの髪は、レンヤード様のものです」

 リリーはあっさりと答えをくれる。

「やっぱり、僕のものだよね!」

 リリーという見知った顔と、やはり自分の髪だったという衝撃しょうげきを受け、ここがおおやけの場であるにも関わらず、僕は思わず私的してき人称にんしょうを使ってしまった。

 同時にリリー、サラ、僕という3人と、僕の髪とくれば……あのいわく付きの一件を思い出す。

「もしかして、この髪って、サラの反対を押し切って、自分で短く切った時のもの?」

 リリーもその時のことを思い出したのか、かすかに笑みを浮かべてうなずいた。

「はい、その通りでございます。
 レンヤード様にはその後の詳細しょうさいをお伝えしていなくて、今は後悔しております。

 まず、あの時、レンヤード様に対するサラの態度が悪くて、私がサラを退出たいしゅつさせた事を覚えておいででしょうか?」

 僕は記憶を手繰たぐり寄せながら、リリーに答える。

「確か、髪を切りたい僕と、切らせたくないサラでめた件だよね?」

 今思えば、当時どうしてあんなにかたくなだったのか、自分でも不思議に思い、僕も苦笑にがわらいを浮かべてしまう。

「はい、その件でございます。
 実はあの後、サラは廊下でずっと反省しながら待機たいきしていたようでして……レンヤード様に失礼な態度を取ったことを、私に何度も真摯しんしに謝ってきたのです。

 そのおびとして、レンヤード様が切られた髪をなるべく高く売り、その売り上げを、レンヤード様が希望された通り、孤児こじ院へおさめる仕事をぜひ自分にさせて欲しいと、サラは私に懇願こんがんしてきました。

 当時、サラはすごく反省しているようでしたし、彼女の手先が器用きようなのは、侍女じじょの中でも1番でしたので、その技術を失くすのはあまりにもしいと考え……名誉めいよ挽回ばんかいの機会として、私はその手続きをサラにまかせました。

 結果として、実際に想定そうていしていた倍の値段で髪は売れ、そのお金も全額、孤児こじ院に寄付きふしたということも確認でき、その件は終わったものとしていました。

 ですが今回、衛兵えいへいの話を聞いたところ、珍しいレンヤード様の髪色を染色などで作り上げることは難しいと疑い、考えているうちに、レンヤード様が髪を切られた事とその後の手配を思い出したのです。

 もしかするとサラは、レンヤード様の髪を一部売らずに手元に残し、その髪で今回カツラを作って自分でかぶり、レンヤード様が大聖堂に入ったと見せかけたのでは?と私は推測すいそくし、王妃様に申し上げました。

 すると、王妃様からサラの部屋を捜索そうさくするようにと言われ、発見したのがこのカツラです。

 今日は大祭たいさい支度したくで私たち侍女じじょも忙しいゆえ、もし私の推測すいそくが本当だとしたら、まだ使用したカツラは処分しょぶんできていないだろう……と、王妃様は犯人の行動を読まれたのでございます」

 リリーの話を聞き、王妃様が僕を気にかけてくれたことに胸が熱くなったが……しかし、素直すなおに喜ぶには、何かが引っかかった。

 なぜだろう?

 ふいに、僕の舌がピリッとして、あのお茶会の記憶がよみがえる。

 少し冷静になってきた頭で、僕がそのまま考え込んでいると、ふと、僕とリリーとのやり取りを、い入るように見ている、最前列の先頭にいる諸侯しょこうの姿を僕の目がとらえた。

 あぁ、そうだ……確か彼が、彼らにとって見たこともなかった、胡散うさんくさい存在である僕を王様が尊重そんちょうしていると言い、そんな王様を諸侯しょこうらは支持したくない……と言っていた!

 もし、この件で僕が完全に悪とされたのなら……悪を尊重そんちょうしていた王様を、諸侯しょこうらはきっと批判ひはんするだろう……そんなことが起きれば、今後の王様の治世ちせいに影響をおよぼしかねない

 だから王妃様はリリーをこちらへ派遣はけんし、僕を助けてくれたのではないか?

 王妃様の真意しんいがはっきりと分かり、僕の気持ちはようやく落ち着いてきた。

 それにしても、おかしいな?
 僕は王様にお会いしたことがないのだけど、なぜ王様は僕を尊重そんちょうしてくれるのだろうか?

 加護かご持ちだから?

 さすがにお会いしたこともない王様の考えまでは分からず、僕は首を一振ひとふりして、王様のことを考えることは止め、リリーに向き合った。
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