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第4章 王宮生活<大祭準備編>

52、妃教育の洗礼<後>

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「あっ、レンヤード様、お待ちを」

 王妃様付きの侍女じじょがサッと扉を開けてくれたので、部屋を出ようとした瞬間、ローサから呼び止められ、僕は振り返って、立ち止まる。

 せっかく開いた扉が、もう一度パタンと閉まった。

「足をお止めしてしまい、申し訳ありません。
 ただ、お礼がいいたくて……」

「礼?」

 心当たりがない僕は、つい聞き返してしまう。

「先ほどの王都周辺の諸侯しょこうへの対応の件ですわ。
 素晴らしい着眼点ちゃくがんてんを聞くことができ……ありがとうございました。
 私も見習わないと。
 ちなみに……私の提案に代わる案をお持ちでしたら、ぜひ聞かせていただきたいわ」

 ローサは目線を少し下へせて、そう僕へたずねてきた。

「いや……その……ごめん、そこまで考えが……およんでなかった」

 代替だいがえ案まで考えてはいなかった僕は、咄嗟とっさに口ごもってしまう。

 僕の腰が引けた様子を感じとったのか、ローサは、ゆっくりまぶたを釣り上げ、僕としっかり目を合わせてきた。

「そうでしたか……僭越せんえつながら、1つだけ申し上げたいことがございます。
 少しお耳を拝借はいしゃくしても、よろしいでしょうか?」

「うん、かまわないよ」

 ローサは僕の了承りょうしょうの意を聞くと、豪華ごうかなドレスのすそを少し引き上げながら、数歩僕に近寄り、耳元に口を寄せる。

 ローサより僕の方が少し背が高いため、ローサが話しやすくなるように、僕も少し身をかがめた。

 まるで内緒話ないしょばなしをするかのように、ローサは豪華どうかおうぎを自分の口元に当て、話す内容を人目からかくすようにする。

「人の意見に反対する時は、必ず代わりの案を持たなければ……建設けんせつ的とはいえません。
 ただ否定するだけだなんて、誰でも出来ますもの。
 次回からは、お気をつけくださいませ」

 ローサは一段低い声でそうささやくと、口元をかくす役割をしていたおうぎで、僕の右ほほをソッとでた。

「わっ……わかった……以後いご、気をつけるよ」

 なんだか背中がゾクッとし混乱こんらんした僕は、ローサの不穏ふおん迫力はくりょく怖気おじけづきながら、急ぎ返事をし、あわててローサから離れた。

「ご理解いただけて、なによりですわ。
 それではご機嫌よう」

 急に身を離した僕に対してローサはとがめもせず、一転いってんして、それまでの異様いよう雰囲気ふんいきを消しニッコリと笑うと、優雅ゆうがに腰を折って、僕に別れの挨拶あいさつをする。

「では失礼するよ」

 僕もなるべく丁寧ていねいに礼を返すと、きびすを返し、一目散いちもくさん脱出だっしゅつこころみた。

 僕の頭の中はいつの間にか、一刻いっこくも早くこの場から離れなければならない……という意識に支配される。

 王妃様の侍女じじょが再び扉を開けると同時に僕はすぐさま退室し、唇をギュむとめながら足早あしばやに廊下を進んだ。

 やがて見慣みなれたシルヴィス宮が見えた所で、安堵あんどのあまり、僕はやっと足を止める。

 そういえば、まだなんかピリッとするな
 あのお茶のせいか?

 同時に、ローサのおうぎでられた感触かんしょくを思い出し、思わず右ほほに手を当てる。

 うん?
 ヌルっとする?

 確認のため、僕は頬から手を離し、指先を見つめた。

 そこで、僕は驚愕きょうがくのあまり、呆然ぼうぜんと立ちくす。

 指先に少量だが、血がついていた。

 ピリッとしていたのは、舌ではない?
 もしかしてあのおうぎで!?

 しゅがついた指先を見つめながら、僕はしばらく身体からだふるえが止まらなかった。
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