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第4章 王宮生活<大祭準備編>

58、知らなかった愛情

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 それから、教会で行われる供物くもつ祈祷きとうに参加するようになった僕は、驚くほど生活がととのっていった。

 祈祷きとうは朝ばんと決まった時間に行われるので、自然とそれだけで、生活に一定のリズムが生まれる。

 神力しんりょくがない一般のたみの祈りとは違い、神力しんりょくを持つ神官の祈祷きとうは、表立おもてだっては分かりにくいが、明らかに体内エネルギーを消耗しょうもうするため、供物くもつへの祈祷きとうは、神官たちをいくつかのグループに分け、当番制にしており、当番ではない者たちは、望んで参加したい者や手が空いているので参加するなど、本人たちの自主性にまかせられていた。

 僕も都合の良い日だけの参加で良い……とロイから言われていたが、供物くもつの数量問題が解決した今、特にやる事がない。

 だから率先そっせんして、毎日、朝ばん、どちらの祈祷きとうにも参加していた。

 いや、本当はやるべき事はあった……ローサに付いて大祭の準備を学ぶという重要な責務せきむが。

 なので、朝の祈祷きとうが終わると、僕は毎日また、ローサの元へ出向いていたが、相変わらずサラから主人の不在を告げられ、その数日後には、多忙たぼうを理由に、ローサがいる宮への僕の訪問自体を辞めるよう、やんわりと通告つうこくされた。

 訪問拒否を通告つうこくされた翌日、元気がない僕を見かけたロイに、簡単に事情を説明すると、僕は愛し子なので、準備だけではなく、儀式ぎしき全体の流れを、代わりに教会で学んでほしいと希望された。

 とても良い考えだと思った僕も、是非ぜひにとお願いし、朝の祈祷きとう後は、手が空いた上級神官たちに、大祭たいさいの流れを学ぶことになった。

 教えてくれる神官たちは、皆んな僕に親切にしてくれ、日々のつとめにも熱心であった。

 そのことは、僕にとって大変このましく感じられ、寝食しんしょく以外は一日中ここにたいと思わせるほど、教会本部は僕にとって、心地ここち良い場所となっていった。

 ある時、偶々たまたま大祭たいさいのことをロイが教えてくれていた時に、僕はロイへ聞いてみた。

「ねぇ、ロイ、僕はこのまま教会で働かせてほしいんだけど、ダメかな?」

「はいっ?
 レンヤード様がここで働くのですか?」

 すごい驚いた表情でそうロイが言った後、今となっては見知ったおだやかな笑みを浮かべながら、こうさとされた。

「シルヴィス様が許可されたら、教会としては大歓迎です」

「シルヴィス様か……」

 久しぶりに聞いた、僕の夫らしい名前を、向かい合って座るロイから目線をらして、僕は声に乗せてみた。

 もう、最初で最後の衝撃的しょうげきてきな出会いから随分ずいぶんつ……かれこれ4年くらいかな?

 シルヴィス宮に、シルヴィス様の肖像画しょうぞうがが、人目につかない所に飾られているので、その姿形すがたかたちは僕の目に、はっきりと焼きついている。

 だが、この会わない年月が長すぎて、シルヴィス様が配偶者はいぐうしゃと言われても、僕にとってはまぼろしのような存在になっていた。

 あのぬくもりも……うの昔に忘れてしまった

 そして、同じようにシルヴィス様にとって、僕という存在もまぼろしとなっているであろう

 目を伏せて考え込んでいる僕に、何か思うことがあったのか、ロイは突然こんなことを聞いてきた。

「毎日、祈祷きとうに参加されていますが、何人か、レンヤード様に話しかけてきませんでしたか?」

「えっ?
 あっ、そう言えば……確かに何人かの方に、目覚められて本当に良かった……と言われました」

 それも、僕の勝手な感覚だが、なぜか神力しんりょくが高そうな人々ばかりだった

 ロイからの問いに、僕がそう思い返していると、僕の考えを肯定こうていするかのように、ロイはこう言った。

「恐らく、神力しんりょくが高い者たちばかりだったと思いますが、レンヤード様はどう感じられましたか?」

「そうです、そうです!
 僕もそう感じましたが……それにしてもなぜでしょう?」

 疑問顔の僕に、より一層いっそう笑みを深めながら、ロイは答えを教えてくれた。

「レンヤード様がつがった衝撃しょうげきで眠っておられる間、何とか目覚めさせようと、シルヴィス様はあらゆる手をくされました。

 レイラ様のご実家が、医学的にはこれ以上、手のほどこしようがない……所謂いわゆる、植物状態のままだ……と宣言せんげんされても、決してシルヴィス様だけは、レンヤード様の目覚めをあきらめませんでした。

 医学の面からはこれ以上、成果せいかを見込めないかもしれないが、けれどもレンヤード様は神の愛し子だから、神力しんりょくに何らかの反応をしめすかもしれないと、あのほこり高きシルヴィス様が、なりふりかまわず、我々神官の前でひざまずかれ、多大な寄付と共に、教会からの協力を懇願こんがんされました。

 我々は、シルヴィス様の、その献身的けんしんてきなお姿すがたに、いたく感動するのと共に、何としても貴重な愛し子の存在を救いたいと決意し……シルヴィス様からの教会への寄付は固辞こじし、無償むしょうで数日ごとに、レンヤード様に神力しんりょくそそぐ治療を行いました。

 治療開始前、レンヤード様は医学的に非常に危険な状態で、しかも予後よごが不明だったため、その神力しんりょくそそぐ治療は、神力しんりょくが高い一部の者だけが参加することになり、詳細しょうさいは伏せて行われました。

 なので、神力しんりょくが高いセリム様など一部の者以外、私もそうですが、治療されている事は知っていても、レンヤード様にお会いすることもなく、お顔も存じ上げませんでした。

 何よりシルヴィス様が、大勢おおぜいの者に、危機的状態におちいっている最愛のつがいであるレンヤード様を、お見せになることを許されませんでした」

 ロイの落ち着いた声で、僕が知らなかった日々が静かにかたられるのを聞いているうちに、僕の目からは、涙があふれて止まらなくなった。

 僕はシルヴィス様をはじめ、大勢おおぜいの人たちに、命をつないでもらっていたのだ

 何より……シルヴィス様の大きな愛が、時空じくうを超えて、僕にかたりかけてくるようだった

 心の片隅かたすみで、寂しさに負け続けて麻痺まひした気持ちが、あざやかに生き返ったのを僕は感じる。

「ありがとうございました」

 いつまでも、止まらない涙をぬぐいながら、僕はこの出来事を教えてくれたロイへ、自然と頭を下げた。

「お礼なら、シルヴィス様やセリム様へ。
 シルヴィス様が無事帰還きかんされるよう、私も心より祈っております」

「はい、本当に」

 僕はうなずきながら、シルヴィス様の帰還きかんへと思いをせた。
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